第150話
「嫌われちゃったなぁフフフ」
ゆっくりとケーコもドモンの元へと向かう。
純粋なナナにはこの世界は似合わない。
ドモンと一緒にすぐに元の世界へと戻るべき。
アイスを食べるナナを見ながらケーコはそう考えていた。
ただケーコがやってきたことは嘘ではなかった。
ドモンと一緒にいると、その衝動をなぜか抑えられなくなってしまうのだ。
ドモンが断末魔を上げる度に感じる快感、罪悪感、後悔。圧倒的な悦楽と満足感。
骨折させる事への抵抗も徐々に無くなっていく。少し腕をつねるような感覚。
ドモンもそれに徐々に慣れていく。
なのでドモンにとって骨折など突き指するのと感覚が変わらないのだ。
そんなある時、左膝が反対に曲がるほどケーコが蹴り飛ばすと、ドモンは絶叫しながらヨダレと涙を撒き散らし転げ回り、ケーコの快感は頂点を極めた。
それを何度も何度も・・・ドモンが寝ぼけている時、スケベな事をしようとしてきた時、もしくは何もしていない時に繰り返し続けたのだ。十年以上。
ケーコはドモンがいなくなり、自身が狂っていたことを知る。
ケーコの性格や生活は元に戻った。が、心にはポッカリと穴が空いたままだ。
そこへドモンから連絡があったのだ。
あんな目にあい続けていたにも関わらず、性懲りもなく。
ケーコの心は弾んだが、それと共に怒りも湧く。
もはやケーコにとってドモンは麻薬と変わらない。
そしてそれはケーコだけの事ではなく、ドモンが学生時代から社会人、パチプロ時代から遊び人としてフラフラしているこの歳まで、あらゆる人からドモンは暴行を受け続けている。
笑顔がムカつくと、金属バットで頭をフルスイングされたこともある。異世界でもそうだった。
そして毎回こう言われる。『お前が何かやったのではないか?』と。
それがドモンの日常であり、だからこそ「よくある事」だった。
ケーコがドモンと出会った頃は、いつもそれを心配していた立場だった・・・はずなのに。
「早く帰った方がいいわ。あなた達にとっても、私にとっても」
ケーコは自分にそう言い聞かせて、涙を手で拭った。
「ドモン・・・ドモン・・・・」
ナナは早くドモンに会いたくなり、もう乗り慣れてきたエレベーターにひとり飛び込んで、屋上へのボタンを強く押した。
ケーコの話を聞き怒りが湧いたナナだったが、そんなナナにも身に覚えが、同じような気持ちがあった事に気がついた。
そこまで強くお尻を叩くつもりはなかったはずなのに、気がつけば自分が止められなくなり、それが快感となる。
お尻だけではなく、頭を何度も強く叩いたこともあった。暴行を受けて怪我をした頭だというのに。
最近は周りから止められてようやく収まることも多いが、もしその時ドモンと二人だけだったならば、更にエスカレートしていたかもしれない。
いつからこうなったのか?どうしてこうなったのか?
ドモンが悪い事をしたせいだし、そのドモンだって悪戯にお尻を叩いてくることもある。
しかしそれでも、自分の手が腫れ上がるほどドモンを叩いてしまうのはやはりおかしい。
この世界やケーコに対する嫌悪感と同じくらいナナは自分への嫌悪感が湧き上がり、それをすぐにでも消したくて必死だった。
ドモンに会って謝りたいのか、抱いてもらいたいのか、叱られたいのか、ナナにはもうわからない。
それでもただ早く顔が見たい。ポーンと音を立てエレベーターのドアが開く。
「ドモン!!どこドモン!!」
くるっと振り向いたドモンは呑気にニコリと笑っていた。
今のナナにはその笑顔が一番きつい。
忘れたい。帰りたい。帰って元の生活に戻り、ドモンと笑って暮らしたい。もうここには居たくない。
「おうナナ、ちょっと手伝ってほしいんだ。ゴブリンの子達の服ってさ・・・ん?どうしたナナ?」
「ドモン・・・もう帰る!もう・・・一緒に帰ろ?私達の世界へ」
「あ、ああ、帰るけど、あれ?ケーコは?何かあったのか?」
「・・・・」
もう会わないでという言葉が出てこない。
ナナも同罪だと思ったからだ。
皆に裏で陰口のように酷い事を書き込まれ、ケーコが今迄やってきた事を聞き、この世界の全てに吐き気がした。
そのはずなのに・・・それ以上に自分に対して吐き気がする。
ナナの頭は混乱していた。
ポーンと鳴り、ケーコも屋上へとやってきた。
「ナナ、ごめんね。嫌な気持ちにさせて」
「ケーコ、何があったんだ??」
「ネット見せちゃったのよ・・・あと私の事も話した。私があんたにしてきた事も」
「それでか・・・」
ケーコの言葉にドモンは苦い顔をした。
「違うわ違う!私も一緒なの!この世界の人達と私も一緒だったの!うぅ・・・」と泣き出したナナ。
「何言ってんだよ。ナナは違うよ」
「私もドモンを叩いた!力いっぱい何度も何度も!!」
「アハハ何を言ってんだよ」
ナナの告白に笑いだすドモン。
「ナナは、叩いたんじゃなく叩き直してるんだろ?曲がった釘を真っ直ぐにするように。俺が悪いんだ」
「え・・・?」
「ケーコだってそうだよ。ほっとくと俺はすぐに道を外しちゃうからな。それになんやかんや言ってても、結局こうやって面倒見てくれるし良い奴なんだよ」
「ち、ちが・・・」
ドモンの言葉にナナもケーコも言葉が詰まる。
ドモンは何事もなかったかのように鼻歌を歌いながら、仕分けの終わった荷物を自動ドアの向こうへと順番に放り投げていた。
「うぅ・・ドモン帰ろう。そして好きなだけ抱いて。サンやジルも抱いていい。向こうで好きなことをして生きて欲しいの」
「な、何言ってんだナナ。急にどうしたんだよ・・・?」
ナナは涙を浮かべながら、人目も憚らずドモンに抱きつく。
もの凄く苦しそうな顔のナナを抱きしめ返しながら、ドモンは急いで帰ることを決意した。
「私はそんなこと許さないわよ。許せない。でも・・・」
「ケーコ・・・」
ケーコは涙を堪え、歯を食いしばった。
「ケーコ!残った金貨全部やるよ。額縁のやつと、あと残りはこの中に入ってる」
「・・・・」
金貨の入った袋をケーコに投げたドモン。
こんな物いらない!もういらないからずっと・・・
ケーコはその言葉を飲み込むため、また歯を食いしばる羽目となる。
「お店の人達もありがとう。もしまたいつか来た時は頼むよ」
「その時はすぐにお知らせください」
荷物を全て異世界へと届け、憔悴しきったナナを抱え自動ドアをくぐると、二人の体は白い粒子となってあっという間に消えていった。
ようやく我慢することもなく涙を流したケーコ。
金貨の入った袋を開けると、異世界のタバコと、ドモンが結婚式の時にしていた銅貨70枚で買った安物のシルバーリングが一緒に入っていた。
ケーコがドモンから貰った、最初で最後のプレゼントである。
ちなみにその後ナナの本物のファンクラブが出来、有志達により誹謗中傷は一掃されたあと、日本はおろか海外の各方面からもファンクラブやウオンなどに問い合わせが殺到し続けていたが、当然連絡がつくはずもなく、世界中が失望することとなった。
この世界の人々は、自らの手によってその女神を永遠に失った。