第246話
「オヤジさん、骨付きじゃない冷凍した羊肉はあるか?あれば買い取りたいんだけど」
「煮込みに使おうとしていた塊ならあるけど、そんなのでいいのか?」
一度どこかへ行った後、一分もしないうちに2~3キロくらいの凍った羊肉を持って現れた。
「こんなのでいいのなら分けてやるよ」
「ああ十分だ。サン買ってよ」「はい!」
クイクイとサンの袖を引っ張っておねだりするドモン。
ドモンの代わりにお金を出して、肉を買い与えるサン。
甲斐甲斐しくドモンの世話をするサンの様子に嫉妬し、地団駄を踏むナナ。
ナナが夢見てた夫婦のあり方がそこにある。
ナナもドモンに買ってあげたかった。
そもそも、王都でその夢を叶えようと頑張って稼いだのだ。
サンは思わぬところで夢が少し叶ってしまい、嬉しさでもう空が飛べそうな気分。
「オヤジさん、この肉を切って焼きたいんだけど・・・」
「ああほら、この屋台の隅でいいならこの火を使うがいいよ。鉄板もあるよ。皿はそこにあるから使いな」
「すまないな。サン、オヤジさんにチップあげて」「はい!」
「あーいいよいいよ!たっぷり買ってくれたしなハハハ」
実際、今日はもう店じまいしてもいいくらいドモン達が買っていた。
「じゃあナナ、箱にスライサー入ってるから肉を切ってくれ。今日は3つ目のメモリくらいの厚さでいいかな?」
「いいわよ。この肉全部?」
「ああそうだ。前みたいに何十キロも切るなよ?」
「わかってるってば!もう言わないでっ!それ以上言ったら噴水に落とすわよ」
「ナナだけで十分だよ、噴水に落ちるやつなんて」
羊肉のスライスをナナに頼み、頬がパンパンに膨らんでいるサンにおつかいを頼むドモン。
「玉ねぎとピーマン、かぼちゃともやし買ってきて」
「も、もやしってなんですか?」
「あぁ、もやしはないのか。もやしってのは、大豆を日陰で育てて芽が出たものだよ」
「そうだったのですか」
「美味しいのになぁ」としょんぼりしたドモンを見てしょんぼりするサン。
ナナは肉をどんどんスライスしながら、「へぇ~大豆って本当に凄いのね。ジャックに教えてあげたら?」と感心していた。
「芽が出ちゃった豆ならあるわよ?煮豆作ろうと思って、水につけたまま鍋に蓋しちゃって忘れちゃったのよ私。あとで捨てようと思ってたんだけど・・・」
「え?!」
隣の屋台のおばさんが家に戻り、その鍋を持ってきた。
蓋を開けるとたっぷりもやしが育っており、ドモン以外の全員が「うわっ気持ち悪い・・・」としかめっ面。ドモンは当然大喜び。
「サン!サン!買って買って!!」「はい!」
「よしてよぉ~・・・捨てようと思っていたんだからさ。あげるわよ」
「いやいや買うよ。このくらいだと銅貨20枚くらいが相場かな?」
「えぇ!?そうなのかい??」
おばさんはゴミが売れたと心の中でほくそ笑む。
ドモンはこれを機にもやしを作る人が増えればいいなと思い、お金を払った。払ったのはサンだけれども。
「では買い物に行ってきます。行こジル!」「うん!」
走り去っていくふたりを見ながら、ドモンはスライスした肉の半分を持ってきたタレに漬けていく。もやしは長老に洗うように指示。
その様子を通行人が物珍しそうな顔で見つめていた。
「全部切ったわよドモン」とナナ。
「はいおつかれさん。箱に割り箸入ってるから出しといて」
「うん」
「お待たせ致しました」「買ってきましたぁ」とサンとジルも戻る。
「ありがとうふたりとも」荷物を受け取り、店のオヤジに包丁を借りて野菜をざく切りするドモン。
「こちらは水を切ってよろしいのでしょうか?」と長老。
「ああ頼む」
準備は万端。
もやしの半分を鉄板に乗せ、タレに漬けていた肉をその上に。
野菜も一緒に乗せて蒸すように焼くと、たちまち食欲のそそる匂いが広場に流れた。
「サン、焼肉みたいに皿にこのタレを入れていって」
「はいすぐに!」
先程のドモンのように、今度はナナがゲートインした競走馬状態になっていて、サンが慌てて準備を進める。
「あぁ~ドモーン・・・お米が必要な予感・・・」
「残念ながらもう間に合わないな。確かに米に合うんだけど、今日はエールにでもしよう。みんなも好きな飲み物買っといで」
「仕方ないわね」「はい!」「はい!」「はい!」「えぇ」
ナナは残念そうな顔をしながらエールを買いに、他のみんなはオレンジジュースを買いに行った。
その横で店の親父はヨダレを垂らさんばかり。
「信じられねぇよ・・・羊肉がこんなになっちまうなんて。それに何なんだこの液体は」
「これで食うと美味いんだ。オヤジにもやるから安心しろ」
「あ、あたしは・・・」
「もちろん一緒に食べようよ」
店のオヤジと隣の屋台のおばさんは大はしゃぎ。
大慌てでふたりともエールを買いに行った。
全員が戻ってきた頃には周囲に人だかりが出来ていた。
しかし残念ながら売るほどの量はないので、見ているだけの地獄である。
軽く塩コショウを振りながら、味付きではない方の肉も焼いた。
「ド、ドモン、これはなんて名前の料理なの?」とナナがゴクリとツバを飲む。
「これは俺の故郷北海道の名物、すすきのの名物でもある『ジンギスカン』だ。この専用のタレにつけて食ったらアホほど美味いからみんな覚悟しとけ」
ドモンがそう言い終わるか終わらないかくらいに、ナナがフライングで野菜と肉を箸でつまみ、タレにつけて口の中へ。
次にドモンもひとつまみ。
「おお!完璧だこりゃ」「んがあああああああああ!!!」
ドモンの声がナナの叫び声でかき消される。
んぐんぐとエールを飲んで、間髪入れずにもう一口。
「んぐぅぅぁぁあああ!!んんんーー!!!」
金髪巨乳美女が野獣のような叫び声を上げ、右足をダンダンと地面に叩きつけながら喜んでいる姿を、唖然とした表情で見ている周囲の人々。
そしてようやくみんなも食べ始めた。
「なんてこった!!ハァ???どうなってやがるこれは!!!」
思わずカシャーンとフォークを落とした店のオヤジ。
同じ羊肉なのに全くの別物となり、背中に電気が走ったような衝撃を受けた。
「これは本当にあんたンとこのあの羊肉なのかい?!」と、隣の屋台のおばさんも驚く。「そうだってばよ」とオヤジ。
「このもやしというのも美味しいです!」
「野菜も全部美味しいわよサン!お肉の味も滲みているの!」
サンとジルも大興奮。
ここに来て最初に野菜を食べたふたりにナナはちょっと驚いていた。
長老とザックは放心状態。
美味しいのは当然のこと、また新たな味覚を開拓してしまった挙げ句、これがドモンの持つタレがないと味わえないということを知っていたためだ。
知らなければ苦しむことはなかったのに、ふたりは知ってしまった。この素晴らしい味を。
ドモンももちろん、飲む。食う。飲む。食う。飲む。食う。
おしゃべりしてる場合ではない。もやしには限りがあるのだ。
スライスした肉を次々と鉄板に乗せ、あとはもう一心不乱。
皆の羨望の眼差しを受けながら、一同はあっという間に完食。
「これがドモンの故郷の味・・・すすきの名物ジンギスカンなのね・・・」
唇をテッカテカにしたナナが、呆然とした表情でそう呟いた。
期せずして街のすすきの化計画は、こうしてまた一歩進んだのであった。




