第262話
自分の息子のように思えてた者が、実は魔物達を従える魔王のような存在だった。
いや、魔王ではなく悪魔なのかもしれないのだけれども。
突然そう告げられても「ハイそうですか」というわけにもいかない。
「全く貴様は・・・自分の家族からそう告げられてみる気持ちを考えてみろ」と義父はため息。
「ま、まあそりゃ驚くわな。俺自身も驚いたし」
「ナナやサンは今、そんな気持ちでいるのではないか?」
「・・・・」
あの日、サンが泣いていたことをナナから聞いていたし、ナナが泣いていたこともサンからドモンは聞いていた。
「でもドモンはドモンだから」と。
それを思い出しながらタバコを消し、ドモンは立ち上がった。
「あ、そうそう。最近ちょっと体が弱っちゃったせいなのか、どうもその悪魔とやらが悪さしようとする回数が増えてる気がすんだよ」
「ほう」
義父も立ち上がり、ドモンがお尻の草をパンパンと落としてやった。
「ちょっとした浮気とかなら良いんだけど、ほら、この前みたいな・・・」
「サンの・・・か?」
「そうそう。あんな事をどんどんやり始めて、もう手に負えなくなったら、ジジイの手で俺の首落としちゃってよ」
「!!!!」
「どうせもう長くは生きられないだろうし」とドモンが続けようとする前に、義父はドモンを再び抱きしめ「するか馬鹿息子が」と涙ながらに吐き捨てた。
話し合いを終え、隣街に寄った後、皆でオーガの温泉へ行くことが決まった。
隣街へと向かうファルの馬車の中。
「それにしてもオーガとは・・・」と義父。
「実際に戦った記録はありませんが、数百人の部隊でオーガひとりを相手に出来るかどうかと昔聞きました」と部隊長。
「記録がないならただの噂だという可能性はないのですか?」と騎士。
「全滅したため様々な意味で記録出来なかった・・・という場合もあるかもしれぬな」
「・・・・」
義父の一言で車内は沈黙。
そんな記録を残してはあまりに不名誉だといった理由で隠したということも考えられるし、生き残った者がおらず、記録出来なかったということも考えられる。
そして勝っただの倒しただのという記録もなく、これに関しては噂話すらない。
歴戦の勇者達もオーガとの戦いは避けてきた。
魔王よりも弱いとされているが、相手はひとりではないためだ。
魔王が10とするならオーガが5。そのオーガが3人いれば、もう魔王との戦いの方がまだマシだということ。
ただしこの見立てはあくまで人間の想像に過ぎなく、実際はオーガが5なら魔王は数千で、常に手加減をしながら人間に対峙していただけである。
そしてその計算で言うなら、一般の騎士は0.01程度、ドモンに至っては0.0001ほど。
・・・というよりドモンは、店とギルドを連続7往復程度でご臨終なのだから、比べるのも気の毒な話。
ナナの口ぶりから心配はないと考えられるが、不安はやはりつきまとう。
気持ち的には「余計なことしなけりゃ刺さないから」と言われつつ、養蜂場に行くような感じだろう。
実際の内容的にはクマ牧場の檻の中だが。
馬車の中は何とも重苦しい空気。
一方その頃ドモンがいる馬車の中では。
「ピンポンピンポーン!おっきいおっぱいのオーガちゃんいらっしゃ~い!」
「あん!もう!呼び出しベルじゃないって言ってるじゃない!それに何よ、大きいおっぱいのオーガって!!」
「ああごめんごめん!じゃあサンみたいな控えめおっぱいの可愛いオーガちゃんも呼ぼう。ピンポーン」
「はあん!!」
「うー!!ドサクサに紛れて何を言ってるんですかもう!!」と御者台から叫ぶサン。
出発してから何度もナナの先っぽをピンポンするドモン。
出発と同時に酒を飲み始め、昼過ぎには完全にできあがっていた。
朝食べさせられた例のキノコの効果も手伝い、ドモンはムズムズムラムラしっぱなし。
ただナナは昨日抜け駆けをしてしまったことと、サンが馬車の運転中ということもあり遠慮し、ドモンに我慢をさせている。
それでナナはドモンにお酒を許し、自分の胸を自由に遊ばせていたのだ。
「しかしあんた、よく飽きないわね・・・あん」
「じゃあ飽きた。もういいや」ナナの膝枕の上でプイッとドモンが横を向く。
「ちょちょちょっと!嘘よ!急に飽きないでよ!ヤダもうほら、おっぱいピンポンしていいから!もう脱ぐわよ脱ぐ脱ぐ」
「おふたりとも!もうっ!私に聞こえてるってことは、皆さんにも聞こえているんですからね!」
馬車の横には、二頭の馬に乗った二人の騎士が護衛としてついていた。
真っ赤な顔をしながら。
「でも本当にいるとしたら、女のオーガもやっぱり強いのかなぁ?」
「そりゃきっとそうよ。ドモンなんてスケベな事したら、あっという間にペッチャンコにされちゃうんだから」
「そしたらビニールプールの空気入れで膨らませてくれ」
「ぷっぴぃ~」
話を聞いていたサンが空気入れで膨らむドモンを想像し、御者台で倒れ、腹を抱えながら笑っていた。
馬はサンが願った通りに動いてくれるので、はっきり言って手綱は握る必要がない。
あくまで雰囲気づくりで握っているだけだった。
三台の馬車の中で、ドモン達の馬車だけキャッキャウフフとはしゃぎ、他の二台はどんよりとした雰囲気。
護衛の騎士達も真っ青と真っ赤な顔に分かれた。
軽い食事や休憩を何度か入れつつ、夜道の中も馬車を走らせる。
ファルの馬車の照明を真似て全ての馬車に付けたので、ある程度無茶な行程でも平気になった。
以前ならば、日が暮れる前に泊まれる場所を探すのが常識。
もし日が暮れかけてから泊まるところがないとなれば、その場で野宿する事になる。たとえそこが危険な場所であっても動くことは出来ない。
万が一脱輪して馬車を壊したとなれば一大事となるためだ。
なので夕方になるその前に、早め早めですべてを決める。
逆に朝は夜明けとともにすぐに旅立つのが馬車での旅の基本中の基本。
今までも馬車に照明はあったが、揺れて揺れてまったく使い物にならない。
あくまで緊急用であり、移動も歩くよりも遅いスピードでなければならなかった。
それが新型馬車になり一変した。
朝慌てて出発する必要もなくなり、夜慌てて泊まる場所を探す必要もない。
暑さや寒さにも強く、冷蔵庫で食料も運べる。万が一の脱輪にも強い。
スピード自体が上がった上に、夜遅くまで走らせることも可能なので、今まで一週間の道のりだったものが、多少無理をすれば半分以下の日数で移動可能となったのだ。
もちろん当初の目的だった、身体への負担の軽減も大きな話。
これから年配者の旅行も増えると思われる。
遠く離れた孫に会えなくなっていたお爺さんも、近々会いに行けることだろう。
『ドモンのお尻を守るため』にした馬車の改造が、世界を変えた。
なお、それらをこの世界で一番知らないのも、またドモンであった。
「そろそろ休もうぜってジジイに伝えてよ」
「はい!」
窓を開けて、馬に乗っている騎士に伝えるドモン。
隣街、そして王都までの旅をゆっくりと楽しもうと思っていたドモンだったが、オーガの件もあったためか、義父達はまるで休む気配がない。ドモンはそれにうんざりしていた。
森の中の草原へと馬車を停めた一行。
「はぁやっと休めるな」
「お腹すいたねドモン」
「・・・お前、馬車の中のストーブで芋焼いて食ってたじゃねぇか。密室だというのにでっかいオナラまでしやがって」
「し、してないわよ!ドモンじゃないの?何を言ってるのかしらホホホ」
周囲のジトっとした目を避けるように誤魔化すナナ。
「オナラじゃないです!奥様もきっと空気が漏れただけです!部屋でも御主人様に奥様がよくそう言っていますし」と慌ててナナを庇うサン。
「だ、だからサン、それは違うのよ・・・」ナナの顔が真っ赤に。
「サン・・・ナナはオナラと同時に空気も漏らしたことがあるんだぞ」と余計なことをいうドモン。ドモンとしては、それで何となく伝わるんじゃないかと期待してのこと。
「あんたが空気を入れるからじゃない!!!」真っ赤な顔のまま反論するナナ。
「ま、まさかあれって本当の話だったのですか?!?」
ペチャンコになった時に、空気入れで膨らませてくれと言ったドモンの言葉を思い出したサンがハッとした。
「違うわよ!」とも言いづらいナナ。
この夜、空気入れを持ったナナにサンは森の奥深くまで連れて行かれ、またひとつ大人への階段を上った。ブブブ。
「それにしても、なんでこんなに先を急いでるんだ?慌てすぎだろ」とドモンが義父に問う。
「・・・それは仕方あるまい。貴様の事やオーガの事など、なるべく早くの解決を望んでいる故に・・・」
「ジジイは宿題や課題を先にやらないと気がすまないタイプなんだろうな。まったり行こうよ」
「???」
ドモンは後回しタイプ。
そして夏休み最終日に、母親や女友達らがドモンの代わりにやっていた。
字の汚いドモンに合わせて、わざわざ左手で答えを書いたりして。
なのにテストは満点を取ったり、ほぼ白紙で0点だったり。
『この人、やれば出来るのにやらないの』と文句を言われたまま現在に至る。小さな頃からドモンはドモンだった。
反対に、ショートケーキのイチゴやチャーシュー麺のチャーシューは、最初に全部食べてしまうタイプ。
結局ドモンはあとの事を全く考えないのだ。嫌なことは後回し、好きなことは後先を考えずにすぐに手を出す。
「それにしたってみんな随分と暗い顔しやがって」と周りを見てドモンはヤレヤレ。
「それも・・・仕方あるまい。この私ですら気が重いくらいなのだぞ?なぜそこまで気楽でいられるのか、こちらが聞きたいほどだ」義父の言葉に部隊長や騎士も頷く。
「だって、ドモンがなんとかしてくれるもん。ね?サン」
「はい!」
ナナとサンの言葉にも、ドモンはやはりヤレヤレと苦笑。
「そりゃ不安はあるだろうけど、今はもうなるようにしかならないんだしさ。『運が悪けりゃ死ぬだけさ』って歌が俺の世界にはあったぜ?」
「ドモン~お腹すいたってば」とナナがお腹を擦る。
「じゃあこいつら元気付けるため、炊事遠足での定番料理を作るかね」
「なにそれ??」
少年だった当時のドモンは、普段だらしのないスケベ男として扱われていたが、炊事遠足では別の姿となる。
ドモンがいた班に女子達は群がった。小さな頃からドモンはドモン。その料理の腕に皆見惚れていた。
ドモンはナナに全員分の米を炊くように指示し、サンと一緒にじゃがいもや人参や玉ねぎの皮むきを開始した。