第193話
米の炊きあがりとうどんの茹で上がりを待つ間、長老へ挨拶をしてくると義父が席を立った。
「ジジイ、わかってるとは思うけど失礼のないようにな」
「・・・わかっておる」
今までどんな目にあったのかなどはドモンから聞いていた。
その責任も感じており、義父は神妙な顔つき。
場合によっては法を整備し直さなければならない。
ただしそれもこのゴブリンの長老との会談による。
立場上それに値するかどうかの判断も、情に流されることなく冷静に下さねばならないのだ。
「ゴブリンの長老よ・・・改めて挨拶をしたいのだが」義父が入り口の布をくぐり、長老の家の中へ。
「ハゥゥ!!・・・え?あぁぁ!!み、見ないで下さいませっ!!」「きゃああ!!」「ああ!!」
洗浄機体験中の長老が思わずしゃがみ込み、ジルとサンも驚きの声を上げた。
「す、すまぬ!は、はっきりとは見ておらん故に安心してくだされ!」
「と、とにかく中へ入って閉めてくださいまし・・・」
「ああ」
後ろ手で慌ててさっと布を閉じた義父。
視線は斜め下に向け、目は伏せたまま。
「その・・・挨拶とドモンが世話になった礼を兼ねてだな・・・覗きに来たわけでは・・・いや言い訳は無用だ。突然勝手に押しかけ申し訳ない」
「いえ、それは疑ってはおりません。こちらこそはしたないところをお見せいたしまして、大変に失礼いたしました」
義父と長老が挨拶している間にそそくさと下着を穿くサンとジル。
「席を外します。何か御用があればお呼び付け下さいませ」とサンが頭を下げ、ジルを連れてドモン達の元へと戻っていった。
チラリと長老を見た義父が「そなたも下着を着けてくだされ」とまた目をそらしたが、長老は「私は構いません。もうこの歳ですし、それに・・・ただのゴブリンなのですから」と微笑んだ。
「いやいやそなたはまだ若い。それに色気も十分過ぎるほどあり、私も冷静でいられる気がしないのだ」
「まあ!お世辞がお上手なのですね」
「ほ、本心であるぞ・・・」
義父の腕に手を添え、上目遣いで長老が顔を覗き込む。
女性特有の甘い香りが義父の鼻をくすぐり、大きくそれを吸い込んでフゥと息をひとつ吐いた。
まだまともに挨拶も済ませていない。
済ませてはいないが、義父の覚悟はもう決まった。
ドモンの言うとおりであった。この者達を守らねばならぬと。
「えぇ?!王族の御方でございましたか!これは大変失礼いたしました!」
その場で正座をし、三つ指を立て頭を下げる長老。
「お、おやめくだされ!こんなところをドモンなぞに見られてしまえば、私がどやされてしまうからな」
「ドモン様とはどのようなご関係で?」
「娘婿が領主のカルロスであり、その友人として紹介され・・・いや、これも正直に話せばなるまい。私ははじめドモンを討伐しに参ったのだ」
「そうでございましたか・・・」
義父の言葉に正座をしたまま、悲しそうな顔を見せた長老。
その長老の前に片膝を付き「それは私の間違いだったのだ」と長老の肩に義父は手をかけた。
「彼奴の貴族への取り入り方に異常を感じ、私の家族が洗脳されていると思ったのだ。まるで悪魔か何かに・・・」
「・・・・」
「心配なさるな。私はそこでドモンにコテンパンにやられましてな。まあ今となっては恥ずかしい限りだが、すっかり惚れ込んでしまい、もう一人息子が増えたと思っておるくらいなのだ。もう悪魔だろうがなんだろうが関係ないわハッハッハ」
「まあ!お心が広いのでございますね」
「だから勝手に俺を息子にすんなエロジジイが。また鼻の下を伸ばしてみっともない」
「うおっ!」
ドモンに後ろから突然声をかけられ驚く義父と長老。
「ド、ドモン様!王族の御方にそのような口を聞いては・・・」焦る長老。
「ハッハッハ良いのだ。バカ息子が今更まともな口を聞いては、この綺麗な月も驚き空から落ちてしまうのでな」
「まあ・・・」
年の功とも言えるなんとも素敵な表現にうっとりする長老と、明らかに良いところを見せようとしている義父に舌を出すドモン。
「飯出来たぞふたりとも。長老はパンツ穿いて、ジジイは伸ばした鼻の下を元に戻してさっさと来い」
下着を穿いて着衣を直した長老に、ごく自然に腕を差し出す紳士な義父。
長老もそれにすぐに気が付き、腕を絡ませた。
「あーあ、こりゃジジイと俺が親子どころか兄弟になっちまいそうだな」
「む?どういう意味だ?」
「・・・・」
しばしの間。
「ド、ドモン、まさか貴様、ナナやサンが居るというのにもう・・・」
「わ、私がドモン様にお情けを頂いたのでございます!ドモン様をお責めにならないでくださいまし・・・」
ハァとため息をつきながら頭を抱える義父。
自分の事は棚に上げてもう一度「このバカ息子が・・・」と苦笑した。
実は本当に自分の息子なのではないだろうか?と思えてしまったためだ。
「まあ飯ついでにあのキノコでもふたりで食って、一緒に温泉にでもしっぽりと入ってこいよ」
「よ、宜しいのですか?ドモン様」
「良いんじゃないか?それでジジイの嫁にでもしてもらえ。俺よりも早く世界をひっくり返せるぜ?王族がゴブリンの嫁を貰ったらな。イヒヒ」
「こ、これ!」「そ、そんな滅相もございません!」
ドモンの言葉に驚く義父と長老。
もちろんドモンの冗談であるということはわかってはいたが、少しだけそれはいい案かもしれないと義父は思った。
長老は恐縮しきり。
「ですがいつか・・・百年後、いえ千年後にでもそのようなことがあれば・・・私は・・・私達は、うぅぅぅ・・・」
「だとよ?ジジイ」
「うむ」
ドモンの言葉にまた長老は未来を見出し、涙を流す。
義父は長老と一緒に歩きながら、王や皆にどう説得をしたら良いのかをただただ思案していた。