第236話
入口のスイングドアの先には仕切りがあり、銭湯のように男と女の部屋に分かれている。
右半分のカウンター及び厨房側は女性用、店の左半分は男性用の部屋。
ヨハンからエリー達の様子が見える、カウンター側を男性客用にしようとヨハンは言っていたが、ドモンが断固反対。厨房から女性客が見えるようにしてくれと意見がぶつかった。
「カウンターは普段女だけじゃ利用しづらいだろ?連れの男がいたら座れるけど」
「そりゃあ確かにそうだけども・・・」
「普段体験出来ないことをしてもらうってのも祭りの醍醐味じゃないか。それにもしそれで好評なら、普段からカウンターに座る目的で女性客も増えるかもしれないだろ」
「う~んまあ言ってることはわかるけどよ」
ドモン得意の無駄に説得力のある言い訳が炸裂。
あーでもないこーでもないと結局ヨハンは丸め込まれ、カウンター側が女性用となった。
「おほー!すごいおっぱい!乳休めがいっぱいだ!」
ドモン歓喜の瞬間。
カウンターに乗せられ並ぶ大量の柔らかそうな丸い胸。いやおっぱい。
周りの客が女性だけというのも手伝い、喜ぶドモンや恥ずかしがるヨハン見たさに、女性達も大胆不敵に胸を突き出す。
「ヨハンさん、肉じゃがとエールをくださいな」
「今日はヨハンと呼び捨てにしてもらってもかまわないよ?何でもドモンが言うには、今日は徹底的に俺達が奉仕するんだとさ」
「え?じゃあドモンさんもナナちゃんが呼ぶみたいに呼び捨てに?」
「ああ、ドモン!と乱暴に呼び捨てにしてもかまわないぞ。あ、いや、構いませんよお嬢様」
ヨハンとドモンが女性達に今日の店の形態・・・というより、遊び方を説明してゆく。
「なるべく要望に答えるから、こう呼んで欲しいとかこういう態度で接して欲しいとか遠慮なく言ってくれ。この場だけの遊びだと思って気軽にな。その代わりたくさん奢ってくれよ?」
ドモンの説明にいきり立つカウンターの女性陣。
ホストクラブとは少し営業形態が違ってはいるが、いろいろな店を選択することが出来ない今、客のニーズに合わせてドモンとヨハンがそれを演じることになったのだ。
「じゃじゃじゃあ、ヨハンさん!いえヨハン!私のグラスにお酒を注いでよ。貴方も飲んでいいわ!・・・みたいな感じでも・・・」
「もちろん宜しいですよお嬢様」
「そこはリンダでお願い。あとエリーさんに接するみたいに」
「ああ、悪いなリンダ。一杯いただくよ。リンダも飲んだらどうだ?」
「良いわよ仕方ないわね!ふぅぅぅ~~!!あ~~暑ーい!」
昔から密かにヨハンに心を寄せていた女性。
エリーには敵わないとその立場を譲ったが、今この時間だけ夢が叶った。
そうして今手持ちのありったけのお金をカウンターの上に置く。
厨房寄りのカウンターには、ナナのように気の強そうな美熟女。
「ドモンさ・・・ドモン来なさい!」
「はい!ええっと・・・」
「奥様で。召使いが貴族様達と接するみたいにお願い」
「はい奥様、大変申し訳ございません」
「さ、さっさとワインを持ってきなさい。全く役立たずね。お仕置きして欲しいのかしら?」
「ああ、お許しください奥様」
「フゥフゥフゥフゥ!!!」
鼻息を荒らげ、金貨を一枚カウンターの上に叩きつける奥さん。
普段ふてぶてしい態度で貴族や王族にまで接するあのドモンが、今、自分に対してヘコヘコと頭を下げている。
その優越感に意識を失いそうになるほど興奮し、そこまで使う予定ではなかった金貨を懐から出してしまった。
他の客の羨むような視線に更に興奮し、いつものあのロングジャケットをドモンに着せ、高級ワインをそのドモンに注がさせ大満足。
「ドモン様ドモン様!こちらにもお願い致します!」と、いかにも大金持ち風な格好の奥様。
「はい、いらっしゃいませ」
「私のことをリサと呼び捨てにして、その・・・横暴にといいますか乱暴な主人のような感じといいますか・・・でもすごく嫉妬深いような感じでお願い致します・・・」
「酒だ!酒を入れろリサ!もたもたすんな!この役立たずが」
「はぅ~ごめんなさぁい!!ハァハァハァ!!あ~う~」
小さな頃から箱入り娘で大事に育てられ、お金持ちで物静かな優しい旦那様に娶られ、皆が羨むような生活をしていた奥さん。
もちろん男に呼び捨てにされた経験などあるはずもなく、命令もされたことがない。
そんな日々の中、次第に膨らむ歪んだ願望。
亭主関白な夫に乱暴に扱われ、謝りながら涙を流しつつも奉仕し、最終的には嫌々抱かれる自分を妄想し、フゥ・・とため息をつく毎日だった。
当然あり得ない。あり得るはずもない。
だがその夢が突然叶ったのだ。
クイッとドモンに顎を持ち上げられ、「お前は俺の言うことを聞いてりゃ良いんだよ。リサは俺のもんだからな」と目もそらさずに言われて、幸せの絶頂の中、カウンターに突っ伏した。可哀想な自分に酔いしれながら。
その隣には「あ、あのぅ~・・・これでお酒を飲んで、今のよりももっと酷い言葉で罵ってもらえませんか?ス、スケベな感じで」という女性が、真っ赤な顔しながら銀貨五枚をカウンターに置く。
それを聞き、ゴクリをつばを飲み込んだ数名の女性達。世の中には変態紳士だけじゃなく変態淑女もいたらしい。
「雌豚が!てめぇ誰に命令してんだよ!一人前にまともに服なんて着やがって。さっさと裸になって広場でブーブー鳴いて、金を稼いでもっと高い酒を俺に貢げバカ雌豚!またお仕置きされてぇのか!!」
「あぁごめんなさい!!御主人様!!許してくださいぃぃ!!」
「てめぇみたいな年中発情期の雌豚は・・・○▲×●・・・」
「うぅぅ・・・ぶってぇぇぇ!!スケベな肉奴隷のだらしない私をぶってぇぇ!!」
あまりに酷すぎるドモンの言葉に悶絶する女性。
普段ならば訴えられてもおかしくはない罵倒の連続に、数名のお仲間淑女達が顔を赤くしてカウンターに突っ伏した。銀貨を何枚も出しながら・・・。
何故かこの世界では、ドモンのような好き勝手しそうな男の需要が一部にあるのだ。
荒くれ者がいたり、旦那が威張ったりということはあるけれど、基本的に女性に対して皆優しい。どんなに夫婦喧嘩をしていようが、妻の座る椅子を無意識に引いてしまったり。それが習慣として当たり前で。
その中でドモンの存在はかなり特殊で、変態淑女の間ではどこで噂を聞いたのか、以前ドモンがここで言った『ここにしゃがんで大きく口を開けろほら早く』という台詞がやや伝説化していたのだった。
ナナが『本当に悪魔じゃないのよ!!』と驚き叫んだのも無理はない。
それが一般の感覚。だが変態淑女は違う。
この日も何度かそれをリクエストされ、「これよこれ!これなのよ!」「普通の人はこんな事言えないわ」「間髪入れずに『ほら早く』と言うところが痺れちゃう!」と大騒ぎ。
ほんの冗談で言ったことだったのでドモンの顔は真っ赤。羞恥に震えるドモンを見て、今度はまた別の趣味の奥さんが大興奮。
店でお酒を飲みながら、このような話を自由にして盛り上がるなんてことは女性達にとっては初めてで、皆払ったお金以上に大満足であった。
テーブル席ではグラ達が接客している。
「俺が皆に奢ってもらって良いものなのか?」
「は、はい!反対に私なんかのお酒を飲んでいただけるなんて光栄です!」
「そんな事を言うな。感謝するのはこちらの方だ」
「ああ夢のようです・・・」
貴族のようなホストではない。正真正銘の貴族がホストなのだ。
一般庶民が立ち入ることが許されないその中に自分が入ったようで、もはや現実とは思えないほどの感動を覚える女性達。
「私のお酒も飲んでください!」「私も!!」「私はもっと高いお酒をくださいな」
思っていた以上に庶民の女性達に人気があって、悪い気はしていないグラ。
ついつい皆に奢ってしまいそうになってしまう。
騎士達はせっかくのスーツを奥様達に脱がされ、鍛え上げられたバッキバキの身体を奥様達に触られていた。
「あーもう素敵!」と奥様達の集団タックル。
ザックも最初は少しだけ警戒されていたけれど、その初々しさと持ち前のルックスで徐々に奥様達の支持を集め、「飲んで飲んで!」と女性達が殺到。
ムニムニと何度も腕に柔らかなものが当たり、「そ、そんなつもりじゃないんです!ごめんなさい・・・」と恥ずかしそうに元気な何かを両手で押さえる姿が「可愛い!見せなさい!」「隠してはダメよ!手をどけて!」と奥様達に大好評。
「ああ奥様方・・・私をお許しください・・・」と、白目をむいたザックがだらしなくヨダレを垂らしてしまった時は最高潮に盛り上がり、テーブルの上に大量の銀貨と金貨がばら撒かれた。
スッキリとしつつもグッタリとしているザックを元気付けるべく、ドモンの料理をたくさん注文し、シャンパンタワーならぬ高級ワインタワーで乾杯。
客が入れ替わっても飲めや歌えの大騒ぎで、すでに桁外れな売上を上げている。
店はまだ昼前だというのに大盛況。二度目の入店を目指して並び直す人も。
スナック街やビニールプールの方も大行列で、その行列の人達に食べ物や飲み物を売る者が現れる始末。
保育園の方も概ね好評で「先生ありがとう~!」と子供の声が店まで届いていた。
もちろん初めてのことで泣いてしまう子供もいたが、園長を含め保育士達が懸命にあやし宥めたおかげで、すぐに慣れることが出来た。
屋敷の奥様達や子供らも頑張り、子供達の親からたくさんの感謝の言葉をかけられている。
それもあり、カールの奥さんはますます保育園を作ることに前のめりに。
「ベッドや毛布はもっと必要です。予備の着替えもしっかり用意しなくてはダメですね!」と園長よりも熱心に、保育園の開園を目指すこととなった。
「遅くなりましたぁ」
昼前にサンがようやく店に戻ってきたが、その異様なほどの盛り上がりに思わず一歩後退り。
厨房とカウンターがある女性客側の方の部屋に入ってドモンに戻ったことを伝えようとしたが、セーラー服姿のサンに奥様方がワッと集まり「お人形さんみたい!」「可愛いわぁ」「私の膝の上に座んなさい」と揉みくちゃになった。
「あーダメですぅ!ごめんなさい!通してください!」とようやくドモンの元へ。
「おお、おかえり。楽しかったか?」と呑気にドモンがサンに声を掛けた瞬間、「あっあっ!!駄目よそんなとこ舐めちゃ!!」とナナの声が聞こえ、ドモンとサンがギョッとしながら目を合わせた。




