第197話
「どうやら貴様もついに王族になる覚悟が出来たようだな」
三人の女達の中に埋もれているドモンを見た義父が、ため息交じりに皮肉を吐いた。
「え?王族ってみんなこんな事やってんの?じゃあちょっと考えちゃおうかな?」
「しとらんわ馬鹿者が!さっさと温泉に案内せい!」
「もう本当に俺の爺さんみたいだな。うるさいったらありゃしない。ほらみんなどいてくれ!ちょっと温泉案内するからさ」
女達を押しのけ、テントから出たドモンがうーんとひと伸び。
「え?長老さんも入るの?じゃあ私も一緒に入ろうかな?」とナナ。
「ジジイも入るけどいいのか?」
「うーん、おじいちゃんなら平気よ。だっておじいちゃんだし」
「おじいちゃんはおじいちゃんでも結構なスケベジジイだぞ?イッテェ!!」
すぐにバシンと頭を義父に叩かれたドモン。
長老はドモンのあまりに酷い王族への口の聞き方に、額から汗を流していた。
王族同士、たとえ家族であってもこんな暴言を放つ者など居ない。
「奥様が入るならサンも入ります」「じゃ、じゃあ私も入ります・・・」
そう言ってドモンにくっつくサンとジルを見ながら、「どっちがスケベジジイだ貴様は!」と叱ろうとした義父だったが、思わずその言葉を飲み込んだ。そばに居た長老が、スルスルと服を脱ぎ始めたためだ。
見るなと言われても見てしまう。もうスケベジジイだろうが何でもいい。
薄明かりの中、美しい長老の裸体はまるで絵画から飛び出してきたようで、思わずドモンも義父も息を呑む。
「こら!スケベな目で見ないのふたりとも!全くいい歳をして」と呆れるナナ。
「あぁ悪い悪い!じゃ、じゃあサンとジル、温泉の灯りをつけてきてくれる?一番大きな温泉のところだけでいいからさ」
「はい!」「はい!」
ナナに怒られ、慌てて二人に指示を出して誤魔化すドモン。
だが、怒られてもなお義父は長老の裸体に目が釘付けだった。
「ジジイもほら!そんなに見るなってば!」
「お、おお・・・いやぁすまない。あまりにも美しいと思ってしまってな」
「ウフフ私はもう先程裸も見られてしまいましたので・・・それにこんな歳ですし・・・ね?」
「いやはや・・・本当に参りましたな・・・」
大人の色気と余裕に、義父ももうタジタジである。
少しだけ恥じらいつつも、男達が喜んでくれるならと長老は微笑んだ。
「もうほら!あなた達もさっさと脱いじゃいなさいってば!」とナナがドモンの服を脱がしにかかる。
「ああナナ!ちょっと待ってちょっと待って!!今は駄目!!」
「あ!あんたまたここ元気にして!!」
「だって・・・でもほらジジイだって・・・」
ドモンが指を差した方には長老に服を脱がされる義父の姿。
三秒ほど凝視して、ドモンは泣きながら逃げ出し、「待ちなさいってば!私はドモンくらいのが好きよ~」と苦笑しながらナナが追いかけていった。
「全く騒がしい奴らだ。まあ私も年甲斐もなく体の方がはしゃいでしまったが・・・」
「ウフフフご立派ですわ」と義父の胸板を擦る長老。
「ふぅ・・・気持ちを落ち着かせねば。今はナナやサンも居るからな」
「あら?残念で御座いますことウフフ」
心も体も落ち着かせた義父の腰にタオルを巻いた長老。
長老もタオルを体の前面に当て、温泉へと案内をする。
「なんとこれは!!温泉とはこれほどのものであったのか!!」
「ドモン様も貴族の皆様も驚かれておりました」
「フハハハ・・・ドモンも彼奴等も、こぞって皆ゴブリンの村がどうのと言っておった本当の理由が今わかったわ。良いのか長老?こんな宝を我らに分け与えても」
「もちろんでございます。それに私達だけではこれを活かせませんので。ドモン様が全て上手くやってくださいます」
うむ・・と義父は頷きながら、温泉全体をただ眺めていた。
温泉にはぐったりとしたドモンとツヤツヤ顔でドモンに抱きついて甘えるナナ、その横にプンプンと怒っているサンとジルが入っている。
ガヤガヤと騒がしいが、義父から見たその様子はまるで天国のようだと感じていた。
数カ所に置かれた焚き火に照らされた湯けむりの中の温泉はとても神秘的で、男も女も裸でいることに違和感はまるでない。
自分が死んで魂になれば、こういった場所で魂同士が混じり合いながら、悠久の時の流れの中を漂い続けるのだろう。
「私が最期の時を迎えるならば、ここでありたいと今心から思っておるぞ」
「そんなこと・・・まだドモン様もお許しにはなりませんよ?」
「フフフわかっておるわ」
長老の肩に義父が自然に手をかけ、しばし温泉を見つめていると、風が温泉の湯気をさっと払い除け、お互いの姿が突然はっきりと見えた。
「おじいちゃんこっちよ。そんなところで突っ立って何をしているのよ?」とのナナの言葉に、ドモンやサンやジルも振り向く。
「ああ、美しい光景に少し見とれておったのだ」と義父が微笑む。
「こっちは今、タオルからはみ出た馬みたいな何かにサンも見とれてるよ」
「み、見ていません!!もう御主人様のバカバカバカ!!」
ドモンの冗談に顔を真っ赤にしてポカポカ叩くサン。
そんなドモンが何かを思い出したように温泉から上がり、テントからスマホを持って戻ってきた。
「ほらこれ」
「なんなんだこれは・・・」
「エリーのおっぱい。スゲェだろ」
「な、なんだとぉ?!」
義父の叫び声で振り向いたナナがドモンの様子を見て、裸のまますっ飛んできてスマホを取り上げ、ドモンの首根っこを掴んで温泉の中へと放り込む。
「あんた!あんなに怒られておいてどうしてまたお母さんのおっぱいを見せるのよ!!」
「ブハァ!ごめんなさい!面白そうだったからつい!元気になるかなと思って・・・ヒィィ!!」
温泉に沈められる拷問を受けるドモン。
その一方でサンとジルは「きゃあああ!!」と叫び声を上げていた。
義父のあまりに大きく元気な何かを見て。
「お、おのれこのバカ息子めが!!」
温泉に飛び込みドモンの元へと向かう義父。
その様子を見たドモンが身の危険を察知し、ナナの脇腹をくすぐって拘束から脱出後、スイスイと泳いで逃げたがあっという間に義父に捕まり、強烈なゲンコツ一発。
「貴様のその曲がった根性、私が王都で叩き直してやる!その酒漬けのだらしない体も鍛え直すから覚悟しておけ!」
「ヤダヤダ!助けてナナ!」
「私しーらない。ドモンも最近お腹出てきたしちょうどいいじゃない」ナナがそそくさと逃げていく。
「うわぁ!サン!ジル!長老~!」
「もう無理ですよ御主人様・・・」流石のサンもヤレヤレ。
ジタバタと暴れるドモンを義父が抱え、無理矢理隣へ座らせた。
女性陣はこれ以上怒りに触れぬよう、温泉の反対側へと集まりながらそれを見守っている。
「良いかドモンよ、世の中にはやって良い事と悪い事というものがあるが、一番駄目な事は女性を悲しませることだ。わかるな?」
「せーのブクブクブク・・・さっきエリー泣かせたくせに・・・痛い!!いちいち叩くなよもう!」
「話を聞かんかこのバカ息子が!」
生まれる前に父親に捨てられ、母親も家にほとんど居なかったドモンは、言葉だけではなく、倫理観などもテレビで学んだ。
ただし見ていたのは、夜中にやっていたスケベな番組や映画など。
映画はパニック映画やホラー映画を特に好んで見ていた。ケラケラと笑いながら。
そうしてねじ曲がった性格を身に付けていった。
義父はそれをすでに見抜き、ドモンに足りないのは親の愛情だと感じていた。躾や教育、一般常識やその他が圧倒的に足りていない。
子供っぽい行動や言動を繰り返すのもそのためだと。
賭け事の強さや人間離れした直感、異常なほど機転が利くことや要領の良さなど、それらを得たのはひとりで生き抜くためである。
だが、それらを得るために失ったものは、人としてあまりに悲しいものだった。
今はもう、以前とは違う意味でドモンの父親になろうと、義父は思った。