第153話
「お前、さっきも漏らしてこれに着替えたんだろ?ならもうそれ以上落ち込む必要ないだろ?」
「さっきのは酔ってわからないうちにだったから・・・脱げなかったのは同じだけど、途中でクラクラしちゃって倒れちゃったしね」
「それと何が違うんだよ?」
不思議顔のドモン。何かをフルフルと振って中に仕舞う。
「具合の悪い時とかおねしょとか驚いた時とかは、まあ仕方ないじゃない?そこにはその意思はなかったわけだし。不意打ちみたいなもんで」
「まあそれは分かるよ」
「今回のはそうね・・・ドモンの大切なあの青いズボン、おしっこしに行って急に脱げなくなったのを想像してみて?理性があるまま徐々に限界が迫るのよ?」
「・・・ああ、なるほど」
水着とはいえ、これもナナが大切にしていた異世界の衣装。
ただでさえ一着汚してしまい、もう二度と汚すまいと思っていた。
だからそうなってはいけないと、盛り上がっている話の途中でもそれを打ち切って用を足しに来たのだ。
なのに解放寸前で止められた形。それもその守りたい物に。
パニックになりドモンを呼んだが、どうにもならないのであれば、呼ばない方がまだマシだった。
妻として、女性として、一番見られたくない姿をこれから見せることになる。
その意思がなく出てしまったならば、最初に言った通り仕方ないことだし諦めもつく。エスカレーターでもちょっぴり汚した。
だが今回は違う。『これから醜態を晒す』という事を『自分がすでに知っている』のだ。
それまでのその要らぬ猶予が・・・あまりにも残酷な我慢の時間だった。
そしてドモンからは漏らしているところが丸見えだというのに、大きな胸のせいで、自分だけがその部分を見られないという羞恥。生き恥。
ナナのその顔があまりに哀れ過ぎて、ドモンは横に並んで一緒に立ちションをしたのだ。
「ねえドモン・・・嫌いにならないで」
「気にしてないってば。ほら着替え持ってくるから脱いで待ってろ」
「ごめんなさい・・・」
みんなが不思議そうな顔でドモンを見つめる中、素知らぬ顔でさっと馬車に入り、着替えと下着をこそっと持ってナナの元へと戻る。
「脱いだか?水魔法か何かでキレイにしたか?」
「自分に魔法はうてないのよ・・・」
「うーん仕方ないな。じゃあ脱いだ水着に水魔法かけて、それを絞って体を拭こう」
「わかったわ。ウォーターボール!」
ザブンと脱ぎ捨てた水着に水をかけ、絞ったその水着でナナの体を拭くドモン。
いつもはナナがこうしてドモンの体を拭いてあげているのだけれども、今回は逆の立場となってしまい、ものすごく悲しい気持ちに。
しかもドモンは服を着ていて自分だけが裸で。その上、この拭いている様子すらも自分からは見ることが出来ない。胸の隙間からかろうじてドモンの頭だけがチラチラと見えていた。
「うぅ・・・うびぃ・・・」
「ほら泣くなよ。もうキレイになったぞ?服を着ろ。みんな飯待ってるから」
「ド、ドモン・・・少しだけお仕置きして。そうじゃないともう、気持ちを切り替えられる気がしないの」
「・・・・ほらお尻突き出せ」
パーンと一発森の中に響き渡る。
ナナは少しスッキリした。
もちろん、今ドモンの前で粗相をしてしまったお仕置きでもあるが、やはりナナはドモンに一度怒ってもらいたかった。
いつも酷い叩き方をしてしまっている自分を。
さっきはドモンとサンに助けられたが、それでもまだ少しだけ心の中がもやもやしていたのだ。
ドモンから受けたお仕置きで、そのもやもやがようやく晴れていった。
「お、奥様何があったのですか?大丈夫ですか?!あれ?着替えてる??」と駆け寄ってきたサンに、「ごめんね。ちょっとだけ大変だったというかなんというか・・・心配するほどのことではないんだけど」と気まずそうな顔のナナ。
「ほらほら、みんなご飯だよ」とドモンが誤魔化す。
「パーンって聞こえて・・・」
「あ、あのね、さっきの服・・・水着がどうしてもすぐに脱げなくて、ドモンの前で立ったままおもらししてしまったの。だから私、お仕置きしてもらって」
サンの言葉にナナはもう観念して、正直に話した。
「ご、御主人様の目の前で・・・立ったまま・・・」
「そうよ。脱げずに漏らしちゃうなんて最低よ・・・それで水着を脱いで裸になって、ドモンに拭いてもらってたの。もう悲しいし恥ずかしいしで」
「涙浮かべて『終わりだわ。見てドモン、ひとりの人間が終わるところを』って言いながら漏らして、切なそうな顔してたなアハハ。で、お仕置きしてくれって言うから裸のままパーンと」
「奥様が・・・そ、外なのに裸で・・・御主人様からお仕置きを・・・」
衝撃を受けるサン。ドモンがなんとか笑い話にしようとしたが、サンだけが立ち直れないほどショックを受けていた。
「サンも脱げなくなる下着が欲しい・・・」
「サンってば!?何言ってるのよ??」サンの言葉に驚くジル。
「そ、そんな物あるわけないじゃない!本当に何を言いだすのよ!」とナナも驚く。
「アハハ。実は売ってるんだけどなそれも。貞操帯って言って、主人の鍵がないと脱げないんだよ。男用も女用もあって、我慢させたり浮気防止に使ったりするんだ」
「!!!!!!!!!」
「ええ~?!何でもあるのねあっちには・・・ドモン用に買えば良かったわアハハ」
「言うと思ったよ。さ、肉を焼き始めるぞ」
「はーい」とジルが良い返事。みんなも目の前のその肉に目を輝かせている。
サンだけがドモンとナナの会話に衝撃を受け続けていて、それをドモンに装着されるところを想像して真っ赤な顔をしていた。
ドモンが網でジュウジュウと肉を焼き始めると、一同から感嘆の声が上がる。
「薄く切ってあるけど、これがとにかく美味しいのよ!ほんっとうに!私達がどうして今までこういう風に食べてなかったのか不思議に思うわよみんな」ナナが箸で焼いている肉をひっくり返す。
「も、もう食べていいのでしょうか?」ジルはキョロキョロ。
「このタレはもしやスペアリブの時の??」と御者。
「あの時のとまた種類が違うけど、まあ似たようなもんだ。きっと美味いよ」と言いながら、ドモンが「これとこれはもう食えるぞ」と指を差した。
「みんな見て!こうやってまずお肉をこれにつけて、お米の上でポンポンするの!そしたらこうやって一緒に食べるのよ・・・・ん?んがぁああああ!!おいっしーー!!」
軽々とその期待のハードルを超えてきた激ウマ高級焼き肉に、ナナは叫び声を上げる。
「こ、これはまた大変な物を食べてしまった・・・どうしたものか・・・」と騎士が頭を悩ます。これもやはり報告せねばならない。
御者は言葉を失い、そして体が何度も何度も震えた。
「美味しい!!サン!!すごいよこれ!!こんなこんな・・・」驚きでジルが目を見開く。
ジルもまた困惑した。もう元の食生活には戻れないことが完全にわかったためだ。
「こ、これが御主人様の国の美味しいお米とお肉・・・夢にまで見た・・・うぅ・・・」
モグモグと米と肉を口に含みながら、サンは思わず涙する。
ただ顔は蕩けるような笑顔。が、すぐに困った顔になった。
「あれー?どうしてお肉が溶けて無くなっちゃうのでしょう~?!」
「わかる!分かるわよサン!ウフフ」
「初めて食べた時のナナとまったく同じこと言ってるなアハハ」
幸せに食べていたのに、口の中から勝手に無くなってしまってきょとんとした顔のサンに、ナナとドモンが笑う。
「このタレにつけると、お野菜も美味しいですね!」とサンが焼いたピーマンなどを食べ、ジルも真似をして「ホントだ~!」と喜んだ。
「私は野菜なんか食べてる場合じゃないの!お肉!このお肉を食べないとならないの!」
「だからお前はそんな体になったんだよ・・・親子揃ってミルクはがぶ飲みするし」
ナナの言葉に呆れるドモン。
ムチムチダイナマイトボディーはこの肉食で出来ているのは明らか。
食後の口の中のニオイ消しにミルクをがぶ飲みするのはエリーの直伝で、恐らくそれも巨乳化の原因のひとつと考えていた。
「御主人様お肉!お肉をもっとください!あとミルク!」
「わ、私も・・・」とサンに続くジル。
「だからお前らはそのままで十分可愛いっての」
「や、やっぱり奥様みたいになりたいです・・・そして同じような服を着たいです・・・」
サンは何の引っ掛かりもなく、いつもあっさり服が脱げるし、スポンと脱がされてしまう。
「私と同じ体で同じ服着たら、脱げなくなってさっきみたいに酷い目にあうわよ。本当に恥ずかしいんだから。それに服を着るのも毎回一苦労するのよ」とナナ。
「そうだぞ?それに肉ばっかり食ってるからすごいニオイだったんだから。サンはそんなに臭わないけども」とドモンがさらっと言った。
「えぇ?!」
「え!!」
「えー!!」
ナナはニオイを嗅がれていたことに驚き、サンとジルは色々バレていたことに驚いた。
ドモンの嗅覚もまた、ジルと同じかそれ以上だったのだ。
「で、でももう私は今更よ!もう夫婦だしドモンに隠すことなんて何もないから、これから用を足す時はドモンに手伝ってもらうし、私もドモンの面倒を見るわよ。将来ドモンの介護だってするかもしれないんだから!」
「それは否定できない・・・なんかちょっぴりスケベっぽい話から急に真面目な話になるけれど、夫婦にとっての介護の問題、特に下の世話は一番の課題だ」
ナナの言葉にふざけるでもなくそう答えたドモン。
すでに人生の折り返し地点を迎えたドモンにとっては切実な問題。
「サンも結婚して家族になるんだから、将来一緒にドモンの世話をするかもしれないし、ドモンと私がサンの面倒を見るかもしれないのよ?」
「じゃあこれからサンの用足しも俺とナナがついていって見てやるか」
「そうね。サンは小さいからドモンが両足持って抱えてあげるといいわ」
「え?え?えぇ?!」
ナナとドモンの悪ふざけに困惑したサンだったが、結婚、そして本当に家族になるということの現実味を感じ、気持ちが舞い上がった。
「は、はい!はい!!頑張りますのでよろしくお願い致します!!」
屋敷にいた時には考えられなかった将来の姿。
それが今しっかりと見え始めた。
そんな将来の自分を想像して涙を浮かべながら、サンは笑顔でそう答えた。