第208話
目を覚ますと、ドモンは貴族の屋敷のベッドの上にいた。
「ドモン様!!」「御主人様!!」「ドモ~ン!!ばぁぁぁ!!」
「ん?どこだここは?どうなったんだ??」
見慣れない部屋をキョロキョロ見回した後、そばにいたザックやジル、そして泣いているナナの方を見てドモンは不思議そうな顔をした。
「いつっ・・!」
「まだ安静にしていろ。縫ったばかりだからな」
「お?ボッタクリ医者」
「はぁ・・・相変わらずだなお前は・・・」
一週間後に抜糸をするから来るようにとだけ言い残し、医者は忙しそうに部屋を後にした。
「ゴメンねドモン・・・また気がついてあげられなくてズズズ」鼻水をすするナナ。
「いや、俺もそんな怪我だなんて思ってなかったから。血は出てるのは知ってたけど雨も降っていたしさ」
ドモンは自分の頭を手で触り、怪我の具合を確かめると、前頭部と後頭部、それぞれが数針ずつ縫われていた。
「あの後どうなったんだ?」
「覚えていないの?急にひっくり返って噴水に落ちて沈んじゃったのよ」
「え~!俺噴水に落ちたの?!あんなに人がいるところで恥ずかしいな。ナナじゃあるまいし」
「恥ずかしいとかそれどころじゃなかったわよ。みんながいなけりゃ大変なことになるところだったんだから」
ナナに説明を受けて、ドモンはようやく状況を把握した。
出血により気絶どころか瀕死の状態で噴水に沈み、ザックやジルとそばにいた人達が大慌てで噴水に飛び込んでドモンを水から上げ、冷たくなりかけたドモンを毛布でくるんで馬車に乗せたものの、何度か呼吸や心臓の鼓動を止めていたと説明を受ける。
ドモンは何度も死んでいたんだと。
ただ今回はみんなで呼びかけると息を吹き返していたので、必死に呼びかけ続けていたのだとザックも説明をした。
「う~ん、でも今回は死んでなかったと思うんだけどなぁ。三途の川泳いでないし」とドモンが首を傾げる。
「それでもギリギリだったと思うわよ?ドモンはその時のドモンを見てないからわからないのよ」とナナ。
「本当に・・・何度も何度もお別れの瞬間を繰り返して、サンは心労で倒れちゃったんですよ?御主人様」と言ったジルもぐったりとしている。
ドモンが話を聞く限り、どうやら病院のベッドの上でピッ・・ピッ・・ピィィィ・・・「ご臨終です」と言われて「うわぁぁドモーーン!!」と皆で泣き叫ぶと、その声でピッ・・ピッ・・ピッ・・「あら生き返ったわ」みたいな感じのことを繰り返していたらしく、それを想像したドモンがブフッ!!と吹き出した。
「ちょっと!笑い事じゃないんだから!!サンだけじゃなく長老さんまで倒れちゃったんだからね!」ご立腹のナナ。
そんなやり取りをしていると、カチャリと静かにドアが開き、義父が顔を覗かせた。
医者から「絶対安静」と聞き、その約束を守っていたのだ。
「気がついたか・・・」
「ああ心配かけちゃってたみたいだな。悪い悪い」
「貴様は本当に不死身なのだな」
「だから死なないってば。死んでも生き返るっていうか」
「ああ、私も何度も見たわ・・・呆れた男だ」
義父も心なしかぐったりとし、随分とやつれた様子。
「とにかく今はまだ安静にしていろ。ナナよ、あまり大きな声で怒ってはいかんぞ?」
「う、うん・・・」
「ではまた後で様子を見に来る」
義父はまたそっと部屋のドアを閉めて出ていった。
「余程堪えたみたいね。もう・・・ドモンが何度も死んじゃうからよ」
「クプププ・・・」
「だ・か・ら!笑い事じゃないってば!」
「いやまあ・・・これもよくあることだから」
ドモンは心臓の持病のせいで酷い不整脈でもあり、何かの拍子に心臓が止まってしまうことがよくあった。
ただしばらくするとまた動き出し、医者や看護婦を驚かせることも多かった。
呼吸が止まるのは普通に無呼吸症候群。
イビキをかいていたと思えば突然止まり、呼吸もせずに一分以上過ぎてしまうこともあって、若い頃のケーコがよく慌てていた。
もちろん今はすっかり慣れて気にも留めていない。
つまりたまたま心臓が何度か少し止まり、たまたま無呼吸を繰り返しただけで、最初からドモンは死んでなどいなかったのだ。
呼びかけで何度も生き返っていたというのは、ただ単に起こされて、何度も起きちゃすぐ寝ていただけの話。
ドモンはそれにすぐ気がついたが、説明も面倒なので元気に生き返ったということにした。
義父もあれだけ気遣ってくれるなら都合がいい。しばらくは怒鳴られずに済むからだ。
「ところであの後どうなったんだ?ゴブリン達と街の人達の関係は」
「うん、不幸中の幸いと言うか・・・倒れたドモンをザックとジルが助けたことでかなり打ち解けたと思うよ?」
「おおそっか!じゃあ倒れて正解だったな」
「何言ってんのよ!」「もう勘弁して下さい・・・」
ナナとザックはぐったり。ジルは大きなため息。
買い出しに出かけて帰るだけの間に、一度殺され、更に別の大怪我をしたのだから、流石のドモン本人も少し呆れる。
当然皆も同じ気持ち。
この世界へ来る前も同じ様な感じで、出かけては大怪我をして帰ってくるため、ケーコに「あんたは毎日ちゃんと家でゴロゴロしてなさい!」といつも怒られていた。
「あーあ、ゴブリン達が初めて屋敷へ招かれているところ見たかったなぁ。ふたりとも緊張した?イヒヒ」
「いえ・・・それどころじゃなかったんですよ御主人様・・・」とジルはその時を思い出してまたぐったり。
「お医者さんのところ行ったらベッドが一杯で、そのまま屋敷の方に一緒に来てもらってみんなでドモン運んで、もう屋敷は大混乱よ」
「ヨハンとエリーは?」
「容態が安定したの見てから一旦家に帰ったわよ。あまり家を空けとくわけにもいかないし。ドモンの今の容態は多分騎士の人か誰かが伝えてくれてると思う。おじいちゃんが逐一報告するからって伝えていたから」
「・・・・」
ナナの返答を聞きながら、ドモンがシーっと口の前に指を立て、ドアの前に立った。
「わ!!!!!!」
「きゃあ!!」「うおっ!!」「わああ!!」「ヒィィィ!!」
ドアの前へとへばりついていた子供達やグラ、そして侍女達。
ドモンがドアを開けると廊下で皆ひっくり返っていた。
「何やってんだよお前ら。俺が気が付かないとでも思ったか」と呆れるドモン。
「あ、あなたが死んだり怪我したりするから悪いのよ!!」
「心配するに決まってるだろ!!」
驚いていたのもつかの間、今度は怒り出した子供達。
「ドモンが気がついたと言うからついな・・・そんなことよりもう平気なのか?」とグラ。
グラはドモンが燃やされたのも見ているし、石が頭を直撃したのも見ている。
「あのくらいで死ぬなら集団暴行された時にとっくに死んでるよ」
「はぁ」「ふぅ」「はぁ・・・」「はぁ~」
ドモンの言葉に全員から同時にため息が上がった。
あの時のドモンの「よくある」と言っていたことが現実に。
もう呆れるやら腹立たしいやら。
ドモンが悪いわけではないので、一方的に責める訳にはいかないのがもどかしい。
「サンと長老は?」
「隣の部屋に寝かせてるぞ。兄さ・・・カルロスが診てるよ」
「どれどれ顔出してみるか」
グラの言葉にドモンは頭に巻いてあった包帯をポイッと捨て、ツカツカと隣の部屋へ。
ガチャッといきなりドアを開けるとカールは驚いた。
「ドモン!!」
「おう、なんか悪かったな」
「だ、大丈夫なのか?!もう??」
「ヘーキヘーキ。それより二人は?」
「見ての通りだ。随分とうなされているぞ」
カールと話を終えドモンが二人の顔を覗くと、どんな酷い悪夢を見ているのかというくらい、二人共うなされていた。
特にサンは脂汗を額から流し、歯を食いしばるほど苦しんでいる。
そんな事もあり、カールもドモンの様子を見たかったが、他人任せにすることもこの場を離れることも出来ず、ずっと二人のそばにいた。
「あらら・・やっぱり俺のせいなのか?ほら長老しっかりしろ!」
「うぅぅぅ・・・・」
「起きないとおっぱい揉んじゃうぞ?てかもう揉んじゃおっと」
「はあぁぁう!!」
今がチャンスとばかりにスケベなイタズラをしたドモン。
すぐにカールと後ろにいたナナにふっ飛ばされ、ドモンは床に転がった。
だがそのおかげもあって長老は目覚めた。
「ああドモン様・・・ご無事だったのですね」
「あのくらい平気だってわかってるだろ」
「何度も何度も絶望の淵に立たされ、悪夢を見ているようでした」
「サンもそんな感じだったんだろうな」
長老と話しながらチラッとサンの方を見ると、ドモンの声が聞こえたおかげなのか少しだけ落ち着いた様子だったが、まだ目を覚まさずにいた。
「サンは本当に大変だったのよ・・・ドモンが死んじゃうたびに絶叫して気絶してしまって。生き返って嬉し涙を流してはまた絶望して」とナナ。
「うぅ」
返事をするようにサンがうなされる。
「サン・・・起きないといたずらしちゃうぞ?」
「・・・・」
「勝手に抱いちゃおうかなぁ」
「うぅ」
ドモンとナナが顔を見合わせた。
「ドモンと結婚したい?」
「うぅ」
「本当は結婚したくない?」
「・・・・」
少し試すような質問をしたナナ。
ドモンとナナはなんとなく仕組みがわかり、サンで楽しみだした。
「ドモンに優しくされたい?」
「う・・・?」
「俺に意地悪されながらスケベな事されて辱められたいだろ」
「うぅぅん」
「ねえ、これどっちなのよ?」とナナがクスクスと笑う。カールは呆れ、子供らは顔が真っ赤に。
カールが本気で怒り出すまでドモンとナナの遊びは続いたが、サンはまだ目覚めない。
ドモンが体を揺すったり、長老にしたように少しだけイタズラもしてみたりしたが、サンが目覚めることはなかった。