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第215話

「醤油はもう分かるがわさびとは何だ?」


戻ってきたドモンに義父が問う。


「こっちに似たようなのないのかな?ホースラディッシュとか」

「どうなのかな?私が知る限り似たようなものはないわよ?食べたことがないだけかもしれないけれど」


うーんと首を傾げたナナ。


「わさびは、まあ辛いと言えば辛いんだけど、ただ辛いのとは違うというか・・・」

「口の中で爆発する感じね。子供達は気をつけた方がいいわ」


ドモンとナナが説明したが、食べたことがない者達はまったく想像もつかない。


「サ、サンはいらないです・・・山わさびで私・・・」わさびから目をそらすサン。

「鼻からお米出たわよねブフッ!」


山わさびのおにぎりで昇天したサンの顔を思い出し、吹き出したジル。

ドモンにその失態を知られてしまい、顔を真っ赤にしながらジルをポカポカ叩いた。



「フン!多少辛いものなどどうということないわ」と義父。

「じゃあジジイが最初に食ってみろよ」


霜降り部分の肉を一枚焼き、わさびをたっぷり乗せて醤油を数滴垂らしたものを義父の手元の皿に盛るドモン。

「あーあ、知らないわよおじいちゃん」とナナがヤレヤレ。

フォークで肉を刺して、義父は躊躇なく口の中へ放り込んだ。


「うむ、これはうま・・・ボッフォ!?バッハァアア!!!」


両手で口を塞いでドモンが笑いを堪え、ザックとジルも釣られてプルプルしながら下を向いた。


「ほら、だから言ったじゃないのよもう」と義父の背中を擦るナナ。

「ごほっ!す、すまぬなナナなっ?!ゴッホ!!」


「というわけで、調子に乗ってわさびをつけ過ぎるとこうなるけど、美味いのは間違いないんだよ」

「た、確かに美味いは美味い。それも相当だ。だが・・・ゴッホ!!いやこれはまいった」

「もうついでにドヴォルザーク!とかダヴィンチ!とかってむせちゃえよアハハ」


意味がわからず不思議そうな顔で、義父の涙と鼻水をハンカチで拭くサン。

ナナとサンの気遣いに義父は感謝しつつ、こうなる事をわかっていてわさびを盛りに盛ったドモンを引っ叩いた。


ぎゃあぎゃあとドモンと義父が争うのを横目に、皆もナナに食べ方の指南を受けて食べ始める。


「ぬおっ!これは美味いぞ兄さん!」肉を口に突っ込むと同時にご飯をかきこむグラ。

「ぬぅぅ・・・こんな肉の食し方があったとは・・・」唸るカール。


「か、革命でございますこれは!!辛味というか痺れというか・・・刺激物が肉にこんな味をもたらすとは!お前達もさあ早く!!」とコック長が大慌てで料理人達に味見を勧めた。

料理人達は食べてすぐに「他の物ではどうなるのでしょうか?他の肉や野菜などは?!」と大騒ぎ。


「あはは、わさびは肉の脂をサッパリさせるだろ。だから油分を含んだものに合うんだ。それに殺菌効果もあるから、食中毒の予防にも役立つ」と義父にボコボコにされつつも、なんとか復讐を果たしたドモンがコック長の元へとやってきた。


「油分を含んだものでございますか?肉以外だと例えば何になるのでしょうか?」

「うーんそうだな。バターを絡めたパスタとかをわさび醤油で和えたりとか。俺は苦手だけどそこにきのこを入れたりとか。きのことバターは合うらしいからな。でもそのままだと重たくなるだろ?だからわさび醤油で中和させてさっぱりさせると旨味だけが残る」

「な、なるほど!!」すぐにメモを取るコック長。ドモンのアドバイスに創作意欲が湧きに湧く。


「醤油とわさびはまだたっぷりあるから、少しやるよ。それで色々試してみたら?」

「あ、ありがとうございます!!」


コック長がものすごいガッツポーズ。


「ああ、そういや醤油や味噌の作り方の本もあとでカールに渡しとくわ」

「おお!ついに!」

「騎士達のアレでカピカピになってなけりゃいいけどなワッハッハ!」

「・・・・」


喜びの声を上げたのも束の間、ドモンの冗談に言葉を無くしたカール。

奥様達や子供らが不思議そうな顔をしながら焼肉を頬張る。


「ぐふ・・・わ、私はこのわさびに近いものがあるかどうかを調べさせよう。今まで食さなかっただけで、似たような物が自生していたかもしれぬからな」


義父がドモンの爪を食い込まされた脇腹を押さえながら、その提案をした。

大盛りのわさびであんな目にはあったが、食の革命だという意見には義父も納得。



「ねえドモン、お肉をバターで炒めてもわさび醤油に合うの?」

「ああ美味いよ。それだとかなり濃い感じになるから、薄切り肉よりもステーキの方がいいな。多分それだとサンでも食べられると思うよ」

「わぁそれなら食べてみたいです」


ナナの素朴な疑問に答えたドモン。サンは呑気にニコニコ。

だがその言葉にコック長は飛び跳ねた。

肉の脂を中和することしか考えていなかったが、敢えて肉に油分を加えるという更なる食の革命。まさに目から鱗。


「に、肉を!!肉の塊を今すぐ持って来い!!鉄板とバターもだ!!!」

「はいっ!!!!」


もうカールの許可を得るということも忘れ、コック長が料理人達に指示を出す。

料理人達が飛び跳ねるように屋敷の中へと走っていき、それを見たドモンが「仕方ないな」と馬車へと向かう。


肉を持って戻った料理人達と同時にドモンも戻ってきた。

手には一本のブランデー。


「じゃあ俺が焼いてやるから肉を切ってくれ。うーん、じゃあ今回はサイコロステーキにしようか。1.5センチ四方の形に肉を切ってくれるか?」

「はい!」「はい!」「かしこまりました!!」


ドモンの指示で料理人達が肉を切りはじめ、その周りに皆が集まる。

温めた鉄板の上にバターを溶かし、切った肉をドモンが焼き始めると、ナナを含むほぼ全員がスンスンとその匂いを嗅ぎ始めた。

パラリと黒胡椒を一振りした後、ブランデーを回しかけ、火のついた薪を近づけフランベを始める。


「ウオオオ!」「きゃあ!!」「危ない!!」


皆の反応をドモンがクスクスと笑いながら、小さな鍋を蓋代わりにして炎を消し、バターで炒めたサイコロステーキが出来上がった。


「わさびを少しだけ乗せて、醤油をつけて食べてみてくれ」


そう説明をして次のステーキを焼き始めたドモン。

コック長が思わず手を出しかけたが、ハッと気がついて義父に譲った。


「むむっ!!!」

「い、いかがですか?!」とカールが叫んだ義父に問う。


「せ、説明は出来ぬ!皆早く食せ!」

「は、はい!」「私も食べる食べる!!」


カールとナナが慌てて口の中へ。


「なんなのだこれは!ドモンよ!!」驚愕するカール。

「んんんがぁ?!お、おいっし!!すんごっ!!」ここに来てまだ更に美味い物が出てきて驚くナナ。


それを見て大慌てで口の中へと入れていく貴族達や奥様達。そして子供達。

コック長や料理人達もそれに続く。


「あ!あ!あ!お米もすごく美味しく感じるよ!!」

「凄いわカルロス!どうなっているの?!」


カールの息子と奥さんも震えるほどの感動。

その味は全員の理解の範疇を越えていた。



この世界ではバターはパンを食べるものであって、それで味付けをするという考えはあまりない。

パスタ屋もドモンからヒントを得て、ようやくバターを使ったクリームパスタに辿り着いた。


そもそも貴族達や屋敷に居る者は、バターよりもオリーブオイルの方を使用していたので、バター自体滅多に口にすることもなかった。


そのバターで肉を炒めること自体かなり特殊だが、ドモンはそこに更にわさび醤油を加えた。

その上、今まで考えたこともない形での肉の焼き方もしたのだ。

この世界初のサイコロステーキ。ブランデーでのフランベもこの世界では斬新な料理法。


焼き上がった肉の周りは、バターとブランデーのフランベによる香ばしく濃厚な味。

中は肉汁が閉じ込められたレア状態。

わさびが舌に絡みつく脂を打ち消して旨味だけを残し、醤油の成分が肉とバターの旨味を最大限にまで引き出す。


「うぅ・・・うぅぅ・・・」


コック長がその感動で、アップルパイを初めて食べたあの小さな女の子のように感動し、もう言葉にならない。


「わ、わかりました!これがわさび・・・本当のわさびの効果なのですね」

もぐもぐと嬉しそうに食べながら、サンも目を丸くする。


「あぁドモン様・・・あぁ・・・」

長老を含むゴブリン達は落胆。今まで食べてきた塩味の肉をまた全否定されたように感じてしまったからだ。ただ幸福感はそれを遥かに超えていた。



最後にドモンも一口。


「あ、にんにく忘れてたわ・・・65点だなこりゃ」


への字口でもぐもぐ。

大慌てでコック長がメモに書き加えた。


「またドモンの悪い癖!皆さん無視してくださぁい!」とナナがドモンの顔をつねる。

「イテテ・・・いやぁ、なんか失敗作を美味い美味いと言われると恥ずかしいんだよ。毎回ちゃんと作ることが出来る料理人達ってやっぱりすごいよなぁ」

「・・・・」


ドモンからすれば、いくら長年料理をしてきたとは言え、元の世界の一流シェフには全く敵わないということを知っている。

この世界の人間はそれを知らないだけで。


なので美味いと食べてくれるのは嬉しいけども、必要以上に持ち上げられるのは恥ずかしい。

格好をつけてフランベなんてやったもんだから尚更だ。


そんなドモンを横目に、皆夢中で肉を食べ続け、この晩は大満足の食事となった。



「さてと、飯を食い終わったら帰るぞみんな」

「屋敷に泊まっていけば良かろう。積もる話もあるだろうが」

「頭縫ったばかりだから風呂にも入れんし、今日は帰ってゆっくり寝るよ。久々に我が家にも帰りたいしな。生きたままでハハハ」

「・・・なるほど、それでは仕方あるまいな。ゆっくり体を休めて・・・」

「ああまたすぐに来るよ。サウナの件と・・・王宮の件だろ?」

「うむ」


ドモンと義父が会話を終えるなり、いろいろな荷物をまとめ、帰り支度を始めたサン。


「カール、ゴブリン達の面倒頼むな?お土産って書いてある箱開けてもいいからさ。名前書いてある物をそれぞれに渡しといて」

「ああ任せておけ。そしてすまんな」


「長老達も自分達の家だと思ってくつろいでいいからな」

「は、はい・・・」


本来は一緒に店へ連れて帰ろうとドモンは考えていたが、街への滞在はまだ危険であるため、ほとぼりが冷めるまで屋敷の方で預かってもらうことにした。

カールも初めからそのつもりであり、直ぐに返事をしたが、ゴブリン達はそのつもりではなかったらしく、突然心細くなってしまった。


それを察したドモンが「奥さん達も侍女達も、そして子供達も頼む。こいつらの面倒を見てやってくれ」と深々と頭を下げ、慌ててゴブリン達も頭を下げた。


「頭を上げて下さい!絶対にぞんざいに扱うことはありませんから!もちろん皆にもそのような事は私が許しませんわ」とカールの奥さん。

「お任せ下さい!」と侍女達が良い返事。

「俺は温泉の話が聞きたい!」「私も!」と子供達。


「ありがとうみんな」ともう一度ドモンが頭を下げ、今度はナナも一緒に頭を下げた。



「では残った荷物もしばらく預かっといてくれな・・・あ!そうだ!」

「ん?なんだ?」

「少し待ってろ」


カールに軽く手を上げ屋敷へと戻ったドモン。

大きな荷物をひとつ持ってすぐに戻ってきた。


「これお前達へのお土産なんだ」と子供らの前にダンボールを置く。

「何よこれ?」と女の子。


「これは膨らませて入る風呂みたいなものなんだ。中に空気入れや、水着という水遊びの時に着る服みたいなのも一緒に入ってるから、それを着てみんなで遊べ。ジル、色々教えてやってくれ」

「は、はい!!」


これがあれば一緒に遊んで、きっとすぐに仲良くなるだろうとドモンが判断。


「俺らが入ったやつより倍はでかいぞ。すべり台もふたつ付いてるし」

「ず、ずるいずるい!!どうしてもっと早く出してくれなかったんですか御主人様!!うぅ~!!」


いつの間にか戻ってきていたサンがジタバタと地団駄を踏む。

子供達はまだすべり台がどんなものかわからず、サンがわがままを言っているのを珍しそうに見ていた。



「ほらもう行くわよサン」

「うー」

「じゃあみんなまたな」


ドモンがイジケたサンを宥め、ようやく家路についた。





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