第166話
「何なんだみんな一体・・・」
「・・・・」
長老は黙っていた。
確実にそうとは断言できないが、もしそうであるならばそれは恐ろしい能力だと感じたからだ。
ドモンの汗の匂いは女を発情させる。
そしてドモンから手を繋げば、ドモンに好意を持ち、その感情が爆発する。
強い意思を持てば抵抗も可能だが、それこそ長老クラスの力が必要であり、その長老もギリギリ助かったのかどうなのか自分自身も分からない。
ナナも最初に押し倒された時点で手を握られており、ケーコも同じ経験をした。
薄着の女達がいる店で飲んだ時も、酔って手相占いの話になり、その後おかしなことになっていた。
当然ドモンは無意識だが。
こんな能力をドモンがもし悪用をすれば、大変なことになる。
それに実際にそれを知れば、ドモン自身も恐らく苦悩する。
長老はそう考えて黙っていたのだ。
「長老、みんなに異世界のものを食わせてやりたいのはやまやまなんだけど、流石に食材が足りなくなっちゃうんだよ。なので何かないか?」
「え、えぇそうでございますね。芋やかぼちゃといったものならございますけれど、料理にはあまり向かない食材でございますね」
「いやいやそれで十分だよ!どこにある?」
「こちらでございます。ではご案内致しますね」
「ありがとう」と、歩き出した長老の手を無意識で握ってしまったドモン。
先程までの流れでついうっかりと。
「!!!!!・・かっ!・・・くふぅ・・・手を・・・」
「あぁごめんごめん!つい長老とも手繋いじゃったハハハ」と慌てて手を離す。
「ふぅふぅ・・・ふぅ~ん~」
「だ、大丈夫か長老?」
ドモンの不意打ちに長老も完全に堕ちた。
もうこの能力をドモンに伝えることは、やろうとしても出来ない。
それに気づいた事自体、もうどうでも良くなってしまったのだ。
「おお!芋はさつまいもだったか!」
「サツマイモ??ですか??」
「ああ、この芋のことを俺の国ではサツマイモと呼んでいたんだ。和名じゃ流石に伝わらないわな」
実は和名で伝わるものもいくらかあったが、サツマイモは伝わっていなかった。
少し困ることもあるし、その意味もわからないが、日本語が通じる時点でもう意味がわからないので、今はもう気にも留めていない。
「それにかぼちゃも立派なかぼちゃだ。これはいいおかずになるよ。使っていいか?」
「ええ、是非」
かぼちゃを持とうと前かがみになった長老のオーバーオールの前の部分がたるみ、横から全てが丸見えに。
「はぁん、重たいですわ」と胸を揺らす。
当然、全てが計算づくである。
その隙間にドモンが手を差し込んだ瞬間、ドモンはサツマイモの山の中へ頭から突っ込んだ。
額に青筋を立てタックルをかましたナナがハァハァと息を切らす。
「まったく油断も隙きもあったもんじゃないんだから!」
「ええ、本当に」と長老。
「あなたのことよ!長老さん!!」
「あら?」
ナナの言葉にすっとぼける長老。
サンとジルが、芋の山からドモンをうんとこしょ!どっこいしょ!と両足を持って引っこ抜く。
ふたりが「まだ抜けない~」と声を揃えると「俺はでかいカブじゃねぇ!」と言いながら、ガバッとドモンが起き上がってきた。
「ドモンも反省!」とナナ。
「もうほぼハニートラップのようなもんだぜ長老・・・」とドモンはヤレヤレ。
「ウフフ、ドモン様の気を引きたくてつい・・・お詫びとして今村の者達が、森に罠を仕掛けております。うまく行けば何かしらの獣の肉が手に入るかもしれません」
「そりゃいいな!猪の肉でも手に入れば、美味い鍋も出来そうだ」
「それは長老さん、絶対にお詫びしてよねニヒヒ!」
「ウフフフそうでございますね」
すっかり和やかムードになり、サツマイモとかぼちゃをたくさんかごに入れて、村の中心へと戻る一同。
「まずはちょっとしたデザートでも作ろうか」
「このお芋知ってるよ?焼いたり茹でたりする以外食べる方法あるの?王都の方ではミルクとバターでお菓子を作ったりするみたいだけど」
「スイートポテト的なのはあるのかな?でも今回はちょっと違うよ。サンとジル、あと手の空いている女性陣、芋をきれいに洗ってくれ。皮は食べるから剥かなくていい」
「はい!」「はい!」
ゴブリンの女性や女の子達、そしてエリーも「手伝うわよ」とみんなで芋洗い。
「はいは~い!私は?応援以外!」とナナ。
「今回のナナは出番が・・・あります!!」
「えぇ?!」
まさかの出番に驚いたナナ。
「洗った芋を乱切りにしていって欲しいんだよ」
「乱切りって?」
「ナナが普通に切れば勝手に乱切りになるから気にすんな」
「ふぅん」
芋を洗っている女性達の頬が膨らみ、真っ赤な顔で芋を洗い続けている。
「そうそうその調子だナナ!いやぁ本当にヘッタクソだなぁアハハ」一斉に吹き出す音が響き、サンは地面に転がり「く、くるしい・・」と窒息していた。
「どういう意味よ!」
「乱切りってメチャクチャに切る切り方なんだよ。ほらお前、頑張ったら勝手にメチャクチャになるだろ」
「じゃあ私にぴったりじゃないの」
「だからそうだって。ナナは乱切りの天才だ」
「やったわ!」
フンフンと鼻歌を歌いながらお尻を振りつつ乱切りを続けるナナ。
機嫌が良い時にお尻を振るのはナナの癖である。
「サンは大きな鍋と小さな鍋、醤油と砂糖、そして油を持ってきてくれ。芋を揚げるんだ」と倒れているサンをヨイショと起こすドモン。
「ふぅ・・・ふぴぃ・・・か、かしこまりましたぁ。ジルお願い」
笑いすぎて出た涙を手で拭いながら、サンとジルが馬車まで走っていった。
すぐに戻ってきたふたりがドモンに物を渡していく。
あれだけの会話で、ザルや網、菜箸なども持ってきたサンは流石である。
大きな鍋で油を温めている間、小さな鍋に砂糖や醤油、水を入れて煮立たせていく。
ゴブリンの女性達は嗅いだことがない醤油の匂いに興味津々。
水の中につけていたナナが切った芋の水気を取り、煮えた油の中に投入。
長老を含むゴブリンの女性達が慌てて後ずさり。
「懐かしいわねぇナナ。私達も初めて見た時は驚いたもの」とエリー。
「怖かったものね・・・まあ今もちょっぴり怖いんだけども」ナナも少しだけ後ろに下がった。
「サン、小さな方の鍋の中はどうなってる?」
「なんだかぷくぷくしてきましたぁ」
「いい頃合いだな」
カラッと上がったサツマイモを小さな鍋の方に入れ、ちゃちゃっとタレを絡ませる。
最後に黒胡麻をふりかけ、皿の上に盛った。
「出来たぞ。これが俺の国のさつまいもスイーツのひとつ『大学いも』だ」
「わぁ!お芋が輝いています!!」皿を受け取ったサンが目を見開く。
「い、いい匂い・・・ド、ドモン?」とナナの手が伸びる。
「待てナナ触るな!!すごく熱いんだ、それは。それに今食べても不味くはないけれど、冷めて少し砂糖が固くなった方がカリカリして美味しいんだよ」
ドモンの言葉で慌てて手を引っ込めたナナ。
「てな具合なんだけど、作ってみたい人はいるか?やり方は見てただろ?」
「で、では私が・・・」と手を上げたのはナナ似のゴブリン。
ナナ似ということもあって、なんとなく心配をしたドモンであったが、ナナとは違って手際よく料理を進めていく。
「上手ねぇ!うちの店で働いてほしいくらいよぉ」というエリーの言葉に喜ぶナナ似のゴブリン。
「なんか・・・なんかだわ」と納得いかないナナ。
「あの騎士が嫌になったら俺の所に来いよ。ナナと交代で」と冗談を言って、ナナに抓られるドモン。
その場をサンとジルとナナ似のゴブリンに任せ、ドモンは次の一品へ。
温泉から戻ってきたヨハン達に手伝ってもらいながら、かぼちゃの煮物を完成させた。
こちらも嗅いだことがない出汁と醤油の香りに、ゴブリン達は目を瞑ってクンクンと匂いを嗅ぎ、期待に胸を膨らませている。
そんな時、この日一番の大きな歓声が上がり、振り向いたドモンが誰よりも大きな声を上げることとなった。