第203話
「なぜこんな事になっておるのだ!」
「ぐう」
「起きんか馬鹿者!」
ドモンの馬車へと乗り込んだ義父であったが、いくら呼びかけても馬車の床に転がったドモンは起きず、それを見た笑い上戸のジルが「アハハ起きてください御主人様!プクク全然起きないイヒヒヒアッハッハ!!」と叫びながら、笑い涙を流している。
「御主人様起きてください!もう!ジルもしっかりして!」とふたりを揺するサン。
「サンよ、何があったというのだ?」
「御主人様が桃という果実で作られたお酒を配りまして、それが大変美味しかったらしく・・・」
「桃?ん?桃だと???」
義父も昔遠征に行った際、一度食べたきり。
実が柔らかく輸送に不向きであったため、王都どころかこの国に桃が入ったことすらない。
そもそもが異常なほど収穫量が少なく、ほとんどの人が口にしたことはない物。
義父も昔は桃を食したことを自慢していたが、その自慢していたことすら忘れていたほどだった。
「そ、その酒を飲んだというのか・・・」
「う~ん、うるさいなジジイ。もう少し寝かせてくれよ」
「おい起きろドモン!しっかりしろ!桃の酒とは何だ!」
「ぐう」
大声を出した義父の声に何の騒ぎかとカールやグラ、ヨハンやエリーまでやってくる始末。
「桃?ですか?」カールも食したことがなく、うっすらと噂を聞いたことがある程度。グラは知らなかった。
「桃ってなんなのかしら?あ、ナナ!桃のお酒だかって飲んだんだって?どうだったの?ってそれより何よその格好!」
「う~お母さん、いっぺんにたくさん話さないでよ・・・頭痛いんだから。桃のお酒はそりゃ美味しかったわよ。思わず叫んじゃったもの」
う~んと頭を押さえるナナに服を着せるエリー。
ザックも戻ってきて、まだ笑っているジルに服を汚していないかチェックされ、「アハハ!あんなに吐いてたのに汚れてなくて良かったねププププ」とまた笑われていた。
「ほれドモン起きてくれ。ナナ、ドモンを起こしてやってくれ」トントンとドモンの肩をヨハンが叩くも全く起きない。
「も~ほらどいてみんな。え?やだお母さん、どうしたのよ急に裸になって」
「ん?」
「ほら起きた」
ナナの言葉にムクッと起き上がったドモンと、凄い勢いで振り向いた義父。
エリーが「も~」と義父の左腕あたりをニコニコしながらポカポカと叩き、義父を喜ばせた。
「もう何だってんだよ。桃の酒がどうのってのは聞こえてたけどよ」
「ど、どんな物なのだドモンよ!桃の酒というのは」とカール。
「ちっ!そんなしょうもない話かよ。ほらあと4缶あるからみんなで分けろ。あ、ひとつはサンのだからな」
怪訝そうな顔をしながら桃の缶チューハイを配るドモン。
「ジジイにひとつと、カール達にひとつと、ヨハンとエリーにひとつな。サンは後で飲め」
「おぉ・・・」「これが桃の酒なのか??」
「まったく・・・貴重だって言うから王への献上品にしようと思ってたのに」
早速飲もうとしていた矢先ドモンにそんな事を言われ、皆の手がピタリと止まった。
「ふ、ふたつを皆で分け、ひとつを残して王に献上しようではないか」との義父の提案に皆頷く。
グラスに缶酎ハイ2缶を小分けにして注いでいる様子を見たドモンが「なんか王族や貴族のくせにケチくさいなぁアハハ」とひとり笑っていた。
「あぁ・・・確かにこの様な味だったかもしれぬ・・・」義父が目を瞑る。
「こ、これが桃という果実の味なのか?!な、なぜ??」なぜ、今までこれほどまでに美味い果実がこの国に入ってこなかったのか?とカールは不思議に思った。
「これはどっちかといえば女性向けだなドモンよ」と言っているヨハンの横で、エリーがピョンピョンと跳ねている。
「だろ?だからあまり買ってこなかったんだよ。最初から貴重だと言ってくれていたらな」ドモンはヤレヤレ。
テイスティングのように深々と味わい、満足いった一同。
おかげでなんとかドモンへのお咎めはナシとなった。
「ドモン、この新型馬車でもこの果実を輸送するのは難しいものなのか?」とグラ。
「どうだろうなぁ。でも痛みやすくて、すぐグズグズになっちゃうから難しいというのは聞いたことはあるよ」
「ならば初めから果実酒のような形で運べなかったのか?」とカールも疑問をぶつける。
「酸化させないように瓶などで密封して、冷蔵して運べるなら可能かもな。今までは無理だったんだろうけど、これからこの国にも輸送できるようになるかもな」
ドモンが質問に答えていく。
「それよりも、桃の種とか苗木からこの国でも育ててみたらいいんじゃないの?種を譲ってもらってさ」
「恐らくそれが難しい何かしらの理由があったのであろう。勝手にどんどんと生えて増えるような代物なら、この国にもすでにあってもおかしくはないはずだからな」
ドモンからの質問に今度は義父が答えた。完全に推測であったが。
「難しいのかなぁ・・・確かそういった農業に関するような本も買ってたよな?ナナ」
「あるわよ。たしかスケベな本と一緒の箱に入ってるわ」
「米に関することとか、様々な作物や果実の育て方がわかる本いっぱい買ってきたんだよ。必要だと思ってさ。この世界の農業がひっくり返るぜ?」
「き、貴様はなぜそんな貴重な文献をそんな本と一緒に・・・」
ドモンとナナの会話を聞いて呆れ果てるカール。
ドモンが買ったその本らは、本当にこの世界をひっくり返すことが出来るほどの本だったのだ。
「その本は今あるのか?」
「ううん、最初に帰った時に持って帰って家に置いてきたわよ」
「間違いないのだな?」
「うん、お母さんがスケベな本と一緒に捨ててなければ」
義父にひょうひょうと答えるナナ。ナナはそれがどれだけ貴重なのかまだよく理解していない。
「エ、エリーよ?!」慌てる義父。
「捨ててないわよぉ。でもなんかカピカピになってくっついてたのもあったわよ??」
「ど、どういうことだ?!」
「知らないわよぅ~」
ドモンと、身に覚えのある騎士数名が思わず下を向いた。