第185話
「ドモン様!ドモン様!」
「エヘヘ~これがあればエリーもナナもいらないもんねイッヒッヒ」
「ハゥ!!その先をつまんで捻っては・・・ヒィィィ!!」
「ドモン様!奥様が!!」
「え?」
オークの女性の膝枕に頭を乗せ、目の前のなにかブラブラしてるもので遊んでいたドモン。
馬から飛び降り、涙を浮かべながらドモンの胸ぐらを掴んで「あんたって人はあああ!!」と言いながら泣き崩れたナナ。
「もうやだぁ・・・ううぅ・・・うわぁぁぁん!!もう嫌!いつもいつも逃げたりいなくなったり!」
「だって」
「だってじゃないでしょう?こんなに心配ばかりかけて何が嬉しいのよ!酷いじゃない!!うぅぅぅ!!」
「・・・・」
どう考えてもドモンが悪いのは明らかで、オーク達もどうしたら良いのかわからない。
「やっと見つけたと思ったら、うぅ、また女の人と遊んでて・・・うびぃぃぃ!」
「それは本当に酷いです御主人様!!うーっ!!」
サンも一緒に怒り出す。当然の話。
「逃げるんじゃないわよっ!!」
こんな最中でもまだ逃げようとしたドモンの袖を掴み押し倒し、馬乗りになってドモンを殴ろうとしたところでオーク達が一斉に止めに入った。
「奥様お止めください!!ドモン様はその・・・酔っておられてまして・・・」
「それがどうしたのよ!!」
「身体も心もかなり辛いのかと・・・」
「え・・?」
ナナがドモンの上から立ち上がり、オークの王がドモンを支え起こした。
「そ、そんなはずないわ。だってさっきもお父さんにかつらをかぶせてケラケラ笑っていたもの」
「・・・・」ヘロヘロになっているドモンを侍女達に預け、首を横に振るオークの王。
ただドモン自身も痩せ我慢をしているつもりではなかった。
いつものように、今までのように、自然と酒に逃げていただけだ。
ドモンは怪我をした時も明るく振る舞い、酒を飲んでいた。
酒を飲むと治りが早いのもあったが、酔えば痛みから逃げられるから。
そして元の世界やこちらの世界でも、何度も心臓発作を起こしているが、その度に酒を飲んだり自分で心臓マッサージを行い耐えきる。
「心臓発作起こしちゃったよぉ~ん」なんて心臓マッサージを自分でしながら言う者は、恐らくドモンひとりであろう。
誰ひとりそれを信じない。信じられるはずもない。普通なら死ぬほどの心臓発作を起こしていることを。
ドモンの顔は今現在、少し暖かな風が当たるだけで、肉がむき出しになった皮膚の上に塩を塗り込まれているような痛みが走り続けている。
ただそれでも心臓発作や障害のある左脚の方がもっと痛い。
だからドモンにとってはただの体の痛みの中のひとつという認識しかない。その認識しかないが、体は確実に悲鳴を上げているのである。
ドモンは人知れずそれらの痛みから酒とタバコで逃げ続け、辛さから逃げ、死からも逃げ続けていた。無意識のうちに。
辛くない方へ。辛くない方へ。死んだ方がマシな痛みから逃げに逃げ続けて。
だがやはりドモンは死なないし死ねない。たとえ死んでも蘇り、その痛みは結局続く。
「・・・だから今は少しだけ、我が儘をお許しになって頂けませんか?優しく見守って頂きたいのです」
オークの王が涙ながらに大体の理由を話し、ナナに向かって頭を下げる。
ナナも話を聞き、ドモンについて色々思い当たるフシがあり・・・・ドモンを許した。
自分の膝枕の上にドモンの頭を乗せたナナ。
乗り慣れた膝枕はやはり心地良い。
「ドモン・・・辛い?まだ痛い?」
「ヘーキヘーキ!イヒヒ!こんなのなんてことないって」
「そう、わかった」
『こんなの』ということはやはり何かがあるということ。
ドモンが『平気』と言ってるということは、何かに耐えているということ。暴行された時もそうだった。
何もなければ『なんの事?』で終わるはずなのだから。
「ゴメンねドモン・・・わかってあげられなくてごめんなさい・・・うぅぅぅ」
「だからナナの涙は染みるんだってばアハハ」
そうしてドモンは安心したような顔をしてスゥとひと呼吸すると、ナナの膝枕の上で眠りについた。
眠りにつくと同時に、苦悶の表情で歯を食いしばり、脂汗を額から流し始めた。
「先日お会いした時もそうでした。眠りにつくなり・・・時折笑顔を必死に見せたり、やはり苦しんだり」
「そうだったの・・・ところであなたは?」
「失礼いたしました。ご挨拶が遅れて申し訳ございません。私はオークを統べる者、人間からはオークキングと呼ばれております」そう言ってナナのそばに跪く。
「オ、オ、オークキングゥ?!さっきからみんなが王って言ってたのってオークキングのことだったの?!」
驚き声が裏返るナナ。
サンはソワソワしながらオークの女性に手を繋がれ「大丈夫ですよ」と微笑みかけられていた。
「な、なんだってそんな魔も・・いえ、そんな人がこんなところに」
「ドモン様が森に入られたと知り、お守りをせねばならないと・・・もうあのようなことは・・・」
「ドモンが・・・一度死んだことも知っているのね?」
「はい・・・俺が、いえ私があんな奴らを見逃しさえしなければ!クソ!!」
ナナとの会話でオークキングは悔しさがぶり返し、思わず地面を強く叩いてしまい、サンがビクッとしてオークの女性にキュッと抱きついた。
抱きしめ返してサンの頭を撫でたオークの女性は、実はサンよりも5歳年下だ。
「で、ドモンとはどういう関係なのかしら?やけに慕っているわよね?私達にもとても親切だし」
「し、慕っているだなどと、私達がそんなおこがましい事を申せません。私達など本来近づきも出来ぬほどの御方でございます」
「ドモンが?中身はただのスケベおじさんよ?誰かと勘違いしてるんじゃないの??」
「たとえそうであったとしても、私はドモン様のそのお心に触れました。ドモン様は私達の未来であり、希望なのでございます」
少し下唇を噛みながら、薄っすらと涙を浮かべるオークキング。
しかしナナもサンもやはり訳が分からない。
「なんだかゴブリンのみんなも似たようなことを言うのよねぇ。救世主だとかって。すぐに怪我する酔っぱらいの嘘つきスケベおじさんなのに」そう言ってナナが寝ているドモンの額に口づけをした。
「ゴブリン達はドモン様と仲良くしているようで羨ましい限りでございます」
「みんなも一緒にゴブリンの村に来たら良いじゃない。ねぇサン」
「はい!温泉もありますし」
ナナと一緒にオーク達を誘うサン。
優しいオークの女性達が母親のように感じていて、サンはみんなと一緒にいたかった。
「それはまだ時期尚早だということで、お誘いは大変ありがたいのでございますが、今はまだ私達の存在を他の者達に知られる訳にはいかないのでございます」
「どういう事???」
「えぇまあその・・・魔王様からの命を破り、独断でドモン様と接触してしまったものですから・・・」
オークキングが汗をかく。
ドモンの方から接触があるまで、ずっと隠れている手筈だった。
しかしドモンが殺害されてしまうといったとんでもないことが起こり、オーク達は激しく混乱した。
ここはゴブリンの森であるとともに、オークの森でもある。
そこであのような事件が起きた。
オークキングにとって大失態どころの話ではなかった。
三日三晩泣き続け、四日目の朝、ドモンの亡骸の元へ向かう命令が下る。
たとえそれが死の行進となろうとも、オーク達にとってはもうそれしか希望がなかった。
そして七日目、ドモン復活の一報が入りオーク達は歓喜した。
歓喜して帰路につく・・・はずだった。
オークキングは今まで感じたこともない圧倒的な力を絶壁の方から察知し、オークの仲間達を森の中へと隠れさせ、見守っていた。
オークの街はあと半日も歩けば着くのだけれども、今はもうそれどころではない。
まさかその望んでいた希望の光が、すぐ目の前の崖から現れたのである。荷物と崖の間に挟まっていたが。
オークキングは歓喜の絶頂の中、声を殺すのに必死だった。
今はドモンを見届けられたらそれでいいと納得しながら。
『お~い誰か~・・・一緒に飲まないか?』
ドモンの声が響く。
どれだけ我慢をしたかわからない。
この時ばかりは魔王を恨みもした。
『だれかぁ!ヒック!出てこい!!』
ドモンのこの言葉は、もう自分に対しての言葉としか思えない。オークキングはそう思うことにした。
魔王など関係ない。今ドモン本人が俺を必要とし呼んだのだ。
「私が行く。皆はここに隠れていろ。お前達三人はドモン様の世話を任せた」
「は、はい!」「はい!」「はい!」
そうして酔っ払ったドモンの前へと飛び出したのだ。後先を考えず。
今となっては自分が抑えられなかったことを少し気恥ずかしく感じていた。
しかしドモンと酒を酌み交わした事により、オークキングは確信する。
自分達とこの世界を導くのはドモンだ。
そして我々や人間がもし過ちを犯せば、この世界を滅ぼすのもまたドモンなのだと。
「ねえ、結局ドモンは何者なの?あなた達にとって」とナナ。
「今はまだはっきりとはわかりません」とオークキングは嘘をついた。
「じゃあなぜ?」なぜこんなにも付き従おうとするのか?ナナはやはり不思議だった。
「それでもやはり我々にとっては救世主なのだと思われます。ゴブリン達と同様に」
オークキングはそう答え、「お迎えの方々がやってきたようです。我々は去りますので、どうかまだ我々のことはご内密に・・・」と言って、オーク達は去っていった。
読み返すと、ナナがドモンを両親に紹介した時も実は少し逃げだそうとしたりしている。