第214話
全員の視線が自分に集中していたことを知ったサン。
「あは・・・あははは・・・」
「温泉でみんなに裸を見られた時よりも恥ずかしそうね」
少しだけ不貞腐れたふりをしながら、皮肉を言って微笑んだナナ。
「でもどうせ口づけするならもっと堂々とすればいいのよ。こうやってドモンの頭を両手で掴んで、引き寄せてこう!!」
「むがっ!!いきなりなにすんだよ!!」
「更にこう!!そしてこう!!」
「お、奥様!皆様が見てらっしゃいますから!」
サンの忠告でようやく気持ちが収まったナナ。
「はいごちそうさま」
「お前なぁ・・・男と女が逆だったら大問題だぞ」
「あら?私はいいわよドモンなら」
「そういう問題じゃなくて・・・何だこのスケベ嫉妬バカおっぱいは・・・」
「嫌いかしら?」
「もう大好き。今晩は覚悟しとけよ?」
この人にはやっぱり敵わないなとサンは思いながら、ドモンとナナをニコニコと見つめる。
だけどそれでいい。そんなドモンとそんなナナを好きになってついてきたのだから。
「うふふ・・・夢の中でもおふたりで仲良くやってましたよ」
「え?そうなの?!やったわドモン!えへへ」
夢の中でもドモンが浮気をして怒られていたことは内緒。
ほのぼのとした会話をしながら厨房へと到着した。
「お待ちしておりました。肉の準備が整いました!ご確認下さい。一応部位ごとに皿も分けました」とコック長。
「お!流石だなやっぱりここの料理人達は!」
ちょうど良い厚みに切られた肉が、超高級焼肉店のようにビシッとキレイに皿の上に並べられ、そばには花まで添えられている。それにはドモンも思わず感嘆の声を上げる。
炊きあがった米も試食し、二番目の米をもっと炊いて欲しいとドモンが皆に指示を出した。
「カルロス様!いやぁドモン様からとんでもない物を頂きました。もう見ての通りでございます!」自信に満ち溢れた表情で、カールに皿の肉を見せたコック長。
「うむ、食さなくともわかる。すまぬなドモンよ。良い物を貰った」カールも納得の表情でドモンに感謝。
「ほう・・・」
「いやジジイのはない。先に言っとく。高かったんだよこれは」
「・・・・・」
「諦めろよ」
「・・・・・」
無言で食い下がる義父。
カールとコック長はそーっとその場から離れた。
それを寄越せと言われたらたまったものではないからだ。
「ハッハッハ!すまぬなドモンよ!」
「貸すだけだぞ貸すだけ!!それを王宮か王都の職人に見せて、似たようなものを作らせるために貸しただけだからな!!」
「いやぁ楽しみであるな。王や皆の者の喜ぶ顔が目に浮かぶわ」
「貸・し・た・だ・け!!」
渋々ドモンは予備のスライサーを義父に貸した。
なお返ってくる保証はない。
屋敷の外では騎士や御者、庭師や侍女達がせっせと走り回ってバーベキューの準備中。
まだ火起こしもしていなかったが、貴族の奥様連中もこの場へ集まってきた。
「ドモン様!」
「おおカールの奥さん・・・てかジジイの娘か。全くジジイに似ずに良かったなホント。息子はちょっとだけジジイに似ちゃってるけどな。性格も」
「酷い言い草ですわウフフ!それよりもお怪我の方は・・・?」
「平気平気。一回死んじゃったけどなアハハ」
カールの奥さんとドモンがしばしの談笑。
気の強いこの奥さんと対等に渡り合えるのは、この世界で実はドモンだけだったりする。カールはもちろん、義父も娘には弱い。
「もう・・・今回の頭の怪我もそうですけど、気をつけてくださいね。屋敷でも大騒ぎでしたのよ?」
「悪いな心配かけて」とドモンがタバコに火をつけ、奥さんの頭をポンポンと撫でた。
途端に顔を赤くする奥さん。文句を言いたいが言えずにいるカールと義父。そしてナナとサンと長老とジルと侍女と子供達。
「さあさあ、さっさと火をつけて肉を焼こうぜ。随分と遅くなっちまったからな、サンのせいで」
「ち、ちが・・・ごめんなさい・・・」
「うぎゃああああ!!ぐへ!!」
全員の妙な視線を感じたドモンが、冗談でサンを引き合いに出して誤魔化すも、すぐに義父に顔面を鷲掴みにされ押し倒され、腹の上にナナがドンと乗っかった。
「ドモン酷いわよ!!サンが可哀想じゃないの!!」
「じょ、冗談だっての・・・それに今のもサンが悪い」
「え?!」「まだ言うかこの馬鹿者が!!」
この状況でも、性懲りもなくサンに文句を言うドモン。
サンは驚き、義父は激怒。
「サンはすぐに冗談だとわかっただろ?」
「は、はい・・・」
「じゃあこんな時もナナを見習え。ナナだったら絶対に『ごめんなさい』なんて言わずに・・・」
「ドモンのせいにするわねホホホ」
その意図がわかったナナがヨイショとドモンを起こし、パンパンと汚れた服をはらった。
サンはまだどこかで遠慮をしてしまっている。
両親が亡くなってから、今の今まで誰かに仕え続けていたのだから仕方のないことだったが、一生このままというわけにも行かないとドモンは考えていた。
「まあ・・・さっきはサンに怒られて、少しだけ嬉しかったよ」タバコに火をつけたついでに、目の前の薪にも火をつけたドモン。
「夫婦ともなれば主人の言うことを聞くだけでは成り立たぬからな」何の悪気もなくドモンの話に乗る義父。
「ホホホ、確かにドモン様のおっしゃられたこともわかりますわ」とカールの奥さんと、「ま、まあそうだな」となんとも気まずそうなカール。
「じゃあこの前みたいにまた練習してみようか。遅くなったのはサンのせいだぞ?」
「も、もう・・・」
ドモンの胸辺りを両手でポスポスと優しく叩いてから「めっ!・・・ですよ?」と、ドモンの顔を見つめながら照れ笑いをしたサンを見て、全員蕩けて無くなりそうな心を必死に保つはめになった。
「よし!料理人達がきれいに盛り付けもしてくれたし、サンが可愛いからわさびと醤油くらいは提供させてもらおうか」
「やったぁ!ん?なんか理由がちょっとムズムズするけど・・・ま、今日は許してあげる!」
「じゃあちょっと取ってくるから、米の準備と皿の用意とか頼んだぞ」
「あ、ドモン!私お箸!!」
「あいよ」
ナナと会話を終えて馬車に向かったドモンに、当然のようについて行くサン。
サンについては、流石のナナももう妙な心配はしていない。
もし万が一があっても、他の人よりは納得もできる。
「あーあ、ドモンが羨ましいなぁ~。あんなに可愛いお嫁さん貰えるなんて」とカールの息子。
「ちょっと!あんたも何か引っかかるんだけど?」ナナがジロリ。
「ナナはほら、なんか違うっていうか・・・大人すぎるんだよ色々と」
「そうね!あんたはサンと同じくらいの身長だもんね」
男の子の頭をポンポンするナナ。
「そ、それもそうだけど・・・」
「僕達にはナナはまだ早いもんね・・・」
男の子達にとって、ナナの身体は色んな意味で持て余しすぎた。
サンとハグをすることを想像するとドキドキするが、ナナとハグをするところを想像すると、どうしても母親の顔がチラついてしまうのだ。もしくは歳の離れた、心も身体もわがままな姉。
屋敷から料理人達が、肉を盛り付けした皿と炊きあがった米を持ってぞろぞろと現れる。
同時に騎士達なども出てきて庭が一気に賑やかになった。
ドモンとサンも戻ってきて、遅くなったがようやく焼肉が始まる。
ついでにカールが酒を用意し、ゴブリン達の歓迎パーティーとドモンの帰還パーティーを兼ねることとなった。