第249話
カールは素知らぬ顔で席に着き、ドモンに全員の視線が集中。
「ドモちゃん遅かったじゃない」と声をかけようと思っていた園長も、雰囲気に飲まれ声も出ず。
ナナやサン達がアワワ・・・とドモンから一歩引いたところに立ったまま、こちらもドモンに注目していた。
「貴様ときたら・・・」
「よくやった!お前らは凄いよ!」
義父の声を遮り、ドモンが大声で全員を褒め称えた。
いきなり褒められ、思わず呆気にとられる一同。
「すまないな。昨日店でナナから健康保険実施の話を聞きそびれて、恥ずかしながらついさっき知ったんだ。ゴブリン達の村への小麦粉の仕入れ交渉に時間がかかったのと、健康保険利用者の視察で時間を掛けてしまったことは詫びる。だけど、時間を割いてまで視察して、俺は良かったと思っている」
「・・・・」
「お前らがこの決断をしたことが、本当に正しかったのかを判断できた。その決断、いや英断によりこの国、そしてこの世界全体を救う事になると確信することが出来たからだ。本当にありがとう!」
当然ドモンの口八丁手八丁の言い訳である。
この口八丁手八丁で、まだ若かったドモンは老舗の店で販売員として働いていたが、あっという間に史上最年少店長となった。すぐに辞めたが。
クレーム処理もお手の物。
怒っている人にはまず感謝の言葉を伝えるのだ。
相手は「申し訳ございません」を待っている。
だがそれを裏切って感謝の意を示し、まず面を食らわせるのがコツである。
「いやぁ!教えていただいて本当に助かりました!」と。
その後、クレーム相手を仲間に引き入れる。協力要請をするように。
これこれはこうでした?ハァなるほど!ではこうすると・・あぁ~そちらの方がいいですね。ちょっと今そちらにお伺いしてお話お聞かせ頂いても宜しいでしょうか?ありがとうございます!ご相談に乗っていただいて助かります。
謝罪に行ったはずなのに、お茶とお茶菓子まで出されて歓迎されるのはドモンくらいだ。そのまま夕食を一緒に食べたこともある。
その後も時折その家に顔を出しては、他愛もないおしゃべりをして帰る。
気がつけばお得意様になり、その人が亡くなる寸前「葬式の引き出物はドモンから買え」と遺言をのこすほど。
ある意味『身の振り方が正しい詐欺師』とも言える。
ドモンのやり口に騙されたままでいれば、気分良く暮らせるのだ。
そのおじいさんもきっとそれをわかっていたはずだ。その息子が「父さんはいつも貴方との事を笑い話にしていた」と涙ながらに語っていたから。
もちろんその手口はこの世界でも通用した。
「新たな歴史書の1ページ目を見てきたぞ。そこにお前らの名前が刻まれていた」だのなんだの。
いつしか皆その言葉に乗せられ、胸を張り拍手でお互いを称えあっていた。
ただし義父とナナを除いてだけれども。
ナナは何度もドモンに騙されているのと、今回は被害者側ではなかったので冷静に判断できた。
カールの義父には全く通用せず。流石である。
「さて、まずは保育園について今回広場で子供達相手に調査していたんだけれども」
「子供なんて目もくれず、ジンギスカン食べながらお酒飲んでたくせに」ボソッと囁くナナ。
「子供が住む地域はあちこちに分散されているから、各所にいくつかの保育園が必要だと思うんだ」ナナを無視して話を続けるドモン。
「あまり遠すぎると仕事終わりに迎えに行くのに大変だろ?」
「ええ」「確かにそうですわ」
貴族の奥様方が相槌を打ち、執事が必死にメモを取っていた。
「あともう一つ問題があって、子供が集まりすぎると面倒を見る大人、つまり保育士の人数が足りなくなる。今回でわかっただろ?だから保育士もたくさん必要になるんだけれども・・・」
「えぇ確かに」「そ、それで?」
「子供の扱いの慣れているお母さんとかは良いけれど、まだお母さんになる前だったり、例に出して悪いけど、今回の園長のような子供に恵まれなかったけど、こういった仕事がしたい人だっているだろ?」
「問題ないわよドモちゃん・・・じゃなかったドモンさん」
園長がウンウンと頷いている。奥様達も。
また適当なことを言っていると思っていたら、案外真面目にドモンが語りだしてナナはびっくり。
「そういった人達を教育して、保育士の資格を与える学校も作って欲しいんだ。そしたら出産前の女性達も保育園で働けるようになるだろ?男にだって出来るだろうし、人数も確保できる」
「!!!!!!」
ガタッ!ガタッ!とあちこちで椅子から立ち上がる音が会議室に響く。
「まあその学校の最初の先生は、カールやグラの奥さん達がやったらどうだ?子育ても経験済みだし、今回で預かった子供を扱うコツもわかっただろうしな」
「やります!」「素晴らしいお考えですわ!!」「わ、私も!!」「私にもやらせてください!」
ドモンも驚きの即答である。学校を建ててもいないのに。
ランランと目を輝かせ、お互いに頷き合う奥様達。
「資格を取ればその仕事に就けるという流れを作れば、授業料を払ってでも教えて欲しいと人は集まるはずだ。全国に保育園を作れば、今度は全国から保育士になることを目指して、学校のあるこの街へと人がやってくることになる」
「!!!!!!」
今度はカール達が椅子を吹っ飛ばす勢いで立ち上がった。
「な~んて事を、大工だったり鍛冶屋だったりを育てるのにもやったらどうだろうって、ずっと考えてたんだよ。職業訓練学校の設立をさ。料理学校があったならヨハンだってもっと勉強できただろうしな。そういった人らは授業料貰うだけじゃなく、見習いの実習として安い給金で雇えば、人手不足も解消されるし生徒達も勉強になるし食い扶持は繋げるしで、双方にとって良い事だろ」
「お料理の学校ならドモンも先生になれるね」とナナ。
「御主人様が以前手配した、大工さんと鍛冶屋さんのところにいる子供達のことですね!」
サンもドモンの言葉であの子達の事を思い出し、嬉しそうに声を上げた。
貴族達も大工の見習いの弟子達を思い出し、ハッとした顔。
「これからは専門職の資格を持った者を雇う時代が必ず来る。温泉宿を建てた時、料理師の資格を持ってる者と給仕の資格を持つ者を雇ったりすればいい」
「うむぅ」と唸り声を上げ、ゆっくりと義父も立ち上がる。
保育園とスナック街についての話し合いのはずが、突然ドモンがこの街を、この国を、この世界をひっくり返し始めたのだ。
健康保険の導入時点ですでに大改革だというのに、もう全員、心臓の高鳴りを抑えられない。
ドモンは住居地域や商業地域、工業地域などの区分けの説明もし、スナック街のあるすすきのは当初の予定通り、商業地域に作られることになった。
参考にすすきのの地図もドモンが詳しく描く。
「ジンギスカン屋の向かいに灰皿のある元パチンコ屋のコンビニ。ソープの横の裏通りに気まぐれな天使がいるソープがあって、そこを抜けると右手にバニーちゃん・・・信号の角には昔からあるちょっと怪しげな建物とジンギスカンもやってる焼肉屋さん」
「えらく詳しいわねドモン」
「そ、そりゃ遊び場であると同時に故郷でもあるからな。友達の家もあったし」
ナナがジトっとした目で睨む。
ドモンはうっかり、先日戻った時に遊びに行った所から描き始めてしまっていた。
だがドモンが描いたその地図は、この街の未来が描かれているようで、義父ですら鼻息を荒くするほど大興奮。
「そして必要悪なのはわかっているけれど、スケベな店もたくさんそこに作る予定だ。これに関してはジジイも大賛成で、そこで働く女達を教育するスケベな学校の校長に俺はなろうと思っている」
「・・・・・・」
「な~んちゃって・・・ってあれ?」
ドモンが言った冗談はもうほぼ誰の耳にも届いておらず、会議室内は白熱した議論が飛び交わされていた。
葬式の引き出物の話も実話。80万円分も買ってくれた。25年以上も前の話だけれども。
息子(といってもこの息子もいい歳だったけど)から「必ずあなたから買うようにと言われていたんです。いつも楽しそうにあなたの話をしてたんですよ」と伝えられた時は、何とも言えない気持ちで。




