第196話
「あぁ~羨ましいです~」
「あれのどこが羨ましいのよ?サン」
ドモン達から少しだけ離れた茂みに身を隠し、それを覗くサンとジル。
「だってジル、本当に好きでなければ、あんなにも妬いたりはしないのですよ?御主人様があんなにまで余裕を無くして心を乱すところを初めて見ました」
「それは確かにそうだけど」
「お前は俺のものだと痛いほど体に刻まれて・・・見て!奥様のあの表情!」
「す、すごく幸せそうね。私までなんか変な気持ちになってきちゃった・・・」
嫉妬に狂った男の凶行だというのに、それを羨ましく感じるサンとジル。
普通ならばそれはあり得ない。
それがドモンだから羨ましく感じるのだ。
冗談ばかり言っていたかと思えば、不意に人を突き放すような冷めた目で一人ぼっちでいたりするドモン。
すぐに逃げてしまう、ふわふわフラフラと掴みどころのない男が、今は心を乱すほどナナに夢中になっている。
これまでではまず考えられないことだった。
そして、もしそれが自分に対してだったとしたら・・・
それを想像してゴクリと唾を飲み込むジルと、羨ましすぎて何故か泣けてきたサン。
「ゴメンねドモン不安にさせて。ほら拗ねないで。抱っこしてあげるから」
イジケて横向きに寝そべるドモンの横にナナも寝て、腕枕をするように抱き寄せた。
ナナの双丘に顔を突っ込み、ドモンはようやく落ち着いた。
それを見たサンとジルは居ても立ってもいられなくなり、草むらから飛び出しドモンに上から飛び込むように抱きついた。
「わぁ!どうしたのよあんた達!」
「奥様だけずるい!サンにも御主人様に妬いてもらいたいです!」
「わ、私も・・・」
突然二人が現れて驚くナナと、嫉妬で余裕を無くしてしまったことを見られていたと知り、とにかく恥ずかしいドモン。
「大人げないところを見られちゃったな・・・なんか怪我したり死んだりで気持ちが弱っちゃってるのか、急に不安になっちゃったんだよ」としょんぼり。
「ウフフ、私は嬉しかったわよ?あんなに必死になってくれて。私のことが本当に好きなのねムフ」というナナの言葉に、ドモンは耳を赤くした。
「はぁん御主人様可愛い!あーもう好き好き好き好き・・・」
「サン、それじゃきっと御主人様は妬いてくれないと思うよ?」
ナナの反対側からドモンの首に絡みついて、首筋をスンスンと嗅ぎながらうっとりとしているサンに呆れるジル。
「まあ今回ばかりはサンの気持ちもわかるわよ・・・あーもうドモンったら・・・フゥフゥ・・・なんて可愛いのドモン・・・」また思い切りドモンに抱きつくナナ。
「もうふたりを見ていたら私までおかしくなりそうです御主人様。ふぅ」困惑顔のジル。
ジルまでドモンの胸に顔を埋め、ぎゅうぎゅう詰めの四人。
ただただ弱っていた時とはまた違うドモンの顔。
女達はそんなドモンにもう夢中だった。
母性本能なのか女の本能なのかはわからない。
それをくすぐられにくすぐられ、何度も意識を失いそうになる。それと共に溢れる幸せな気持ち。
それもドモンが持つ隠れた能力だとは知らずに・・・もちろんドモンもそんな事は知らない。
ドモンが弱っている時や追い詰められている時は女達は襲いかかり、子供のようにわがままを言ったり甘えるように近づいてくる時は守りたくなってしまう。
女を発情させるドモンの特殊な匂いや手を繋ぐだけで好意を持たせると能力と同じく、全てドモンが隠し持っている『魅惑』の能力の効果だ。
ケーコはもちろんのこと、オークの女性達もすでにその能力の影響を受けている。
最大HPが50を割った今のドモンではもう、完全にそれらの能力を抑え込むことが難しくなってきていたのだった。
「全く情けない男だ。自分に自信があれば嫉妬する必要もないというのに」フンと、怒って去っていったドモンの様子を見て鼻で笑う義父。
「ドモン様はお強いだけのお人ではありませんので仕方ありませんわ・・・そこがまた女としては魅力なのですけれども。ウフフ」とようやく自分を取り戻した長老。肉うどんもようやく味わえた。
「エリー殿、私もその肉うどんとやらを貰えますかな?」
「えぇもちろん!でも胃もたれとか大丈夫かしら?お肉少なめにしますぅ?」
「いやいや、私はたっぷり肉の方も盛ってくだされ。そこらの若造共とは体の作りが違いますからな。ハッハッハ」
「もう~私知らなわよぉ!ウフフ」
たくさん食べる男を見せつけようとする義父に、体をフリフリしながら笑顔を見せるエリー。
義父の目尻は下がりっぱなし。
「もう・・・やはりお若い方がお好きなのでございますね」と少しだけ妬いてみせる長老。
「いやいや!そんなことはない!あなたもとても魅力的で、私も自分を保つのが精一杯だ」
「本当にお上手なのですから。あとでご一緒に温泉をいただくのが楽しみですわ」
「ふぅ、困りましたなそれは。ドモンにどやされないようにしなくてはならぬハハハ」
「ウフフフ」
長老と会話しながら、こっそり例のキノコを本当に食べようかと思案した義父だったが、今晩ばかりはドモンと語り合いたいということもあり止めておいた。
ドモンや義父がそんな事をやっている間、皆夢中で肉うどんを頬張り続け、あれだけあった肉も三分の一程度まで減った。
「腹がはち切れそうだよ兄さん・・・」
「後先を考えずに食べるからだ・・ゲフ」
「兄さんに言われたくはないよ。同じだけ食べているじゃないか」
カールとグラも大満腹で動けずにいたが、ゴブリン達はまだまだ平気なようで、ついには肉うどんのうどん無しで、肉だけを食べ始める始末。いわゆる肉吸いと呼ばれるものだ。
「あーもう死んでもいい」
「いくらでも食べられちゃうわね・・・見て私のこのおなか。赤ちゃんがいるわけでもないのに」
「もう塩味だけの猪肉には戻れないね僕たち・・・」
「し、心配ないさ!ドモン様がなんとかしてくださるよきっと・・・」
アップルパイやパスタの時と同様に不安に駆られたが、それを打ち消すように肉を口の中いっぱいに頬張った。
「さて温泉の方へと案内してくださるかな?」
「はい、では早速」
カールの義父が立ち上がり、すぐに長老も着替えのスーツが入った箱を持ち、案内を始める。
「人払いはしておきます故に」と声をかけたカールに返事代わりの右手を上げ、ふたりはドモン達の元へと向かった。