第177話
ゴブリン達と別れ、ドモンの亡骸と共に街へと戻った一行。
ドモンの遺体は店の二階のナナの部屋のベッドに寝かせてあった。
「なんだか御主人様の火傷がかさぶたになって、治ってきた気がします」とサンが今日も薬草を塗る。
「・・・・」
流石のナナもおかしいと感じ始めた。
そうなって欲しいという願いは常にある。
そして息を吹き返し、ナナおはようと何事もなかったかのように。
だけどそんなはずはないという気持ちも奥底に持っていた。
あれだけ焼けただれていたその顔は、もうドモンだとはっきり認識ができる。
サンの言う通り、日に日に治ってきているのだ。
ただ息をしていないのと、心臓が動いていないだけで。
頃合いを見て土葬して送り出してあげようという話を、サンには内緒でヨハンやエリーと話もしていた。
ただその頃合いがわからない。
今日もまた顔がきれいになっていたからだ。だからそれはまだ待ってもらっていた。
ドモンが逝って四日目の朝。
魔王が延々と接戦を繰り広げていた勇者一行をあっという間に蹴散らし、魔物達を連れてどこかに向かっているという知らせがギルドに入る。
そして他の地域からも魔物達が一箇所に向けて行進を始めているという情報も入った。
その理由がわからず、人々は混乱していた。
そこから更に三日後の七日目の夕方。
街は、いや、世界は禍々しい色の光や闇に包まれ、人々を不安のどん底へと叩き落とす。
それと同時に、魔王と魔物達は大きな歓声を上げながら元の棲家へと戻っていった。
ゴーン・・
低く冷たい不気味な鐘の音が響く。
だがこの街には時計台もなければ鐘もない。
ゴーン・・・
数分後、鐘の音は世界にも響き渡る。
貴族達もそれに気が付き、屋敷内は騒然となった。
ゴォーン・・・!
鐘の音が徐々に強くなっていく。
その音は世界を恐怖させる。
ゴォォォォーーン!!
ヨハンに断りを入れ、ダダダダ・・・とホールから二階へとサンが駆け上がっていく。
ドモンの遺体が横たわるナナの部屋へ。
「奥様!御主人様が!御主人様は戻っていませんか?」
ゴオオオォォーーン!!
相変わらず悲しみに暮れたまま放心していたナナも、その異変に気がつく。
どんどんと強くなっていく恐ろしい鐘の音。
空は燃え上がるように真っ赤に染まり、まるであの時のドモンの目の色のよう。
鳴り響く鐘の音に皆耳を塞ぎ、目を瞑る。
村のゴブリン達は全員跪き、両手を合わせ天に祈り続けている。
九つ目の鐘の音が鳴り響いた後、ベッドに眠るドモンの体が白い粒子となって消え、サンは大混乱。
サンの叫び声を聞いたエリーが様子を見に来て、ドモンが消えたことを知り、エリーも大きな叫び声を上げていた。
街も当然大混乱で客もいなくなり、この日はもう店を閉め、四人がリビングに集まっていた。
そこへカールが馬に乗り、大慌てで屋敷からひとりでやってきた。
「お、おい!私だ!開けてくれ!!」ドンドンと外のドアを叩く。
慌てて階段を降りてきたサンが「カ、カルロス様!」と外のドアを開けた。
「サンドラ!一体これは何が起きている?!ドモンは?ドモンに何かあったのではないか?!」
「は、はい・・・御主人様はその・・・」サンも驚きと恐怖で言葉が詰まる。詰まりながらも状況を説明した。
正直サンも自分がどうかしているのはわかっていた。
ただドモンの死を受け入れたくないというのと、ドモンの言っていたことを信じ続けたい。
それらで押しつぶされそうになる心をなんとか保とうとしていた。
もし奇跡が起き、ナナが言っていたようにひょっこりとドモンが起き上がって「おはよう」と言ってくれたら・・・
それだけを考え、毎日ドモンの遺体に薬草を塗り、寄り添い続けていた。
遺体が徐々に腐敗していくのも知識として知っていたが、ドモンの遺体は不思議と徐々に癒えていく。
そこに感じる僅かな希望。あり得るはずのないその希望にすがり続けた。
なのに実際に起きたのは、あまりにも予想外過ぎる出来事で、それにはサンも恐怖した。
「上がるぞ!」とカールが階段を駆け上がり、サンも慌ててついていった。
「ド、ドモンが消えたというのは本当か!ナナ!」
「ええ・・・目の前で消えちゃったのよ。んぐ」
ナナの呑気な受け答えに拍子抜けするカール。
あれ程落ち込み、食事すら取れなかったナナが、モグモグと何かを食べながら答えた。
サンはまた震えながらナナの横に座って抱きつき、「大丈夫よ」とナナが片手で抱きしめる。
エリーもヨハンと抱きあって震えているのに、ナナだけが落ち着いていた。
「な、なぜお前はそんなに落ち着いておるのだ??」カールだけではなく、ヨハンやエリー、そしてサンも不思議だった。
「だって初めてじゃないもの。ドモンが消えるの。サンだって見ていたんでしょう?ドモンや私が白くなって消えるところを」
「あ?!ああ!!!!!」
ナナの言葉でサンは思い出す。
白い粒子となり、異世界へと戻った時の様子を。
ドモンが消えた時のそれとそっくりだったのだ。
それを見るまではナナも憔悴したままであったが、ドモンの体が白い粒子になって消えた瞬間、ナナはドモンの存在を感じ安心した。
ドモンは何らかの理由で傷が癒えてきたこの体が必要になり、取りに来たのだと。
きっとドモンは戻ってくる。それに必ずナナのところに帰ると前に言っていた。
そう思えた瞬間、ナナの腹の虫は大合唱を始めてしまい、パンに焼いた鶏肉を挟んで食べた。
ドモンがいない今のうちだと、焼肉のタレをたっぷりかけて。
「で、でも御主人様がもし復活なさるとしたら、一体どこからやってくるのでしょうか?」
「そりゃあの異世界の出入り口に決まってるじゃない。すべり台のお風呂でしばらく過ごしたあの場所よ」
「だとしたらどうやってここまでやってくるのでしょう?もしかしたら今頃すごく困っているのでは???」
「あ・・・」
サンとナナが会話を終えるなり、カールは階段を駆け下り、大慌てで馬を屋敷まで走らせた。
その直後、これまでで一番大きな鐘の音が響き、赤かった空は闇に染まった。