第233話
「どうしたオーナー。またジジイと鉢合わせでもしたのか?」
「よくぞわかったな」
「あれ?本当かよ」
オーナーと一緒に義父もやってきた。
だが今回はそれだけではなかった。
店を手伝うはずのグラとスケベ騎士達と侍女三名は当然のこと、カールや他の貴族達、屋敷の子供らや奥様連中、王宮の部隊長や屋敷のコック長まで勢ぞろい。
それにはドモンですら「え?なになに??どうしたんだ??」と焦るほどの大迫力。
「何がどうしただ!なんだあの『祝・カルロス生誕すすきの祭り』という看板は!!」ドモンに詰め寄るカール。
「いやほら・・・どうせならついでに祝ってやろうと思って。祭りをやるなら理由があった方がいいだろう?」とドモン。
「でもドモン・・・小さい文字で・・・」とカールの息子。
「しっ!何を言ってるんだお前は」とドモンが口の前に人差し指を立てた。
カールはジトっとした目でドモンをひと睨みした後、外の看板の確認に向い、すぐにカンカンになりながら店の中へ戻ってきた。
看板には小さな文字で、カルロスの前に『スケベ』と斜めに書かれていたのだ。
『祝・スケベカルロス生誕すすきの祭り』
ボコボコにされたドモンが皆にお詫びのたまごサンドと鶏の唐揚げを手渡した後、カール監修の元『スケベ』の文字を消す作業をさせられた。
おかげですっかりくだけた雰囲気になり、店内で食事をしながら皆で談笑していたが、オーナー達だけが食事も喉を通らずにいた。
「あ、あの、やはり私達のようなものがこのような事をしては・・・」と保育士候補の奥さん。
「フフフ、ご心配なさらずに。今回の視察を経て、もっと大きな・・・ええと保育園と言いまして?それを必ず作れと父が申しておりまして」とカールの奥さん。
「子供を預かることによって、子育て中の女性も仕事が出来るようになり、経済も発展すると聞きましたわ」
「本当に素晴らしい考えですこと!」
他の奥様達も絶賛。
「い、いえ、私達はそこまで考えていたわけではなく、ただ子供が好きと言いますか、子育てがしたかったと言いますか・・・」と正直に告白するオーナー。
「たとえそうだとしても素晴らしいことです!もう誰がなんと言おうと、私はこれを実現するつもりです!その時はお力をお貸しくださいね?」
「そ、そんな・・・うぅぅぅ・・・」
オーナーの手を両手で握りしめ、力強くそういったカールの奥さん。
「だから大切な話をしてきたと言ったであろう。それを信じずにクドクドと・・・」とブツブツ文句を言いながら、たまごサンドではなく、コソッと勝手にアレンジした『からあげサンド』を食すカールの義父。
前夜、屋敷を抜け出したことを娘に責められたが、この件があったことによって問題が有耶無耶になり、義父は助かったのだ。
「おや?知らない間に随分と打ち解けたみたいだな」
「えぇ、皆様のお陰で・・・ドモちゃんありがとね・・・」
「ああ」
オーナーにはしっかり伝わっている。ドモンが話しやすい雰囲気を作ってくれていたことを。
ドモン自身も看板を直しつつ、カールにオーナー達の身の上の事や保育園の必要性、そして本題であるスナック街の必要性などの話をしていた。
娯楽の必要性を以前から説いてはいたけども、ドモンが思う以上に必要としているということが前夜祭の時点ですでに分かった。
カールは何も言わずにドモンの話を聞いていたが、昨日義父が全く同じ事を言っていて、それが冗談や言い訳などではなく本気だったのだと知る。
街を歩く人々の顔を見ても、やる気と生気に満ち溢れ、皆イキイキとした表情をしていた。
「さあ食事を終えたら保育園の方にみんな来てくれ。オーナー達が言っていた、背もたれと肘掛けのある小さな椅子も用意したぞ」
「わぁ本当に?!ドモちゃんありがとう~!!」
思わずドモンに抱きつくオーナー。
小さな子供達がひっくり返ったり、倒れてしまったりしないような椅子が欲しいと昨日の朝に言われ、大工達が用意してくれていた。
ドモンが土産に買ってきたカンナなどの大工道具を使う良い練習だと、弟子の子供らが快く引き受けてくれたのだ。
ゾロゾロと空き地の方に移動する一行。
「なにこれすごい!凄いわ!!」
「嘘でしょう???」
「ちょ!!ちょっと待って!!昨日こんなのなかったわよ?!」
「え・・・?これ・・・一日しか使わないものなんですよね???」
まだ作業を続けている大工の親方が、その様子を見て「へへへ」と得意げに笑っている。
小さな椅子の他に、かわいい長机や小さな黒板も設置。簡易トイレに水飲み場と手洗場、着替えを入れる棚まで用意されている。
それはまるで小さな学校。
更にはもっと小さな子供達が遊ぶことが出来る、柔らかな絨毯が敷かれた部屋や、赤ちゃんのためのお昼寝用のベッド、おもちゃなども用意されていた。
「あれ?どうなってんのこれ??」ドモンも状況を把握できない。設備の充実っぷりが凄すぎる。
「ああ、今朝作業してたら、噂を聞きつけた奥さん方が使ってくれって色々持ってきてくれたんだよ。子育て終わってもう使ってないからって」と大工。
「へぇ~そりゃありがたいね」
「美味しいアップルパイのお礼だってさ。娘を連れた奥さんがドモンさんとゴブリンさん達によろしくって」
「ああ・・・あの時の」
ドモンと大工の話を聞き、ジルと長老が抱き合い、ザックは男泣き。
「水回りの工事に関しては、俺らにどうかやらせてくれと、顔を隠したどっかの兄さん達が夜中にな。ドモンさんに詫びなきゃならないからって言ってたから店の方に行けばいるよと伝えたんだけど、それはいいって断られちまって」
「・・・おおそうか」
恐らくあの時広場にいた誰かだろうと、あの場にいた者全員がそう思ったが、黙って受け入れることにした。
特にあの時ドモンを守った大工の弟子の子供らの何人かは、すぐに飛びかかって騎士達につき出そうとも考えたが、「それはきっとドモンさんが喜ばねぇ」と親方に言われて我慢したのだ。
教室の横のドアを開け、通路を抜けると更衣室、その向こう側にはビニールプール。
小さな子供に合わせてお湯はぬるめで水量も浅めに。
「ドモン様、これはもう屋根をつければそのまま保育園というものになるのでは?」とカールの奥さん。屋根がついているのはスナックだけだ。
「いやホントだなアハハ。でもこれからのことを考えると、もう少し大きくて立派なものが欲しいな。子供達が遊びや運動をする庭も欲しいし」
「なるほど、そうでございますね。カルロス!」
「あ、ああ、わかっておる。早急に取り掛かろうではないか・・・ドモンと相談後に」
「お、おうそうだな・・・」
急に名前を呼ばれてドキドキのカールと、その迫力に圧倒されるドモン。
保育園の運営に関しては、オーナー達よりもどうも奥様方が張り切っている様子。
ちなみに突然早口になる女と、大きな声で名前を呼び捨てにする女は大抵怖いというのがドモンの勝手な持論。だがすぐに頭に思いついたのはナナであった。
後日談となるけども、その後貴族の奥様達による保育園の運営と経営が流行りとなり、その波は一気に民間に、そして国中に拡がることとなる。
それにより、女性の復職率の増加、地位の向上、経済の発展など様々なことに貢献することとなった。
もちろんそれによる弊害も多々生じたが、社会の大きな転換期のひとつとして、その歴史に刻まれたのだ。
例のスケベな店とドモンの名と共に・・・たくさんの尾ひれを付けられて。
「あ、あのぅ・・・」
まだ開園前だったが、早速最初の親子がやってきた。
そしてドモンも想定外の出来事が起きたのだった。