第161話
出発の朝。
先発した荷馬車とゴブリンの村で合流予定。
ビニールプールも片付けるということで、サンとジルが早起きをして最後にもう一度遊ぼうとしていた。
「サン起きてる?」
「うん、早くお湯を沸かして入りましょう。騒いじゃだめですよ?起こしちゃうと怒られてしまいます」
「わかってる・・・というか、御主人様と奥様っていつもこうして寝ているの?」
「・・・・」
コクリと頷くサン。
『あんたが私と毎日どうやって寝てるかみんなに言うわよ!!』と以前屋敷でチキンサンドを食べた時にナナが言っていたが、これがその答えだった。
ナナの腕枕の中、抱かれたドモンが双丘に挟まりフガフガしている。
ドモンのイビキがうるさかったのと、傷ついたドモンを癒やすため、いつの間にかこれが当たり前となり、今では逆にこうしていないとナナの方が落ち着かない。リアル抱き枕状態。
テントから出てお湯を沸かしながら「でもあれはまだマシな方で・・・たまにその・・・赤ちゃんみたいに」とサンが顔を赤くする。
「ミ、ミルク出るのかな?」
「そんなことあるはずがないでしょジル・・・と思います・・・」
あの大きさならばあるいは・・・と、考えるふたり。
「あーあ羨ましいなぁ~サンの胸じゃ駄目かなー」
「ちょっとサン!しー!心の声がジャジャ漏れしてるわよ!」
沸いたお湯を持ちながら、思わず声が漏れたサンが赤い顔をした。
「フゥ・・!」ザブン。
「キャ・・!」ザブン。
繰り返される水飛沫を上げる音。
必死に声を殺していたが、ドモンとナナはやはり目覚めた。
ただ今日が最後だということもあり、この日だけは目をつぶりふたりをそのまま遊ばせ、テントの中で抱き合ったまままどろんでいた。
その結果ナナの顔が朝っぱらからツヤツヤになり、ゴキゲンであった。
「おはようサン、ジル」
「あ、奥様おはようございます!」楽しくてニコニコ顔のジル。
「おはようございます奥様!申し訳ございません、やはり起こしてしまいましたか・・・ん?あれ?」サンは何か異変に気づく。
あとから大あくびをしながらやってきたドモンにタタタ・・・と裸で駆け寄り、「おはようございます御主人様」と挨拶を済ませるなりスンスンとあちこち匂いを嗅ぐサン。
「な、何してんだよサン」
「スンスン・・・脱いでください御主人様。お風呂入りますよ」
「あとで入るから!」
「だめ!今!うー!」
ジルにはサンがなぜ怒り出したのかさっぱりわからなかった。
ナナは服を脱ぎながら鳴らない口笛を吹く。
「もう~朝からちょっとした隙きにぃ~!他の皆様もいらっしゃるんですよ今は!」とサンは怒り心頭。
「ごめんごめん」とドモンはナナに向かってヤレヤレのポーズ。
「次はサンに・・」とサンがナナに向かって訴え、「まあ仕方ないわね」とナナもヤレヤレのポーズ。
ジルだけがやはりさっぱりわからない。
「ねぇサン、何が次なの?」
「え?ああ・・・ウフフ」
「何よウフフって」
「ジルにはまだ早いですよ。お子様だもんね」
ジルに向かってフフンと得意げなサン。
「ま、まさか・・・ここ数日の間に御主人様と・・・」
「イヒヒヒ」
これ以上ないというくらいショックを受けたジル。
「俺はほとんど記憶に無いんだけどな」と、ナナに体を洗われながら憮然とした表情のドモン。
「まあちょっとした事故でもあったしねアハハ」と笑うナナに「笑い事じゃないってば」とドモンが口を尖らす。
そこで何があったのかをサンがジルに正直に話をした。
「ご、御主人様の下の処理って一体・・・」
「いや、言い方・・・もう確かにそうなんだけども。とにかく酷かったんだよ、頭も体もはち切れそうになって、幻覚も見えてさ。途中夜空が笑ってたり、森の木に犯されてるのも見えた」
そんなドモンの話もジルの耳には届かない。
あまりにショックを受けたジルにナナが「もう私だけじゃどうにもならなかったし、サンに手伝ってもらったみたいなところもあるのよ」とフォローをした。
「御主人様が元気になったので、サンの体を好きなように御主人様にいただきますしてもらっただけですよウフフ」と笑うサン。
その言葉に目を見開き、サンの方を向くジル。
「お、おかしいよサン・・・」と呟きながら、それを羨ましいと思える自分を全力で否定する。
愛し合って、心が通じ合って、それでならわかる。
だけどサンのは違う。なのにそれを羨ましく感じ、ジルの思考が狂いそうになる。
よく考えれば長老もおかしなことを言っていた。
ドモンもサンの発言に対して困った顔をしている。
だからきっとドモンのせいではない。
ジルだけが覚える強烈な違和感。
その違和感の中、ジルの思考もついに堕ちる。
「わ、私にもお情けをください!御主人様のお好きなように、ご自由に・・・」
「ズルいジル!サンを!サンの方が美味しいです!!」
ドモンに向かってお尻を突き出すサンとジル。
「こら!」とナナが呑気にふたりのお尻をペチンペチンと叩いた。
ドモンはドス黒い何かを必死に抑え、ザブンと一度お湯に潜り顔を洗ってからビニールプールの栓を抜いた。そして空気も抜く。
「ああ~サンのすべり台が~」
「サンのではないわよ?」
「うぅ・・・」
しょんぼりするサンをナナが宥め、身支度を整えて出発前の最後の食事。
「出たぁ!白い四角いパン!!」と米ではないのにテンションが上がるナナ。
「今回はとんかつソースもマヨネーズも買ってあるから、少しはマシなパンが食えるぞ?」
「あの時も十分美味しかったわよ?」
「まあ任せとけ」
冷凍物のとんかつではあるが、今はこれでも立派な食事。
フライパンに多めの油を注ぎ、とんかつを揚げる。
食パンに挟んでソースとマヨをかけてみんなに渡していく。
「はいよっと。結局キャベツがないからまだ本物とは言えないけれど、何となくこれが俺の理想のカツサンドだよ」
ドモンからカツサンドを受け取り皆笑顔。
早速ナナが一番にかぶりつく。
「んっがぁぁーー!!んん~~あっつ!・・・けど、おいっしー!!カツがザックザクで肉汁がジュワジュワで!!」
ナナの言葉にビクンと反応したザックとジル。
ふたりが驚いた意味がわかったサンが、食べる寸前で吹き出した。
「お兄ちゃんはまだいいじゃない。私なんて名前の前に『肉』が付いているのよ?」
「何を言ってるんだジル・・・黙って食べなさい」と呆れるザック。
「ナナ、『にくじる』じゃなく『にくじゅう』って言うんだぞ。まあそれでも通じるけどな」
「え?そうなの?へー」
ドモンの説明にモグモグとしながら納得するナナ。
サンが腹を抱えながら「に、肉ジルに通ジル・・・ジルがいっぱいねプププ」と敷物の上に転がっている。
「うわぁ・・・どうしたらお肉がこんな風になるの?本当に・・・」ナナが言ったことに納得するジル。
「もう俺達はドモン様にすがるしかないな。いつか教えてくださいドモン様。この食事も」何故か涙が溢れるザック。
「そうだな。小麦粉が手に入るようになれば作れるようになるよ。全部が全部俺に任せとけとまでは言えないけどさ、出来る限り俺も協力するから」
「ドモンに任せとけばなんとかなるわよ。ね?サン・・・って、もういい加減起き上がって食べなさい!」
ナナがそう言って振り向くと、サンはうつ伏せで地面をパンパンと叩きながらまだ笑っていた。
「もうサンの分食べちゃおうっと!あむ!」
「あ!!あぁ~~!!!うわぁぁぁぁん!!!!!」
お皿に置いてあったサンの分のカツサンドにかぶりついたナナ。
大号泣したサンだったが、すぐにドモンが自分の食べかけのカツサンドをサンの口へと放り込んだ。
「ん!んっふぅ・・・御主人様のタバコの味・・・ふぅ~ん・・・」
「ああごめんごめん!ほら、新しいの作るから取り替えてやるよ」
「だめぇ!!これでいいです!!これがいいです!!!うー!」
「わ、わかったから怒るなよ・・・」
両手で大事そうに抱えながらちびちびとかじるサン。
一口かじる度に蕩けるような顔を見せ、皆呆れていた。
「さあそろそろ出発しよう」
騎士とザックは御者が運転する馬車へ、ドモンとナナはサンとジルが運転する馬車へと乗り込み、ゴブリンの村へと出発した。