第206話
「ねえドモンも早く!!」ナナが叫ぶ。
「貴様も早く乗らんか!」と義父。騎士や憲兵達も走り回るが、これだけの人が集まれば、なかなか治まるものも治まらない。
ドモンは頭から血を流しながら、広場の真ん中に胡座をかいた。
「どうしたら良かったんだろうなぁ・・・俺って本当に頭悪いよな」
流れた涙を雨と血が誤魔化してくれて助かったとドモンは思う。
また石が飛んできたが、今度は当たらずに済んだ。
そうしながらもドモンの頭はフル回転。
だが機転が利くドモンの頭脳を持ってしても、解決策がまるで思い当たらない。
それほど難しい問題だった。
「なあ人間よ、人間達よ。どうにか歩み寄れないものか?」
「魔物と?無理だね!」
「もう奪わないでやってくれないか?」
「奪ってるのは魔物の方だろう?人様の土地に勝手に住み着きやがって」
ドモンの言葉も心も通じない。
もちろん全員が全員ではない。
反発しているのは一部であり、ドモンの言うことを理解しようとする人もいた。そしてその他大勢がほぼ無関心であり、様子見である。
ドモンはその気持ちも理解できた。出来る故に、義父が強権を振るったように強引に押し付けることが出来ないのだ。
ドモンからすれば危険はないということは分かっているが、元の世界で例えるならば、今のゴブリン達は『人里に現れた熊』となんら変わらない。
実は人間と変わりません。はいそうですか。今日から熊もコンビニで買い物をします。学校も通います。はいそうですかとはならない。
信頼を積み上げて積み上げて、ようやくその関係性が出来上がる。そこは簡単に都合良くなんて行かない。
ただ・・・反発はあるだろうとは思ってはいたが、ここまでのものだとはドモンは思ってはいなかった。
考えが甘すぎた。
「ドモンさん!!」大工と鍛冶屋の弟子の子供達が駆け寄ってきた。
「大丈夫ですか?!」「ドモンさんに何をしやがる!!」
ドモンを守るように囲む子供達。
「こんな人を守るなんて。あんな顔して魔物の子かしら?」
「そうに違いねぇ!」
そんな言葉を聞き、剣を抜こうとした騎士をドモンが止める。
力で認めさせても意味はない。
「ドモン様!ドモン様!!もうおやめ下さいドモン様!!」
ザックの姿を見てギョッとする人々。
ドモンから借りたスーツを脱ぎ、元のゴブリンの姿になったザックが、泣きながらドモンのところに駆け寄ってきたからだ。
ザックはドモンの正面に土下座をし、地面に頭を擦り付け、また泣いた。
子供達が囲んだことによって、石が投げられることはなくなった。
が、その代わりに食べかけのパンが飛んできた。
「魔物はそれでも食ってろ」
雨で湿った地面に転がるパン。
少しの笑い声と憐れみの声、そして罵声。
「もう許すまじ!!勘弁ならぬ!!」
カールとグラ、義父が一斉に馬車から飛び出す。
群衆を抑えていた騎士達も剣を抜き、ドモンは真っ赤な目で怒りの咆哮を上げた。
「もう終わりです」と冷たい目をしたサン。
「道を間違えたわ。人間って本当に哀れね」泣いているジルを強く抱きしめたナナ。
がその時、ザックは「お待ち下さい!おやめ下さい!!」と叫び、泥の付いたパンを拾い上げた。
「人間の皆様!人間の皆様!パンをくださってありがとうございます!私は、私達は、これをお互いの友好の第一歩の印として頂戴します」
ザックはパンについた泥を払い、ひと噛じり。
「あなた達のパンは美味しい。本当に美味しい。私達にはまだこれほど美味しいものを作る知識や技術はございません」
「・・・・」
「だから学ばせて欲しい。私達もいつか作れるように。そして歩み寄らせて欲しい。あなた達にいつか私達が作ったものを食べて美味しいと言ってもらえるように」
「・・・・」
ザックは流れる涙を拭いもせず、パンをもうひと噛じり。
広場からまばらではあるが、パチパチと小さく拍手が聞こえた。
「・・・いつかじゃねぇだろザック。今、ここでだ」とドモン。
「え・・・??」噛じりかけのパンを持ち固まるザック。
「おいてめぇら!今からこいつらが作る物を見せてやる!学ばなければならないのはどっちなのか?歩み寄らなければならないのは誰なのか?それをはっきりさせてやる!」
ドモンは血と涙を袖で拭い、民衆へと叫んだ。
雨が上がり、雲の隙間から一筋の光。
「サン!鍋の用意をしろ!ナナ、リンゴを持ってきてくれ!」
「はい!」「わかったわ」
馬車から大きな返事をした二人。
「ヨハンは小麦粉を持ってきて。エリーは砂糖とバターとミルクを」
「おう任せとけ」「いいわよ」
ヨハンとエリーも馬車から飛び出した。
「おいジジイ!良い酒くれるって言ってたよな?じゃあ今くれよ」
「・・・フンよかろう。秘蔵の酒を貴様にくれてやるわ」
義父はファルの馬車の冷蔵庫から、ワインとブランデーの合いの子のような不思議な酒を取り出す。
酒飲みのドモンですら知らない不思議な酒で、本当に貴重な秘蔵の酒であった。
「カール、魔導コンロをいくつか用意できるか?」
「うむ」
ちらりと騎士の方を見ると騎士がすぐに走り出し、憲兵達がいる詰め所に行き、魔導コンロをいくつも抱えて戻ってきた。
「ジル!!」
「・・・グス・・・はい」
「何を作るかわかってるな?作り方はわかるよな?」
「はい!!」
材料を見て把握したジルがグシグシと涙を拭い、元気よく返事をした。
「ザックと長老にも手伝ってもらって、お前達が作るんだ」ドモンがジルの肩をポンと叩く。
「ううう・・・でも・・・」人間達に囲まれ、足がすくむジル。
「ジルなら出来ます!」そう叫んだサンもグシグシと涙を拭う。
その言葉にジルは頷き、自分の両頬をパンパンと叩いて気合を入れ直した。
雲の隙間から射していた一筋の光が広場を照らす。
その光はぐんぐんと広がり、ついには街全体を照らし始めた。
まるで神がゴブリン達を祝福しているよう。
ジルの元へリンゴを届けたナナが噴水の縁へと腰掛け、微笑んでいた。