第152話
「まったくお前達は何をやってんだよ。上も下も・・・」
米を炊き始め、戻ってきたドモンが呆れる。
「らって、こんなにキツいお酒だとは思ってなくて・・・甘くて美味しいからたくさん飲んだら目が回って・・・」
「せっかくのケーコと選んだジーンズも汚しちゃって」
「アハハすぐに脱げなかったのよ確かヒック」
フラフラのナナがそう答えながらテントの中を掃除している頃、サンは四つん這いになって草むらの中でげぇげぇと吐いていた。
「ごじゅじんざば~ごべんなさ・・・オロロロロ!!」
「サン・・・お前はそういうの絶対やっちゃ駄目なキャラなのよ多分。サンまで向こうの服をこんなに汚しちゃうなんて」
「ああ~~!!うぅ~~!!オボロロロロ!!うわぁぁん!!」
「はいわかったからもう泣かない。今着替え用意させるから早く脱げ。急いで洗えば大丈夫だきっと」
サンの背中を擦り、ドモンはジルの元へ。
ふたりの着替えを持ってやってきたジルは、この様子を見て絶句した。
「奥様大丈夫ですか?!それにもうサンったら・・・」
「私は大丈夫よ・・・着替えありがとう。ちょっとサンを見てあげて」
きれいに掃除したテントの中でそそくさとナナが着替え始めた。
「はい!ちょっとサン大丈夫?こんなに汚しちゃって」
「ジルぅ・・・ごじゅじんざまの前で戻しちゃっだぁぁ!嫌われるぅ!!ウッ・・・?」
「待ってサン!!堪えて!!」
「うわぁぁん!ジルにも嫌われたぁ!」
ジルに抱きつこうとしたが、思いっきり突き放されてしまうサン。
泣くわ喚くわ吐くわで埒が明かないので、茂みの中に連れて行ってジルが服を脱がせ、ナナが水魔法でサンを丸ごと洗って、ようやく落ち着いた。
「ジルごめんな。俺がやっても良かったんだけど、ほら、流石に男には見られたくないこともあっただろうし」
「いえいえ!私は大丈夫ですからお気遣いなさらずに!でもまあ確かに・・・サンは気にしていました。嫌われちゃうって」
すやすやと眠ったまま、ドモンに抱っこで運ばれるサンを見たジル。
その顔が幸せそうで少し羨ましい。
「はら?御主人様がいる?夢かなぁ?御主人様が二個あるの」
「サ、サンってば!夢じゃないわよ?それに御主人様は二個って言わないのよ?」
「二個あるからジルに一個あげる・・・」
「こ、こらっ!」
まだ酔いが覚めずに寝ぼけたままのサン。ジルが注意をするもドモンは「いいよいいよ」とニコニコ笑っている。
ピンク色の少しモコモコしたパーカーとショートパンツ姿のサンは、いつにも増して子供のよう。
そんなサンを抱えたまま、作ったかまどの前の敷物の上へドモンが座る。
そこへ着替えを終えたナナもようやくやってきた。
まだ酔いは覚めきらず、フラフラとしながら現れると、それを見た騎士と御者はギョッとした。
「お前は何という格好してんだよ・・・」
「ジルがこれを持ってきたのよ」
「奥様の服と書いてあった箱から取り出したのですけれど・・・ごめんなさい」
ジルが用意した服は、ドモンと買ってきたハイレグの水着であった。
「お前はそれ泳ぐ時に着るやつだってわかってるだろ?一緒に買ったんだから。どこで泳ぐ気だよ」
「まあどうせ後で脱ぐし、別にいいかなって」
「脱ぐ気満々なのもおかしいだろ・・・というか、お前まだ酔ってるだろ?」
「私は酔ってない!ヒック」
ヤレヤレと苦笑する騎士と御者。
ドモンはジルにサンを預けて、焼肉の準備に取り掛かった。
「あ、そうそうジル、酔ってる時のサンを抱っこするとキス魔になるぞ?」
「え?!」
「私は脱ぎ魔よ!ヒック」水着のまま胸を張るナナ。
「何を威張ってるんだよ。お前は黙ってろ」
「・・・・」
呆れながら去っていったドモンと困惑するジル。
恐る恐るサンの顔を覗き込むと、赤ちゃんのような寝顔ですやすやと眠っていて、ジルは少し安心する。
頭の天辺の匂いを嗅ぐと、汗の匂いが混ざったミルクのような匂いがして、思わずきゅっと抱きしめた。
その瞬間であった。
「大好き!ちゅ」
「ふみゅ!?」
「御主人様・・・はむ」
「ぶはっ!違う違う!私よ!サンってば!!ん、んぐ・・・」
サンとジルを見ながら爆笑するナナと、苦笑する騎士と御者。
目を開けて、ジルの顔を見たサンが、一気に酔いを覚まして飛び上がった。
「もう!ジル何をしてるの?も~!」
「わ、私じゃないよ!サンが御主人様と間違って私に口づけしてきたのよ!」
「ち、ちが・・・」
「アハハ!ジルの言ってることは本当よサン」とまだナナが笑っている。
「ドモーン!お肉まだー?あともう一杯飲みたーい」
「タレの準備とかしてるからもう少し待ってろ。そしてまだ飲むのかお前は。ほら飲みすぎるなよ?」
今度は安ビールを渡す。
出会った時に一緒に飲んだもので、ナナは「懐かしい!」と喜んですぐに飲み始めた。
こんな酒で向こうでの嫌な事を忘れてくれるなら安いものだとドモンは思っていた。
「そういえば奥様、御主人様の世界はどうでした?」と正気に戻ったサン。
「うーん、不思議だったわ・・・良い事も悪い事もあった・・・」
ナナがビールをまたゴクリと一口飲む。
「まずは驚かれたわ。私の格好を見て」
「お前の格好というより、ナナの体を見て一番驚いてたと思うぞ?はっきり言って。こっちでも規格外だけど、向こうでは特に規格外中の規格外だよ」
焼肉のタレの入った皿を配っていくドモンが話を補足。
「あ、あと吸い込まれる階段ね。あれは怖かったわ」
「す、吸い込まれる階段?!」
ほぼ全員が同時に驚きの声を出す。
「自動で上に上がったり下に降りたりする機械の階段があるんだよ。階段自体が動いていて。ナナは最初怖くて逃げちゃってさククク」お米を配りながらドモンが笑う。
「あ、当たり前じゃない!みんなも想像してみてよ!!階段が動いているのよ?!ニョキニョキと」身振り手振りで説明するナナが、興奮に任せて何故か受け取ったお米を食べ始めてしまった。
「あら食べちゃった」「何やってるんだよ。肉を待て」というやり取りにサンの頬が一気に膨らみ、耐えきれず「ふぴっ」と吹き出した。
「ニョキニョキの階段はどこから出てくるのですか?」とジルは不思議顔。
「手前から次々と階段が生えてきて、最後はその階段が吸い込まれていくの」
「それは私でも恐ろしいです・・・」と騎士。
「エレベーターも驚いたわ!小さな箱があって、それに乗って上の階や下の階に移動するの」
「へぇ~!」
「小さくて殺風景な部屋で、ドアが自動で閉まって閉じ込められて、ポーンって鳴ってドアが開くと違う風景になっていたから、私もう怖くて怖くて」
「ただ階を移動しただけだってその仕組みを何度も説明して、ようやく納得してたもんな」
焼肉用に買った高級肉のパックをバリバリと開けていく。
ナナだけがその味を知っていて、異常なほど興奮して、その場でぴょんぴょんと座ったまま水着姿で跳ねている。
「それと私が貰ったカバンを取ったギャンブルってなんですか?あ!それよりも奥様!可愛いカバン本当にありがとうございました!お礼が遅れて申し訳ございません!」とサンが頭を下げた。
「私もありがとうございます!もこもこしたお人形!」とジルも感謝。
「いいのよ。ドモンに甘えて無理やり何度もやったんだウフフ」
「そこでえらい金使ったんだぞ?換金した後ならともかく、もうこれを使ったらおしまいだってくらいしかお金ない時に」
「だって欲しかったんだもん。面白かったし・・・それでね!あ、ちょっと待って私おしっこしてくる」
唐突に話を一度切り上げて、言わなくてもいい宣言をしてから茂みの中に入った。
この世界ではこれが当たり前のことなので、それに関しては何も思わないが、わざわざはっきりと宣言する人はあまりいない。「用を足してくる」で通じる。
ドモンがゲームセンターの説明を皆にしていると、茂みの中から「ドモーン!!」という叫び声が聞こえ、ドモンが大慌てで飛び込んでいった。
用を足してる時、獣などに襲われるのが危険なのは、どこの世界でも一緒。
すっかり油断していたドモンが焦りながらナナの元へと駆け寄ると、「ああああ!!」と断末魔の声を上げていた。
「どうしたナナ?!大丈夫か!!」
「もう駄目ぇ!!お、終わる・・・見ないで・・・」
「どうしたんだよ!!」
「どうやっておしっこすればいいのよこれ!」
「・・・・」
ワンピースタイプの水着なので、当然上から全部スポンと脱げばいい話。
しかしこういったタイプの着衣が初めてだったのと、周りに他に人がいないとはいえ野外だったということもあり、上から全てを脱いで全裸になるという発想を完全に頭から消去していた。
なので水着を横にズラして用を足そうと思ったが、胸のこともあって水着がピッチピチでありそれは不可能。
脱げない、ずらせない、塞がれているの三重苦の中で、ナナはもがき苦しんでいた。
頭は駄目だと言っているのに、体は勝手に出そうとする。しかし理性がそれを止めている。だがそれでも溢れる。
自分の中で起きた謎すぎる悲しいホコタテ対決に、ナナは悶絶しながら最後はついに諦めた。
「終わりだわ。見てドモン、ひとりの人間が終わるところを」
「いやさっさと脱げよ」
「もう遅いのフフフ」
肩を組み横に並んで立ちションをするドモンと一緒に、涙目で満天の星空を見上げながら、ナナは地面と水着を濡らしてホカホカと湯気を出していた。