第252話
夜も更け、ようやく店じまい。
客達は皆、大満足の顔で帰宅した。
「先に上に行ってるわよ?」
ナナとサンとドモンの微妙な空気を察し、ヨハンとエリーが気を使い、先に二階へ。
それを見送りながらドモンはタバコに火をつける。
・・が、その手は少し震えていた。
「で、今日はサンのところでドモンは寝るのよね?」
「はい」
ドモンではなくサンがナナに返事をした。
ただ先程までの笑顔ではなく、真面目な顔で。
それを見てナナも覚悟を決めた。嫉妬で狂いそうになってはいるが。
これならば事後報告の方がまだいい。
怒りや悲しみ、苦しさ、そして不安。
今になって、もっとドモンに優しくしておけば良かったと後悔する。
『やっぱり俺にはサンの方がいい。ナナ別れてくれ』
ナナにとって最悪の展開が頭をよぎる。
どうしてサンとの結婚を許したのか?
過去に戻って自分に「ヤメなさい」と助言がしたい。
そう思いつつも、サンがこの気持ちをいつも味わっているのだと考えるとゾッとした。
しかもその間にドモンは、サン以外の別の人とも浮気をしていたのだ。
毎晩「おやすみ」と部屋にひとりぼっちにされ、ナナの部屋から怪しげな声が聞こえてきたことも多々あるはず。
その他、笑い声や喧嘩する声、ただの話し声でさえも。
その度に苦しい思いをしてきたはずである。
ナナはその全てをこれから味わうのだと実感しはじめ、涙が溢れそうになっていた。
「奥様、大丈夫です。大丈夫ですから」それに気が付いたサンが、座って肩を落としているナナの背中を擦った。
「ご、ごめんね・・・サン・・・やっぱり苦しくって」と正直にナナが打ち明ける。
「でも王都に行く前に、そして・・・結婚する前に私、どうしても確かめたいことがあるんです。だから!」
決意の表情を見せたサン。
今日だけは譲れない何かがあるのだとナナとドモンも悟る。
「・・・わかったわ。私、先に部屋で眠るから、ドモンはあとから直接サンの部屋へ行って」
「ごめんなさい奥様・・・」
ナナは肩を落としたまま階段を上がっていった。
一度だけ寂しそうに振り向いて。
「ドモンさん・・・私も準備がありますから、しばらくしてから部屋にいらしてもらえますか?」
「あ、ああ、もう一服したあとくらいでいいかな?」
「はい」
「じゃあ景気付けにエールでも飲んで例のきのこでも食うか!ハハハ」
冗談で誤魔化したドモンだったが、サンはニコッと微笑み、階段を駆け上がっていってしまった。
照明を落とした店内で、カウンターに突っ伏してドモンは考える。
自分が選択したこのルートは、本当に正しかったのか?
自分がしたこの選択で、すべての人を不幸にしてしまうのではないだろうか?
昔からいつもいつも『そんなはずじゃなかった』と『そんなつもりはなかった』の繰り返し。
なぜそうなってしまうのか?
なぜそうしてしまうのか?
咥えタバコの灰がカウンターにポロリと落ち、手でかき集めて灰皿に入れる。
それからドモンも階段をゆっくり上がっていった。
二階に行くとヨハンとエリーもすでに部屋に戻っており、ナナもサンも部屋の中に入っていた。
ドモンは銅貨を四枚ポケットから出して、ドアの前に設置してからサンの部屋に入った。
サンはメイド服のままベッドに腰掛けていて、やってきたドモンの顔をじっと見つめながら「隣におかけください」とベッドを優しくポンと叩いて微笑む。
促されるままドモンはサンの隣へ。
「・・・確かめたいことって、なんなんだ?やっぱり俺の気持ちとか自分の気持ちとか・・・」
「う~んそれもありますけど、もっと別のことも知っておかないとならないかと思いまして」
「なんだろ??」
「・・・・」
サンはまたニコっと笑ったが、表情はどこか寂しそう。
そのままパタッとベッドに倒れ、ベッドの真ん中へとサンが横たわり、ゆっくり目を瞑ると、遠くでカチャン・・カチャン・・と、時間差で二度音が鳴った。
「ドモンさん・・・」
「しっ!」
口の前へ指を立て、ドモンはドアの前へ。
ガバッとドアを開けると、ナナとエリーが「きゃあ!!」「わぁ!!」とサンの部屋に倒れてきた。
後ろでヨハンが顔に手を当て、あちゃぁという顔をしている。
「何やってんだよお前らは」
「ご、ごめんなさいドモンさん・・・サンに先に寝るようにと言われていたんだけど、どうしても気になっちゃってねぇ」
気まずそうにニコニコするエリー。
「だってぇ~~うびぃぃぃ!!でもどうじでわがったのぉ??」
「こんな事もあろうかと、お前らの部屋のドアの前に銅貨を立てかけておいたんだよ。開けたら音を鳴るようにして」
「うぅ~ドボンすごい~うぅぅぅ」
ドモンのトラップにしっかり引っかかるふたり。
サンはまたベッドに腰掛けて苦笑。
「奥様・・・では奥様はこちらへいらしてください。大旦那様と大奥様はそのぅ・・・」困った顔のサン。
「え?!いいの??」鼻水を垂らしたままキョトンとするナナ。サンがすぐにハンカチで鼻を拭く。
「じゃあヨハンとエリーはほら・・・はい、例のきのこ」とドモンが無理やり二人に食べさせ、ヨハンとエリーを追い払った。
「ドモンさん、少しだけ奥様とおふたりでお話しても宜しいですか?」
「う、うん」
ドモンはリビングでまた一服。
サンの部屋からナナの「え?!」「あ!!」といった声が何度か聞こえてきて聞き耳を立てたが、その内容までは結局わからずじまい。
その時間でドモンはまた不安に。
「・・・というわけで、奥様にはその様子を見守っていただきたいのです」
「わ、わかったわ・・・そういうことだったのね」
「もし・・・もしも私に命の危険があった時だけ・・・」
「うん!ごめんね・・ごめん、サンにそんな事を・・・うぅ・・・」
「いいのです!それよりも奥様を不安にさせてしまいごめんなさい」
ガチャリとドアが開き、ナナが「ドモン来て」とドモンを呼びに来た。
リビングにはエリーのスケベな声が薄っすらと聞こえていて、薄暗い明かりの中、ニヤニヤとドモンが笑っていた。




