第247話
「おおぅ・・・おお?なんだコレ??」
待合室に入りきれず、外まで行列になっている様子を見て驚くドモン達。
「こちらに並んでくださーい。急患の方や今とても具合の悪い方に前をお譲りください。皆様のご協力が必要でーす!」と男の子が何度も叫んでいた。
医者の家の前に到着し、呆然と立ち尽くすドモン。
これでは抜糸がいつになるのか見当もつかない。
そうしている内に一台の新型馬車が到着し「急患だ!」と憲兵が叫んだ。
担架に寝かせられた男がお腹を抑えながら「うううう!!!」と苦しそうに呻いている。
付添の奥さんらしき人物が泣きそうになりながら「どうかお願いします!この人を助けてやってください!」と叫び続けていた。
「通してください!通してください!奥様ですか?今すぐに診てもらいますので、落ち着いて旦那様に声を掛けてあげてください」
「は、はい!お、お願い!お願いします!!私この人がいなくなったらうぅぅぅ・・・」
「健康保険証はお持ちですか?」
「はいこちらに」
仰々しいくらい立派な判が押されているピンク色のカードを差し出す奥さん。
ドモン達は「え?!」と目を見合わせる。
「ちょちょちょ!ちょ!ナナ!健康保険始まってるじゃねぇか!!どうなってんだよ!!」
「し、知らないわよ私は!!」
ドモンとナナはオロオロ。
言い出しっぺのはずなのに、そんな事は全く知らなかった。
それを見たサンがふぅ・・と小さくため息。
「御主人様、奥様、おふたりのと私のは私が預かっていますよ。昨日カルロス様から奥様が直接手渡されたではないですか」
「え?!嘘???」
「『どうせならこの日に合わせようと思ってな』『そうだったの』と会話もしてらっしゃいました」
「そ、そんな会話・・・した気がする・・・」
「おいっ!!」
サンが言うには、カールが来店してすぐにそのようなやり取りがあったとか。
ナナは酔っ払って今の今まで全く記憶がなかった。今も薄っすらとしか覚えてはいないが。
「なんでサンが持ってたの?」
「奥様があの・・・すぐに捨ててしまって・・・慌てて拾っておいたんです」
「ナナ!!」
「うわごめん!!」
みんなピカピカの健康保険証を持っているというのに、ドモン達のだけがクシャクシャに。ちなみにヨハンとエリーのは現在、分厚い本に挟んでしわ伸ばし中。
「これは大切なものなんだぞ!尻を出せ尻を!!」
「い、いやよ!許してお願い!こんなところでうぅぅ・・・」
ナナに向かってカンカンに怒っているドモンの様子を、列に並んでいる人達が気の毒そうな顔をして見ている。
ただ全員『そりゃそうだ』といった顔にも見えた。
「ご、御主人様!私が!私がすぐに受け取らなかったから悪いのです!!どうか私に!!」と尻を突き出すサン。
「それなら私も・・・私も見ていましたので、すぐにお伝えすればよかったのです」とジルも背を向けてお尻を突き出した。
「れ、連帯責任でございますねこれは」と長老は地面に跪いて四つん這いになり、女豹のポーズで恍惚とした表情。その様子に呆然とするザック。
「お前ら関係ないけど叩かれてぇならぶっ叩いてやる!バカヤロー!」
怒りに任せて次々とお尻を引っ叩くドモン。
この世界ではまだ定着はしていないけれど、元の世界だと『健康保険証を捨てた』はかなりあり得ないこと。身分証にもなるのだから。
ドモンはそれをどうしても伝えたかったが、つい怒りに任せてしまった。
「はうっ!」「ああん!」「あっはぁ~~ん・・・」
三者三様の叫び声を出しお尻を押さえる三人。
ザックから見ると喜んでいるようにしか見えない。
「やだやだドモン!せめて優しくして!」
「・・・・ああいいよ。ほれ終わり」ポスッと撫でるくらい優しくナナのお尻に手を当てたドモン。
「え??」
「お前はもういい」とドモンは冷たい目。
見る見る内に目に涙を溜めるナナ。
「いやよぉぉドボン~!!みはなざないでぇぇぇ!!」膝をついてドモンに身体にしがみつく。
「・・・・」
「おじおぎじでもいいがらあああ!!いやぁああ!!ドジでごめんなざいぃうぅぅぅ!!ヒック」
下着を脱いで白いフレアのスカートをペロっと捲ってお尻を出したナナ。
急な丸出しにドモン達だけじゃなく、周囲の人も「あっ!!」と声を出した。
「バ、バカ!!まだ酔ってたのかお前!!」パチーンとお尻を叩いてから、慌ててドモンとサンがナナの着衣を戻す。
そうして街の人からのナナのあだ名が『保険のおっぱい』から『保険のお尻』へと変更されることになった。ただおっぱいも根強い人気。
「何をやってるんですかドモンさん・・・それにどうしてすぐに裸になるのですかあなたは」と男の子。
前回は裸にネグリジェ、今回はお尻丸出し。ナナのまともな姿をほぼ見ていない。
「こちら今回の健康保険を提案して頂いたドモンさんです。皆さん前をお譲りして頂いても宜しいですか?」
「いやいやいや!並ぶよ俺も。ありがたいけど駄目だってば。俺なんて頭を抜糸するだけだからさ」
変に気を使われ焦ったドモンが断った。
「いいんだよあんたのおかげなんだから!ほら!先に行きな!」
「そうだそうだ。それにあんたのおかげでこうして医者に診てもらえるんだから」
「俺らも本当に感謝してるんだよゴホ」
「いやほらゴホってやってるし。それに俺のおかげなんかじゃないよ。頑張ったのは貴族達と医者と、そして健康保険代を払うことを認めてくれたお前らみんなだ」
みんなとドモンの会話を聞き、ナナはまた鼻高々。
以前よりも随分としっかりと成長して、逞しくなってきた男の子もウンウンと頷いている。
診察室からは「ありがとうございます!ありがとうございます!あなた良かった!!」と奥さんの涙声が聞こえ、どうやら急患は助かった様子。
みんながほっと一安心していると、医者がひょっこり現れた。
「どうかなされましたか?」
「よぉボッタクリ医者・・・じゃねぇ???」
「ハハハ、私は王都から先生の手伝いに来た医者ですよ。先生に比べればまだまだ未熟者ですが」
「どう見てもボッタクリ医者よりもしっかりしてるように見えるけど・・・」
惚れ惚れするような好青年の医者が現れ驚くドモン。
手前の診察室から「あぁちょっと失礼。オホン。おい!聞こえてるぞ!」とボッタクリ医者の声がした。
「先生、こちらで抜糸してしまっても?」
「ああ、引きちぎってやれ!ああいやいやこっちのことだ。少し胃を悪くしてるな。薬を出しておくからそれで三日程様子を見て、調子が上がらなければもう一度来てくれ。我慢できなくなったら三日待たなくてもすぐに来てくれて良い」「ありがとうございます!」
好青年の医者がクスクス笑い、ドモン達はヤレヤレのポーズ。
消毒液をサッと塗って、その場で器用にハサミを使い、ドモンの抜糸をあっさり済ませた。
「え?もう終わり??やけに手際良いな。良い腕だ。あと悪いなみんな、結局先に・・・」
「アハハゴホ!いいってば」
「そこで咳き込んだら俺が悪者になっちまうから・・・」
病により、ほんの少しだけ重たかった待合室や人が並んでいる玄関辺りの雰囲気がパッと明るくなる。
「忙しくなることを見越して王都から呼ばれたのか。あのボッタクリヤブ医者に」「次に怪我した時覚えておけ!はい次の方!」忙しそうにしつつも、ドモンの言葉に反応する耳の良い医者。
「いえいえカルロス様の方から直々に。あと先生はヤブ医者なんかではないですよ?内科も外科もひとりで担うことが出来る素晴らしいお医者様です」
「まあそういうことにしといてやるかフフフ」「フン!ああいやこちらの話だ。はい大きく口を開けて舌を出して」
よく見れば看護師や薬剤師までいることにドモンは驚く。
まだ小さいけれど、きちんと病院として成り立っていた。
「銀貨4枚になります。お薬はあちらの窓口でお受け取りください」
「えぇ?!ほ、本当にそれだけでいいのかい?信じられないよあたしゃ・・・ああ神様」
両手を合わせ神に感謝するおばあさん。
「その神様ならここにおられますよ?この方のおかげです」好青年が微笑む。
「えぇ?!」
「よせよバカ!ほれ婆さん、用が済んだら帰った帰った!もう二度とこんなとこに来るなよ。病気なんか治してさ、死ぬまで健康なのが一番だぜ?」
「アハハありがとねぇ。そうかい、あんたがあの・・・神様って顔が傷だらけなんだねぇウフフ」
まだ薬を飲む前だというのに、足取り軽く去っていくおばあさん。
それをじっと見つめる好青年。
「・・・この街の仕組みを手本にし、恐らくこの国は変わります。ドモン様、本当にありがとうございます」
「俺はきっかけを与えただけだ。あとはお前らが勝手に頑張れ。俺は知らん」
若い医者とドモンのやり取りを見ながらクスクス笑う男の子。
「ドモンさん、どうやらそんな訳には行かなそうですよ?ウフフフ」
外からヒヒンと何頭かの馬の声。
数名の騎士とカールが額に青筋を立てながらやってきて、ドモンはまたヤレヤレのポーズをする事になった。