第179話
「い、異世界への入り口の場所を知っている者は居るか?!大至急だ!!」
カールが馬を飛び降り、転げるようにエントランスへ飛び込み叫ぶ。
「早く!!皆を呼べ!!急ぐのだ!!!」
カールが絶叫し、侍女や騎士、他の貴族達も集まってきた。
「ど、どうしたんだ兄さ・・カルロス??」グラも混乱する。
「ドモンだ・・・ハァハァ・・・」膝に手を当て、肩で息をしながらカールはその一言。
「も、戻ったのか!これは!この鐘の音は彼奴の仕業なのか?!」叔父貴族がカールの肩を揺する。
「ドドドド!!」と『どこだ?』と『ドモンは』が混ざり、言葉にならないグラ。
「・・・ば、馬車を用意しろ!すぐにだ!ドモンは恐らく異世界への入り口だ!!そこに居る!!」
「は、はい!!私がわかります!!!」
カールの言葉に一歩前に出る騎士。
先日、ドモン達と一緒に旅をした騎士のひとり。
もう一人はゴブリンの村でまだ護衛中。
「兄さん!馬で先行しよう!御者も場所は知ってるはずだ。馬車は後からでいい!」
「ハァハァなるほど!では我らは先行し馬で駆けつける!馬車はあとから付いてこい!なるべく早くだ!!」
グラとカールが会話を終えるやいなや、その騎士と三人でそれぞれ馬に飛び乗り、食料も持たずに街を飛び出してしまった。
食料や飲料を積み込み、慌てて後を追う新型馬車。
ナナ達には数十分後にカール達が出発したことが伝えられたが、「あっそ!!」というナナのそっけない返事に、それを伝えた騎士はひっくり返りそうになった。
ナナがドモンの浮気を確信した直後だったためである。
「奥様!せ、せめてゴブリンの村まで御主人様を迎えに行きましょう!なにか誤解かもしれませんし・・・」
「是非そうして差し上げて下さい。こちらから早馬を出してカルロス様方にもお伝えしておきますので」
サンと騎士がナナを説得する。
そもそもが、カール達を慌てて馬車で追いかけた際、ナナ達を誘いそびれてしまったことを謝罪しに来たのだ。
領主とその弟が、護衛の騎士をひとりしかつけずに街を飛び出してしまったのだから、皆慌てたのも仕方ない。
しかし妻であり、誰よりも一番に会いたいはずの人物がこんな態度でいるとは思わなかった。
「もう~怒らないであげなさいよぅナナ。ドモンさんはそれこそ命をかけてみんなを守ったんでしょう?」
「そうだぞ?もしかしたらサンちゃんも、今こうしていられなかったかもしれないんだしな。ドモンを労ってやってもいいんじゃないか?」
「だって・・・」
エリーとヨハンが説得してもナナは頬を膨らませている。
ナナがここまで怒っているのは、『ドモンが生き返っている』ということに対して、この世界の誰よりも確信していたためであり、そして誰よりもドモンの浮気を確信しているためでもあった。
もしかしたらもう会えないかもしれないなんてことはこれっぽっちも考えておらず、スケベなお店に遊びに行った旦那の帰りを待っているのと同じ気持ち。
それも命がけで、いや、命を捨ててまで浮気をしに行った。ナナはそう思った。
「もしね、もしもよ?お母さんが死んじゃったとしてね、そしたらお父さんは泣くじゃない?きっと」
「そりゃそうだ」
「で、お父さんが一週間泣いている間、お母さんがどこかで生き返っていて、浮気相手とずっとスケベな事してたってことを知ったらどう思う?お母さんも、もしお父さんがそうだったらどう?」
「むむむ!な、なるほどな・・・」
「ヨ、ヨハンはそんなことしないもの・・・」
全員の気持ちが一気にトーンダウンしてしまう、ナナの的確な喩えであった。
「お父さんの服だけが見つかって、生きていることがわかって、そこから浮気相手のハンカチが出てきたり、口紅の跡がついていたり」
「も~ヨハン!!どうしてぇ!!」
「お、俺は死んじゃいねぇし浮気もしてねぇってばエリー!それに、死んだのに生き返って浮気するなんてドモン以外無理だってば」
「ほら!!お父さんだってやっぱりそう思ってるんじゃないのよ!!」
ナナの言葉で徐々に全てがバカバカしくなってきた一同。
それでもサンはドモンさえ生きていてくれるならそれでいいと思い、馬車で迎えに出ることを提言し続けた。
「サン、この様子ならドモンはきっと数十回はスケベな事してるわよ?」
「そ、そんなこと・・・生きてさえいてくれたら私は・・・」
「心配して泣きながら薬塗っていたサンのことも忘れて、何度も何度もスッキリして。あちこち遊びに行ってる証拠もあるのよここに」
「も~!!うー!御主人様!!」
ナナの言葉にサンまで怒り出す始末。
そしてナナが推理していたことはほぼ事実であった。
更にナナがバサッと財布から出したチケット類の間から、スケベな店の名刺も大量に見つかった。
ドモンはケーコにも内緒ですすきのに行き、スケベなお店で遊びまくっていたのだ。
「おっぱいパブ・・・ってなんでしょう?」とサン。
「スケベなお店に決まってるじゃない。こっちは人妻倶楽部って書いてあるわよ」とナナが名刺をベッドに投げ捨てる。
「これはソープ・・・?なんだろうな」ヨハンも名刺を手に持つ。
「制服ヘルスってなにかしらねぇ?」不思議そうな顔をするエリー。
『私も行きます!』『ではすぐに出発しましょう!』といったやり取りを想像していた騎士は、この微妙な空気になったことでドモンを少し恨んだ。
結局ドモンの迎えは翌朝になってからということになり、ゴブリンの村でドモン達と合流するということも伝えると、騎士は「すぐにお伝えしておきます」と言い残し帰っていった。
この日の夜、サンとナナの部屋からは何度も大きなため息と枕をドスドスと殴る音が聞こえ、ヨハンとエリーはお互いを繋ぎ止めるように何度も愛し合った。
カール達はゴブリンの村まで到着。
かなり飛ばしたということもあり、一度馬を休憩させることとなった。
「長老!!」
「グラティア様!ドモン様が!!」
「ああわかってる。ナナが言うには恐らく異世界の出入り口にいるだろうとのことだ。ここには寄っていないよな?」
「来ておりません。それと奥様がおっしゃられたことはあっていると感じます。ドモン様はそこへお戻りになられたかと!」
グラと長老が挨拶もそこそこに情報交換。
騎士はゴブリン達に馬の飲み水や食料を頼みに走っていった。
「あ、カルロス様!ご挨拶が遅れ大変失礼いたしました!先日は何もお構い出来ずに・・・」
「それはいい、今はドモンが最優先だ。帰りにまた寄らせてもらう」
長老がカールとも挨拶を済ませた。
カールはまだドモンの復活について疑心暗鬼であったが、ゴブリンの長老の言葉でまた少しだけ安堵する。
それとともに、やはり早く迎えに行かなければならないと焦っていた。
また襲われる可能性がある。人だけではなく獣などにも。
それだけは絶対に避けなければならない。
馬の体力が回復したところですぐに出発するということを伝えた。
「この夜道では危険ではございませんか?」
「ドモンは魔法が使えぬのだ。当然結界魔法も使えぬ」
「た、確かにこの暗闇でひとりで森にいるのは危険でございますね・・・」
「恐らく不安でたまらない夜を過ごしているはずだ。なにせ奴は一度殺されているのだ」
カールはドモンの遺体をこの村で一度だけ見た。
それ以上は見ることが出来なかった。
あまりに辛かった。辛すぎたのだ。
早く会って会話がしたい。安心をさせたい。
よく帰ってきた、よく頑張ったと抱きしめ。
集団暴行にあった時も守れず、店の騒動で斬られた時も守れず、今度は殺された。
もうゴメンだ。今度こそ守らなければならない!
飲料と軽い食事を長老から受け取り、馬の呼吸が落ち着いたところでカール達はゴブリンの村を出発した。