第248話
「貴様はいつまでかかっておるのだ馬鹿者!!皆待っておるのだぞ!!いつもいつも遅れおって!!」
「なんだよ、現れるなり藪からスティックに」
「なんだそれは!くだらん!!」
ドモン達が家を出たという報告が入ってから数時間、待てど暮せどやって来ない。
広場でなにやら料理をして食べていたという情報が入り、カールはすぐに屋敷を飛び出したが全く見つからず、騎士達に協力させてようやく見つかった次第。
怒りに任せて怒鳴り散らしたが、ドモンが妙な冗談を言って誤魔化し、サンと長老だけがプクク・・と笑いを堪えていた。ナナには全く意味がわからず。
ザックとジルは長老から説明を受けて「あー」と納得。説明を受けてもまだわからない残念なナナ。
サンが馬車を玄関に移動する間に、医者達や男の子、治療を待つ人らに別れを告げる。
そしてドモン達は馬車に乗り込んだが、馬車の外からまだカールの愚痴が聞こえ、皆クスクスとこっそり笑いながら屋敷に向かった。
「遅いわよあなた!」
「何やってんだよドモン!」
屋敷に入るなり、カールよりも怒っている子供達がお出迎え。
心なしか他のみんなも少し冷たい視線をドモン達に送っていた。
朝、ドモン達が屋敷に向かったと聞き、もう当たり前のようにドモン監修の昼御飯が食べられるものだと信じ切っており、保育園の件についての話し合いをしに来ていた園長達も交え、ドモンの料理について盛り上がっていたのだ。
やれカツ丼がどうの、やれトルティーヤがどうのと。
あちらこちらで同じように、今日の食事はなんだろう?と話をしていたが、いくら待っても来る気配がない上に『広場でとんでもない料理を披露し、大騒ぎになっている』という情報が入ってきて、全員が落胆することになった。結局普通の昼食に。
「あ~悪い悪い。いやでもあれは美味かったなぁハハハ」
「ヌゥ!!」
言葉とは裏腹に、その顔は悪びれもせず、自分の顎を擦りながらその味を思い出しドモンはニヤニヤ。
カールの片眉が吊り上がる。
「ジンギスカンって言うのよ!!羊肉なんだけど、ドモンが持ってきたタレで味付けをすると、ジュル、もうとんでもない美味しさでね!」
「奥様ヨダレヨダレ」慌ててハンカチでナナの口を拭くサン。
「ドモンの故郷の味で、すすきの名物ジンギスカンって言うのよ!!羊肉なの」
「それはさっき聞いたわよ!」
興奮して同じことを二度言うナナ。恐らく大切なことだと思ったのだろう。
女の子も流石にツッコみ、サンは「ふっぴぃ~」と吹き出して天に召された。
「それで、羊肉があればそれを食べられるのだな?すすきのとやらを作るには必要なのであろう。私だけでも試食しようではないか」
「ず、ずるいわカルロス!」
「お前達は先程食事を取ったばかりであろう。もういいではないか」
「駄目よ~ダメダメ!!」
「そこは『いいじゃあ~ないの~』にしてくれよカール」
「???」
なんとか自分だけでも食べようとする意地汚いカール。
ナナが混乱するほどのものなのだから、恐らくとてつもなく美味いのだろうと考えた。
その考えは皆同じで、カールと女の子の会話にドモンが割り込んで茶化していたが、騒動は拡がるばかり。
「まあ羊肉があればなんとなく味わえるだろうけど、あれはもやしがないと駄目なんだよやっぱり」とやんわり断るドモン。そもそもタレがもったいない。まだたくさんあるけれど。
「確かにそうです!!シャキシャキでもシナシナのものでもすっごく美味しいのです!ね?ジル!」と興奮気味のサン。シナシナはどうかと思うドモン。
「うん!じゃなかった、はい!」とジルもつい素が出てしまった。
「あれと肉を一緒に米にポンポン出来ていたらジュル美味しかっただろうなぁ」「奥様ヨダレヨダレ」またヨダレを垂らすナナ。
「なんだそのもやしというのは??」とカール。
「ああ、大豆を水に浸して、日に当てずに育てたものだよ。たまたま鍋に入れたままの大豆から芽が出ちゃったおばさんいてさ」
「すごくすごくすごく幸運でした!はい!」
ドモンの説明に興奮しながら相槌を打つサン。
サンにとってはもやしの味と食感は、綿あめを食べた時の衝撃に匹敵するほどだった。
「だ、大豆で出来るのだな?どのくらいの期間で育つものなのだ?」
「いや知らねぇよ。あの本にでも書いてないか?」
「提供してくださった女性の方は、一週間ほど前に鍋の水に浸したと申しておりました。そのまま蓋をして忘れてしまったそうで、偶然、御主人様がおっしゃられているもやしというものが出来上がっていたのです」
さすが出来る女サン。すぐにドモンをフォロー。
カールの質問にきっちりと答えを出した。
「す、すぐにいくつか試します!」
「水の量を少しずつ変えて記録しろ!」
「かしこまりました!」
ジンギスカンを食べるのも重要だけれど、サンの様子を見るに、もやしの重要性に気がついたカールやコック。
ドモンにとってはただの食材のひとつだが、この世界だと新たな野菜がひとつ増えるということなのだから、力が入るのも当然。
「あのもやしはちょっと濁ってたから、多分途中で水を何度か取り換えた方がいいぞ」
「なるほど!水換えもどのくらいの頻度がいいのかも調べます!」
向こうの世界でお金がない時に、もやしを育てて食べようとネットで調べた時のうろ覚え。
本来鍋や瓶などで育てるなら、一日に2~3度水を換えた方がいいのだけれど、ドモンはそこまで知らなかった。
スーパーの特売日にもやしが10円ほどで売られていて、手間を考えると割に合わないと止めたのだった。
「あ、あのカルロス様、ドモン様」
「なんだ!今忙しいというのに!」話の腰を折られ、侍女を怒鳴りつけるカール。
「奥様方が会議室でその・・・」
「む!」「あ・・・」
侍女のその一言だけで奥様達の怒りが伝わったカールとドモン。
ふたり、顔を見合わせてからツカツカと会議室へ。慌ててナナ達もついていった。
その道すがら。
「そういえば醤油と味噌の製造にも着手し始めたぞ。まだまだ研究段階ではあるが」
「え?嘘!?やったな!」
「いやいや。まずは麹菌とやらを育てねばならぬのだろう?その為の種となる物を作り始めた段階だ」
「全く分かんねぇよ俺には。本に書いてあったのか?」
「うむ。貴様の国ではそれを千数百年前から行われていると記されておった」
「へぇ~」
日本の醤油の歴史をカールから教わるドモン。
醤油の作り方はここにあると自信満々に自分の頭を指さしたくせに、本当にドモンは全く知らなかった。
その事はもう全員にバレているけれど、ドモンを責める者は誰もいない。
「あの時はまんまと騙された」とただ笑うのみ。
寧ろ、純粋にドモンの言うことを全て真に受けていた自分が恥ずかしいくらい。
「今なら『嘘をつけ馬鹿者』と貴様の頭を皆引っ叩いておるだろうな」
「バカだなカールは。また騙されてやがる」
「む?何をだ??」
「よしここだな会議室は」
「おい待て!ドモン貴様!・・・くそっ!」
カールがまたドモンの嘘に翻弄されつつ、一行が会議室の重厚なドアを開けると、奥様方と園長達だけではなく、カールの義父や屋敷の貴族全員がここに集まり、額に青筋を立ててドモン達を睨んでいた。
「えーと・・カール?」
「私は絶対に助けん」
会議室で、教室の教壇のような場所に立たされたドモンは、どう見ても有罪判決を受ける前の被告人のようだった。