第186話
「もう最近訳の分からないことばかりだわ」と去っていくオークを見つめたナナ。
「本当にそうですね・・・でもまあ御主人様が異世界から来ること自体おかしなことなんですけどねウフフ」とサンは笑う。
「大体私からしてみたら、サンがこの姿というのも不思議なくらいなんだから」
「もう!奥様どういう意味ですか!確かに成長はしていないですけど・・・」とサンは胸を抑える。
「サンは屋敷にいた間、ずっと時間が止まっていたようなもんだからなムニャ・・・」
ナナの膝枕の上で眠るドモンが寝言でそう言い、ナナとサンは顔を見合わせた。
「ねえドモンどういうことなの?」と体を揺すっても、ぐぅぐぅとイビキをかいて寝たまま。
もし本当にそうであるなら、屋敷にいた13年間分、サンの成長が止まっていたこととなる。
「もー御主人様、急に怖いこと言わないでください!」とドモンの体を揺するサンの姿は、確かに14歳くらいのように見え、ナナも少し恐ろしくなった。
のちにドモンにそれを問いただしたところ「なんじゃそれ??」と笑われた。オーク達のこともよくわかっていない様子で、謎は深まるばかり。
ドモンは酔っていて、肉付きの良い身体と大きなおっぱいの記憶しかない。
「やはりいたぞ!こっちだ!」
騎士のひとりが叫ぶ。
森に入る道沿いの木に、オークが目印代わりにナナの馬を繋いでおいたのだ。
すぐに知らせが皆の元へ届き、カールとグラもやってきた。
「この酔っぱらいの不良ジジイが・・・今度という今度ばかりは・・・」とまだ寝ているドモンを見たグラが怒る。カールは安堵と共に深いため息。
「ごめんなさい。ドモンを許したげて」
「お願いします!」
ナナとサンの懇願に驚く一同。
一番怒っていると思われたふたりがドモンを庇ったからだ。
「ドモンは笑ったりふざけたりお酒を飲んだりして誤魔化しているけど、本当はまだ相当辛いみたいなの」
ナナがそう訴え、サンがドモンの額の汗を拭く。
皆それを見てハッとした。
「それにしたってだな。エリーのあんなものを・・・」
「あれはドモンが殺される前だし・・・スケベなのは昔からだもん」
ドモンの代わりに意味不明な言い訳をするナナ。
このあたりからドモンは目を覚ましており、内心「助かった~」と喜んでいた。
「だからといって逃げることはなかろう」とカール。
「痛いことや辛いことから逃げたっていいわ。だってドモンは焼き殺されたのよ?」
ナナの意見が完全にひっくり返っている。
以前エリーや皆に散々ナナが言われていたことを、何故かそのまま返していた。
これはいい調子だとドモンがほくそ笑む。
薄目を開けると起きていることに気がついたサンが、ドモンをジトっとした目で見ていた。
「それに逃げたって必ず私の元へ帰ってくるって約束したもの」
「そうだそうだ」
「わぁびっくりした!!」
自分の胸の下から突然ドモンの相槌が聞こえ、驚きの声を上げるナナ。
普通にしていると胸の陰に隠れて、ナナからドモンの顔が見えていない。
兎にも角にも、ナナが許しを懇願したことで一連の騒動は落ち着きを取り戻し、ドモンも帰ることになった。
「どこへ行ってたのよぉ!ドモンさん心配したのよぅ!」
「ドモン・・・家族なんだからエリーの裸くらいいいんだけどよ、みんなに見せるのは駄目だぜ?」
「もういいわよぉ!私は見せたっていい!だからドモンさん、もう私達に心配かけないで!お願いよぉ!」
「お、おい・・・」
戻ってきたドモンに駆け寄ったヨハンとエリー。
エリーは誰よりもヒックヒックと泣いていて、ドモンも平謝り。
長老の家へ皆で戻り、ドモンはもうひと眠り。今度はサンの膝枕。
フゥフゥと息を荒くしているサンにドモンを任せて、ナナが皆を外に連れ出し、今のドモンの状況をまた詳しく説明した。
「そ、そりゃあ焼け死ぬほどの火傷だからな・・・一週間やそこらじゃいくらドモンでも完治はしないわなぁ」とヨハン。
ドモンの火を消そうとしていたナナとグラの手の平の火傷も、まだ痛みがあった。
それを考えふたりは身震いをした。エリーは大号泣。
「見た目や態度はあんなだけど、あれだけお酒を飲んでいるってことは、相当辛いと思うの。暴行された時の怪我なんてまだ生ぬるいくらいに」
「もうナナやめてぇ!うぅー!」
ナナの言葉にエリーは泣き崩れ、ヨハンが必死に支えている。
エリーはドモンが辛い顔を見せず、明るく振る舞っていたことを考え、涙が止まらなくなってしまったのだ。
「ここが痛いとか辛いとかどうして言わないのぉ!普通言うじゃないのよぉ!うぅぅ」とエリー。
「折れた脚のまま健康保険の提言をしに歩いて行くような奴だからな・・・」カールも思い出す。
「斬られた張本人が料理を作って振る舞ってもいたしな」とグラ。
「ドモンはずっと逃げていたの。今までも。痛みや辛さからお酒を使って逃げてたの。ドモンを縛る人や危害を加えてくる人からも逃げて、逃げて逃げてこの世界まで逃げてきたのよきっと。そしてまた・・・」
ナナは思い出した。その言葉で皆も思い出す。
カールの義父に対してドモンは確かに言っていた。
『逃げながら生き続けて、そしてここまでやってきたんだよ』
「今までどれだけ辛い思いをしてきたのであろうな」カールがドモンのいる長老の家の方を向く。
「わからないわ。でも今回の火傷も『このくらい平気平気』と言ってたから、きっとこれ以上の・・・」
「お願いよお願い!ナナもうやめて!」
ナナの言葉にまたもエリーの涙が止まらない。
ほんの少しスケベなことをしただけでケーコに骨を折られていたということは、もうエリーには絶対に言えないとナナは思った。
だが当の本人、ドモン自身は実は辛いという概念がほぼ存在しない。
実際は辛いのだろうけども、痛みに耐え続ける生活が常であり、それがあって当たり前なのだ。
普通の人ならばのたうち回る痛みも、ドモンにとってはただの日常。
もしドモンと体を入れ替えたとしたら、普通の人は5分も精神が持たない。
胆石性膵炎も直ぐに病院に行けばいいものを、「ヘーキヘーキ」で我慢し続けること数年、普通は胆石7~8個から十数個で手術をするはずが、ドモンは胆石を百個以上身体に溜め込んでしまったのだ。すい臓も溶けかけ即入院。
そしてタバコを吸いに病院から逃げて通報される始末。
死ぬか生きるかの十日以上点滴のみの絶飲食治療の最中、モグモグとグミやラムネを食べ、後日再入院。
絶対に普通の人間は真似してはいけない。
「う~んサン~お酒が飲みたい」
「何がよろしいですか?」と膝の上のドモンの頭を撫でるサン。
「サンが口移しで飲ませてくれるなら何でもいいや。なんちゃってハハハ」
「お待ち下さい!少々お待ちください!待っててくださいね!!フゥフゥフゥ!!」
長老の家を飛び出すサン。
「どうしたの~サン?」とナナ。ドモンに何かあったのかと少し焦る。
「お酒を飲みたいとおっしゃられていまして」
「・・・うん、今は好きなだけ飲ませてあげて」
「はい!飲・ま・せ・て・あ・げ・ま・す!ムフ!!」
すぐにドモンの元へと戻ったサン。
あっという間にサンの方が酔ってしまい、ドモンの腕枕の中でとろんとした顔でいた。
「サン、大丈夫か?」
「好き。だーいすき」
「酔いすぎだよサン・・・ああそうだ。ほらこれ」
「!!!!!!!!!」
ゴソゴソとポケットに手を突っ込み、ドモンがサンに宝物の吸い殻をふたつ手渡した。
サンを救ってくれたこのふたつの宝物。
ドモンから受け取り握りしめ、ボロボロとサンは泣いた。
そしてあらためて思う。
この人は、まさしく命を賭けてまで私を救いに来てくれたのだと。
その結果ただのタバコの吸い殻が、サンにとっては婚約指輪や結婚指輪よりもずっとずっと大切な宝物となった。
リアルドモンさん、ガチで胆石を溜めすぎて、某ギャンブル漫画のレート千倍パチンコのクライマックスのような状態になり、体内に石が溢れ出してしまうというとんでもないことに・・・
大量の胆石の画像はなんとなく閲覧注意な気がするんで控えておく。
『閲覧注意の胆石画像 百個』で検索すると出てくる(笑)