第159話
「よし!なんとかなったようだな。あのバカ者がまったく・・・」
ようやくカールは本当の意味で安堵した。
ドモンの荷物のせいで、冷凍倉庫となる部屋をひとつ作る羽目になったのだ。
屋敷にも当然食料保存用の冷蔵庫や冷凍倉庫がある。
屋敷にいる人数が人数だけに相当な量を保存できるようになっていて、普段は食料を入れ替えながら、常にほぼ満タンの状態になっていた。
「店の冷蔵庫に入らなかった物を、ちょっとだけ預かってくれないか?」とドモンに頼まれうっかり安請け合いし、馬車が二台やってきたのだった。
店にはダンボール一箱分ほどしか保存できなかった。
倉庫の食料を減らせば確かに保存できなくはない。
ただ屋敷の者達も普通に生活はあるわけで、ドモンだけのものにするわけにはいかない。それに次々と新たな食材も運ばれてくるわけで、それも保存しなくてはならない。
大慌てでギルドに氷の魔石を大量発注し、大勢の大工も雇い、新たな冷凍倉庫を作った。
当然とんでもない大出費である。
しかしカールは怒っているわけではない。
ドモンの馬車がこちらに向かっているとの第一報を聞いた時には、グラとガッチリと握手をし声を上げた。
そこにドモンはいなかったものの、無事帰還したと報告を聞き、昼間からワインを飲んだ。
カールがどれだけ安堵したのか?それまでどれだけ不安だったのか?
それを一番知っている奥さんが「ウフフ・・・随分と機嫌が宜しそうねカルロス」と笑う。
「それは仕方あるまい」馬車からの荷降ろしを見ながらカールも笑った。
「お父様の方にもお知らせしても?」
「ああそうしてくれ。寧ろ知らせずにいたのを知れば、我らが大目玉を食らうであろう」
「フフフそうですわね。それではその様に」
ふたりが会話を終えるなり、そばにいた侍女から騎士へとあっという間に伝令が飛んだ。
子供達は逆に少しがっかりした様子。
荷物の殆どが生鮮食品な上に、「俺が戻るまで開けちゃ駄目だぞ」とドモンのメモが付いていたのだ。
流石に勝手に開けるわけにも行かず、その殆どがダンボールのまま保存されることとなった。
ただひとつを除いては。
これが、今回の騒動の原因だった。
一つの荷物に小さな箱が付いていて、そこにもドモンのメモが貼られていた。
『コック長へ これがサンとの結婚式で出す予定の例のカレーライスだ。裏に作り方が書いてあるから、作ってこっそり試食してくれ。よくわからなかったらカールやグラに聞けば分かるから』
ただそれだけのこと。
だがしかし、それが屋敷にいた全員にあっという間に伝わってしまった。
子供らやまだ食していない貴族達、そして当然一度食べたことがあるカールやグラにも。
カレーライス20皿に金貨50枚を出すとまで言うほどの物が、今目の前にある。
それにより、緊急会議が行われることになった。
子供達や奥様達も会議にははじめての参加だったが、まさかカレーを誰が食べるか?という、ドモンが聞けば笑いを通り越して呆れかえるであろう議題。
「まず手紙にあるように、コック長、そして私とグラティアが食すべきであろう」立ち上がり、力説するカール。
「何を言っておる!コック長はまだ分かるが、二人は食べろとは一言も書いておらぬではないか!」貴族のひとりが反論。
そして子供達からも反論が出る。
「何もひとり一皿にして、十人で分けることはないではありませんか!」
「そうよ!少しずつ試食すればいい話だわ!」
子供らの意見には母親達、そして騎士や侍女達も頷いた。
このままだと食べられる可能性が低いと判断し、それならば少しずつでもいいから分ける事を提案したのだ。
「それでは披露宴の時の楽しみを半減させる」だの「ドモン殿の本意はそこではない」だのと三日三晩言い争われたが、結局貴族の男達が強権を振るい、我が物とした。屋敷内は少しだけ険悪な雰囲気に。
が、コック長は敢え無くカレー作りに失敗してしまい、シャバシャバのカレーになってしまった。
カールとグラ以外の貴族達はそれでも大喜びをしたが、本物のドモンのカレーを知っている二人からしてみればあまりに残念な結果であり、コック長を激しく落ち込ませる結果に。
サウナの件やカレーの件、ゴブリンの村の温泉の件、預かった食材やその他の土産物のことなど、皆ドモンの帰還を更に待ちわびることとなった。
一方その頃、荷物を積んで発車した荷馬車を見送ったドモン達は、皆で呑気に鍋をつついていた。
ウオンで買ってきた魚介類を使用した海鮮鍋で、騎士は大喜びしつつも、また報告義務の事を考えてぐったり。
アップルパイの件で子供達に嫌味を言われ、焼肉の件でせめてタレだけでも持って帰れば良かろうと責められ、散々な目にあった。
温泉に関して言えば、奥様連中だけではなく侍女達にまで「少しでも汲んできてくれればいいのに気が利かない」とため息を吐かれる始末。
しかし今食べている物は、それらを大きく超えてしまっている可能性があるのだ。
御者と顔を見合わせ一度箸を止めた騎士だったが、数秒だけ何か考えたあと、もう考えるのをやめて一心不乱に鍋を食べた。
奇しくもザックもまったく同じ事を考えており、頭に浮かんだ長老の姿を消して鍋を食べている。
食事を終えたサンがジルを誘って早速お風呂へ。
お湯を沸かしながら、フンフンと鼻歌を歌いつつ服を脱いでいく。
「ほらドモンも入るわよ」とナナも服を脱ぐ。
「待て待て!もう誰も居ないわけじゃないし、ジルだって恥ずかしいだろ。水着を着ろみんな」と珍しく正論を吐いたドモンだったが、「イヤよ!お風呂で水着なんて」とナナが構わず裸になってしまった。
「じゃあジルだけでもサンの水着借りたら?」と提案するも、今度はサンが「ジルは御主人様の前では裸になれないのですか?あ!そうかまだ・・・ウフフ」と妙な含み笑い。
「ジルには無理ですねぇ。さあ御主人様、まずはお体を流しますよ。早く脱いでください」とズボンを脱がせにかかるサン。
ドモンがそんなサンの手を払い除け、大慌てで皆の元へと戻り「絶対に覗かないように!」と釘を刺した。
への字口で首を横に振りながら真剣な目をしたドモンの姿を見て、その意図はしっかりと伝わっている。女性陣が暴走したのだと・・・。
「サ、サン・・・一体何があったのよ?脱ぐわ、脱ぐわよ!私だってそのくらい・・・」とジルが脱ぎ始めたところにドモンが戻ってきた。
森に響くジルの叫び声とサンとナナの笑い声。
「ほらドモン、お風呂が冷めちゃう。早く脱いで」
「ふぅ・・・やっぱり裸が一番ですね奥様」
ここ数日ですっかり裸族の生活に慣れてしまったふたり。
サンが自分の肩からお湯をかけるとブルっと震え、すぐにナナが「ドモンほら、サンを連れてってあげて」とふたりで茂みの中へ。
スッキリとした顔のサンが、ナナに当然のように体を洗われていた。
「だから!一体何があったの~!」
叫ぶジルを不思議そうに見つめるサンとナナ。
「誰もいない時にずっと裸で過ごしていたからこうなっちゃったんだよ・・・ふたりにとってこの風呂は俺以外男がいないことになってるらしいな・・・」とドモンも困惑。
「それに今サンと茂みに・・・」
「ふたりとも一度俺にバレてからはもう開き直っちゃったんだ。同じところでずっと生活してたら変な話、大も小もバレバレだしな」
「うーん」
ドモンの言葉に顔を赤くするジル。
覚悟を決めて、えいやとジルも服を全て脱いだ。
「ほらジルも一緒に洗ってあげるから」とナナがボディーソープでジルの体を洗っていく。サンはドモンを。
「うわっ!なんですかこれ??いい香り!!」
「御主人様が買ってきた異世界の石鹸ですよジル。気持ちいいでしょう?」
サンの言葉にウンウンと頷くジル。
ジルは体を洗う石鹸を使うのが初めて。
「はいジル、手を上に上げてね」
「あぁ奥様・・・背中にあの・・・うぅん」
羨ましそうにジルを見ているドモンの背中に、サンが必死にしがみついていた。
「さあジル!すべり台で遊びましょう!」
「う、うん・・・」
「見ててね!こうやって滑るの!キャキャ!!」ザブンと派手な水しぶきをあげるサン。
「こ、怖いわ・・・それに御主人様が下にいてその・・・」と、今更ながらモジモジ体を隠すジル。
「大丈夫ですよ~滑るのも見られるのもすぐ慣れます。私もそうでした」とニコニコしながらジルの背中を押すサン。
「ちょ!フォオオオオ!!」
怖がっていた割に一番エンジョイした声をあげるジル。
サンと同じ様にひっくり返って丸出しになってしまうも、楽しさの方が百倍勝ってしまい、すぐにどうでも良くなってしまった。
「サン!早く早く!!今度は頭から後ろ向きに滑ってみる!」
「だめジル!きちんと遊ばないと危ないんだから!めっ」
「じゃあふたりいっしょに滑ろうよ!ほら抱っこしてあげる!」
「危ないってばジル!!ああ!!キャキャキャ!!!」
ドモンが二人が上げた飛沫を頭からかぶる度に、ナナがドモンの顔を拭く。
「あれではジルもきっとお尻真っ赤ね。今夜は眠れないわよ」
「下着も穿くだろうし服も着るからまあ寝るくらいなら大丈夫だろ」
「え?」
「ん?」
すっかり今日もまた裸で寝ると思っていたナナ。
今日は下着をつけるのかと落胆していたが、「お前は普段から下着つけて寝ないし、どうせ着たとしてもネグリジェ一枚だろうに」とドモンに言われ、「まあそうね」と納得した。
ドモンと出会った日から、ずっとそうだった。
ドモンと並んで寝る時に、下着なんて付けたことがない。
いつからこうなったのか?それまではどうしていたのか?
何故かナナはあまり思い出せない。
気がつけばそれが当然であり、そして今度は気がつけば裸で眠るのが普通であると思いこんでいた。
もう恥ずかしがることもなく裸で遊び続けるサンとジルを見ながら、ナナは少しだけそれを怖く感じたが、それがドモンのせいであるならば、それはそれでいいんだと無理やり納得していた。