第245話
「よう長老さん!野菜はいらないか?好きなだけ持っていきなよ!」
「あんた!何勝手なこと言ってるのよ!!悪いわね長老さん、一応これでも商売やってるからさぁ」
「いえいえ!きちんとお支払いしますから、お売りいただけますか?」
広場で行われている朝市にやってきた一行。
長老と野菜を売りに来ていた夫婦がやり取りをして、大量のネギを買いつつゴニョゴニョと相談。
すぐに「えぇ?!なんだってぇ?!」という奥さんの声が響き渡り、皆が振り向いた。
「ほ、ホントかい?そりゃ・・・」
「ええもちろんですとも!手付金として先に半分お支払い致しましょうか?」
小さなカバンから金貨を取り出した長老が、奥さんに手渡そうとするも旦那がすぐに止めた。
「いやいやいや!!荷物届けた時でいいよ!いやぁ~まいったねこりゃ。昨日飲みに行って良かったよ」
「昨日私もお話が聞けて、機会があれば是非と思っていたのです。あの時はこんなに買えるとは思っていませんでしたけれども、お陰様で」
「どうしたんだ?」とドモンが話を聞けば、長老が金貨四枚で小麦粉をなんと二トンも注文していたのだった。
「でもすぐには無理だ。仕入れして、それからじゃなけりゃ物がないんだよ」
「いつ頃になるのでしょう?」
「少し前に収穫を終えて、脱穀やらの製粉作業を終えたところだと思うから、物はすぐに用意できるとは思うんだよ。ただその量だと運ぶのに少し時間がかかっちまうと思うんだ」
今ある在庫じゃとてもじゃないけど足りやしない。
だがこんな儲け話、乗らない訳にはいかないとその夫婦も必死に知恵を絞る。
屋敷で貴族達に頼めばもっと安く、もっと多く、もっと早く手に入ることは長老もわかっているが、長老は客であったこの男性から買うと決めた。
人との関係は金では買えない。買えたとしてもそれは偽物だ。
持ちつ持たれつを繰り返し、信頼を少しずつお互いに積み上げていくしかない。
長老はドモンに言われるまでもなく、それを実行に移したのだ。
ドモンも交えてあれやこれやと言いつつ商談を進める四人。
「俺が手伝いますよ」
「あらザック君!悪いわねぇ~」
向こうでは、酒の入った樽らしきものを積んだリヤカーをひとりの奥さんが引いていたが、道にあった小さなくぼみに車輪が落ち、悪戦苦闘していたところをザックが手伝っていた。もちろんこの奥さんも昨日のお客。
御者台の上、サンとジルがその様子を見ながらニコっと笑い合っているところに、小さな女の子がやってきて「おねーちゃん、おかしーありがーとー」と言いながら一枚の紙を渡してきた。
そこにはとても似ているとはお世辞にも言えないけれど、一生懸命描いたと思われるジルの似顔絵が描かれている。
母親が言うには、昨日保育園で描いてきたとか。
そのお母さんにもアップルパイのお礼をされ、ジルは涙を浮かべ、ペコペコと何度も頭を下げていた。
ジルの宝物がまたひとつ。
徐々に繋がる心と心。
人とゴブリン達との高い垣根を、ゆっくりとゆっくりと除いていく。
結局小麦は一週間から十日ほどで、ゴブリンの村の方に直接届けられることになった。
街を巡回していた騎士がたまたまドモンが殺された時にいた騎士で、長老やドモンを見つけるなり話しかけ、あとはそのままトントン拍子。
あとでカールに許可を得て、自分が責任を持って村まで小麦を運ぶ荷馬車を先導すると笑顔を見せた。
その他、塩や胡椒などの調味料、服や生活用品などゴブリンの三人で大量に購入。
今の馬車だけでは運びきれそうもなく、村に戻る際に騎士が馬車を用意してくれることに。
これだけ買い物しても稼いだ金貨が余ってしまい、サンが預かることになった。ドモンやナナにしなかったのはたいへん賢い選択。
「さて、買い物してるうちに昼になっちゃったし、どうせならここでなにか食べようか?おいナナ、金くれ」
「あ!私も忘れちゃった!それにどうせ屋敷で食べられると思って・・・ごめんドモン」
「・・・・」
繰り返すが、ドモンやナナにお金を預けなかったのは、たいへん賢い選択である。
今運んでいるグラ達への給金の管理も全てサン。ドモンは勝手に使うし落とすし、ナナは忘れるため。
「わ、私から皆様にご馳走させてください」とサン。
「ごめんねサン・・・」とナナがしょんぼり。プロポーズされた時、この広場でドモンに財布を預けられたというのに、結局忘れてしまったことを悔いた。
「どうすんだよ?これから抜糸してもらいに行くんだぞ?今度から俺もサンに財布を預けた方が良さそうだな」
「え?!ヤダヤダ!!ごめんなさいドモン!すぐに持ってくるからそんな事言わないで!!うびぃぃぃ・・・」
「じょ、冗談だから泣くなってばもう・・・じゃ、じゃあ今日はナナが選んだものをみんなで食べようか。たまにはこの世界の美味しいものをナナが俺に紹介してよ。治療費なんて後でいいから」
「う、うん・・・グス」
涙と鼻水をサンにハンカチで拭かれながら、屋台のひとつを紹介するナナ。
「ちょっと匂いにクセがあるから好き嫌いが分かれるんだけど、グス、羊の骨付きのお肉なの・・・私は好きなんだけどドモンはどうかな・・・?」
「え?!嘘!!好きだよ大好き!!」
「ほ、本当?泣いちゃったからって同情してくれなくてもいいわよ?」
「本当だってば!俺の故郷の名物といえばこの羊肉なんだよ!やったぜナナ!どうして今まで教えてくれなかったんだよ!」
ヒャッホー!と踊りまくるドモン。
北海道も昔は手頃な値段で食べることが出来たが、ラム肉人気が上がったことで今では値段も跳ね上がり、ラムどころか癖のあるマトンまで手に入りにくくなってしまっていたのだ。
「へいらっしゃい」
「く、くれくれ!サン!早く!お金!!」
「は、はい!!」
ヨダレを垂らしそうになりながら、屋台で炙られる羊肉に鼻がくっついてしまうのではないくらい前のめりのドモン。
ナナ達だけじゃなく、店のオヤジまでキョトンとした表情。
クセのある匂いにこの屋台を避ける人も多い為、食いつきまくるドモンに店のオヤジは嬉しさとともに、ちょっとクセのある味で落胆させてしまうのではないかと心配もしていた。
「味付けは塩と胡椒と香草でいいかい?なるべく香草を多くした方が臭みも消えて美味しいよ?」
「私はそうして!」「私もそれでお願いします」「私も」「俺・・いや私もそれで」
皆、そのおすすめの味付けで注文する中、「塩のみで。軽く塩だけ振ってくれ。それで十分だ」とドモン。
えぇ?!と驚きの声を上げるドモン以外の全員。
もう我慢ができないドモンは、まだ少し赤い状態のままの羊肉を受け取り、その場でガブリ。
「ああぁぁ・・・うまーい・・・オヤジさん美味いよ」
うっとりした表情のドモン。
道産子のドモンにとって、この匂いこそが、このクセのある味こそが、まさしく『故郷の味』である。
薄っすらと涙まで浮かべて食べるその様子を見て、「私も塩だけにしてください」「私も」と一同が真似をし、そして撃沈した。
「いやぁそりゃそうだよ。ほら、香草と胡椒を使いな?俺だって塩だけじゃ食わないよ。この旦那が特別なんだ」
「美味しいのに。サン、もう一本買ってよ」
犬のように骨までしゃぶり尽くしたドモンがおかわりをねだった。
ドモンにねだられ、サンはちょっとドキドキ。実際に妻になるのだけれど、一足先に奥さん気分を堪能している。
心の中で『もうドモンったら仕方ないんだから』と囁き、あわわ・・・と、真っ赤な顔で妄想を打ち消した。
「あぁ本当に・・・あー美味い。いくらでも食えそう」
「なんか悔しいわね・・・ドモンの方が得意だったなんて。私の方が好きだと思ってたんだけどなー」
「俺の国でも俺の故郷の、そしてある程度の年齢以上だけかもしれないな。ラムじゃなくクセのあるマトンの方を喜ぶのって。小さな頃、俺はこれを毎週土曜日に食べてたんだ」
ナナにそう語りながら、ドモンがポンと手を叩いて馬車へと戻っていき、荷物の入った箱を持ってすぐに戻ってきた。
もの凄く嬉しそうな顔をしながら。