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第175話

それから数時間後。

夕暮れ時から夜になりかけた時間に、街に新型馬車が一台帰ってきた。

その馬車には犯人達四人が縛られ乗せられている。


何があったかを屋敷でカールに報告をした騎士は殴られた。

ただ騎士は反論もすることなく、その拳を顔で受け止める。

痛いほどカールのその気持ちがわかるからだ。


殴られ「悪い冗談でした」と言えるならば最高だ。その後処分されてもいい。

騎士は泣き崩れた。カールよりもずっと先に。



あまりに悪いタイミングで屋敷の子供達がやってくる。

泣いている騎士と、顔を真っ赤にして唇を震わせているカールを見て「ど、どうしたのよ?」と女の子がまず声を上げた。

てっきりドモンが乗った馬車が到着したのだと子供らは勘違いをしていたのだ。


カールはありのままを語った。

もうこの先きっと誤魔化しきれないと悟り。


それでも子供らは「そんな事あるわけないじゃない」と小馬鹿にして、各自部屋へと戻った。

ただ全員、晩の食事は取らなかった。



長老の家に横たわるドモンの亡骸。

サンはそのドモンの顔に必死に薬草を塗りつけていて、「また怪我をして・・・奥様に怒られちゃいますよ?」と話しかけている。

ジルも一緒に薬草を塗っていて「もう少し必要ね」と薬草を取りに森へ向かった。


ナナはあれから一言も言葉を発せずにいる。

グラは新型馬車の中へ閉じこもり、エリーももう一台の新型馬車の中に入って泣いていてヨハンが付き添っていたが、ただナナやサンの様子も心配で、ずっとソワソワとしていた。


何かあってはドモンに申し訳が立たない。命をかけてでもみんなを守る。ヨハンはそう考え、涙をしまった。


その晩と翌日の朝、ゴブリン達が簡単な食事を用意したものの、誰ひとり手を付けるものがいなかった。

ドモンが買ってきた酒だけが消費される。弔い酒だ。


サンとジルは徹夜でドモンに薬草を塗り続け、ナナはそれを一睡もせず、ボーッと眺めていた。



太陽が天高く真上に上がった頃、カール達が馬車で村に到着し、ドモンの亡骸を見て大声で泣いた。

ここまで泣いたのは恐らく赤ん坊の時以来。

周りで一緒になって泣いていた貴族達がカールを支えなければならないほどカールは泣き崩れ、サンとジルがそれを不思議そうな顔で見ていた。



「奥様~少しだけ御主人様の傷がまた癒えてきましたよ~」とサン。

「これはまた薬草を取ってこないとならないわね」とジル。

「やっと目と口が少し開いたわ」とナナも薬草を塗るのを手伝う。


「もう・・・そっとしておいてやれ。ゆっくり寝かせてやるんだ」絞り出すような声で皆に告げるカール。


「御主人様は『俺は死なない』とおっしゃられていました。御主人様は約束を守ります!」当然といった顔のサン。

「そういやそんなこと言ってたわね」とナナが言いながら、燃えてチリチリになってしまった部分の髪の毛をナイフで切っている。

ふたりがそう言ってるなら、きっとそうなのだろうと少し気持ちが落ち着いてきたジル。


「さっさと起きろドモンよ・・・此奴らも待っておるぞ?」


カールはそう言って涙を拭い、ドモンに向かい笑顔を見せた。





「さっさと起きなさいこのバカ土門!!」

「うー」


ベッドの上で悶え苦しむドモンに、辛辣な言葉を投げつけるケーコ。

薬を塗りながら眠りもせず、必死にケーコは看病を続けていた。



ドモンは焼け死に、真っ暗闇の中にいた。

闇の中に大きな橋が見えはじめ、それを渡るといつも見慣れた街が見えてくる。



大きな交差点の信号を左に曲がると、左手に二軒のパチンコ屋。

片方は古い店で床も木の板であり、建物の老朽化によってもうすぐ店じまいをする。残念無念。

昔からこの店で羽根物のパチンコを打つのが好きだった。


その先には大きくてお洒落な服屋があるが、ドモンは入ったことがない。

服は量販店やスーパーの二階の衣料品売場に限る。



この服屋の向かいにもビルに入ったパチンコ屋があり、ドモンはいつもそこに新台を運ぶのが仕事であった。ここではドモンは運送業者なのだ。

そういった関係であるため、ドモンはそのパチンコ屋でパチンコを打ったことがない。一応関係者は打てないというルールになっている。


半地下、半二階という面倒な作りの店舗で、搬入は裏口から。

店の目の前にトラックを停めているというのに、いちいち裏から回らなければならないのが非常に面倒である。



二軒のパチンコ屋とおしゃれな服屋を通り過ぎ暫く進むと左手に脇道があり、そこに入った後の最初の角には見知ったゲームセンター。

一軒家の一階と二階の一部分を改造して、テーブルゲームが並んでいる。


中で遊んでいる人はなんと一杯10円で、古い自販機の甘ったるいコーヒーを買って飲むことが出来る。

紙コップは自分で置かなくてはならなくて、うっかり忘れた日には悲しい結末を迎える事になるから注意が必要。


ドモンは小さな頃からここで遊んでいたが、少子化や、家庭用ゲームやスマホとパソコンの普及により客足も減少し、近々店を畳むと聞いた。

「そろそろその役割も終えたと思う」とこの店の後継ぎである、ドモンの幼なじみの元女の子が言っていた。昔は可愛かったのに現在はなかなか立派な体型。「ババアになった」とつい言ってしまい、ほうきを持ったその元女の子に追いかけられたことがある。


そのゲーセンを越えて、もう少し行った車の修理工場の隣のアパートがドモンの家。


正確には『夢の中でよく行く街』でのドモンの家だ。

ドモンはその街で普通に結婚をして、子供達と一緒に暮らしていた。


ただ妻と子供の顔にはモヤモヤがかかっていて、どんな顔なのかは知らない。

それでも幸せだった。


みんなで出かけることもあったし、一人でドライブに行くこともある。

ただいつも家族や友人達、同僚達にも言われていたことがある。


『あの橋を渡ってはいけない』


この街に来る時に渡ってきた橋のことだ。

どこに行ってもいいが、その橋にだけは近づいてはいけないといつも言われていたのだ。



そう言われると行きたくなってしまうドモン。

早朝皆が寝静まる頃、ドモンはこっそり車を走らせてその橋へと向かった。

すると驚くべき事実が発見される。


その橋は途中で途切れていたのだ。


よく考えてみれば、この橋を渡ってここにやってくる時は、いつも橋の途中からであった。

ドモンは驚き、路肩に車を停めて橋の途切れている先端まで歩いて近づく。


橋の先端から恐る恐る顔を出して下を覗き込むと・・・そこには大きな川があり、河原には数え切れないほどの頭蓋骨や石が敷き詰められていた・・・。


「へぇ・・・三途の川って橋がかかってるのか。途切れてるけど」


ここが天国か地獄か、ただのあの世かはわからない。

橋の向こうには自分が生まれ育った、見慣れた札幌の街並みが見えている。



「行くな!」いつの間にかここにやってきた同僚がドモンを引き止めた。

「どうしてここに近づいたんだ!!」この街でのドモンの親友。


「やっぱりまた行っちゃうのね。子供達もいるのに・・・本当に自分勝手なんだから」とモヤモヤ顔の妻。そのそばにはモヤモヤ顔の子供達。


「またそのうち来るよ。きっとな」


ドモンは皆に別れを告げ、橋のそばにかかる、これまた途切れた階段を降り、途中から身を投げ出すように川へと飛び込んで、泳いで向こう岸まで渡った。

ここでようやく全てを思い出す。俺はまたこの川を泳いでいるのかと。



『いつものように』息を吹き返したドモン。

ふさがった瞼が開き、ようやく目が開いたと思えば、見慣れた自宅の天井。


「やっぱり夢オチかよ!!」


そう叫ぼうとしたが、口が開かないことに気がつく。

その瞬間、顔を含む上半身に信じられないほどの痛みが走った。それは夢などではなかった。


「うぐぐ・・・」


なんとかスマホをポケットから取り出し、ネットがつながっていることを確認し、ここが元の世界だと改めて確認。

かろうじて動いた指でケーコに連絡をする。


「大怪我。自宅。助けて」


ハァハァと肩で息をしながら既読になったことを確認し、『死んで異世界で生まれ変わるんじゃなく、異世界で死んで元に戻るってなんだよ。話が違うじゃねぇか』と頭の中で文句を言っていた。





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[一言] 灰(までにはなってないが)の中から甦る男ドモン
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