第146話
「じょ、冗談だ!離れろ離れろ!逆効果だ!」
ドモンが左右の二人を押しのけ立ち上がり、「ケーコ!さっき言ったようにナナに服を買ってやってくれ!とりあえず俺は一度トイレに行ってくるから」と走り去っていった。
胸の奥から湧き上がる何かの衝動を必死に抑えつける。
「ふぅ・・・あいつの匂いを嗅ぐと発情するでしょ?ナナも」とケーコがため息を吐いた。
「え、ええ・・・普通に汗臭い匂いなんだけど、なぜだか嫌な匂いじゃないの」ナナもハァと息を吐く。
「そっちの世界でも好き勝手やってるんじゃない?」
「いえあの・・・は、はい・・・でも本人なりに我慢もしてるんだと思います」
「まあそうみたいね、今の様子を見ると。前ならこのままトイレに私達を連れ込むか、別の女のところへ転がり込んでいたと思うわよ」
ケーコの言葉を否定することはナナには出来なかった。
ただドモンのことを色々と知っていくうちに、ナナはそんなドモンのとまり木になろうと思っていた。
だから結婚前に『必ず私の元へと帰ってきてください』とナナはお願いをし、そしてドモンは『必ずナナのところへ帰るよ』と約束してくれたのだ。
ナナはそんなドモンを信じ、ドモンも自分なりにそれを守ろうとしている。
それをケーコは知らなかった。
「さあ、服を買いましょうか。ドモンがまた我慢できなくなるくらいのね」
「はい!」
試着を繰り返しながら、最初に買った服はピッチピチのニットのサマーセーターのワンピースであった。
本来はそこまでピタピタになるものではないが、ナナの体だとどうしたってギリギリのピッチピチ。
ネグリジェの時と同じように、膝あたりまでの丈であるはずが胸の分だけずり上がり、勝手にミニスカ状態に。
そこへようやく落ち着いたドモンが合流した。
「な、なんて服着てるんだよ・・・ボディコンじゃねぇか」
「表現が古いわね。おじさん丸出しじゃないの」ケーコが苦笑する。
「うるせぇ。童貞を殺すなんちゃらも真っ青だなこれは。というか、俺も殺されそうなんだけど」
「私はドモンを殺さないわよ!何言ってるの?!」
意味がわからず憤慨するナナ。
興奮して死んじゃうというような意味だと知ると、腰に手を当てエヘッと笑いながらドモンに向かってセクシーにナナが踊ってみせる。
「とりあえずこれでいいわね。このまま着ていくって伝えるわ」
「はい」「マジかよ!」
元のナナの服を紙袋に入れてもらい、上機嫌のボディコンナナがドモンの腕に絡みついた。
しどろもどろの様子のドモンを見て、ケーコがゲラゲラと大爆笑。
「元の服より視線が集まってるじゃねぇかよ・・・余計目立つよ」
「私は平気よドモン。ドモンが喜んでくれるならもっとスケベな服着ちゃう」
「ちょっとあんた、この子大丈夫?」
流石のケーコも心配になるほど。
しかしゴブリンの長老とのやり取りにより、ドモンの期待に応えようと、そのタガがすっかり外れてしまったのだ。
もちろん恥ずかしさはあるが、ドモンのためなら何だって出来る。ナナは今そう思っていた。
「ケーコ、これはこれでいいんだけど、常識的に分かるだろ?それに今は目立ちたくないんだよ」
「まあ少し冗談が過ぎたわね。夜のデートならまだしも、ウオンで買い物する格好ではないか」
「そういうことだ。そして俺はちょっとスーツとか買ってくるからあと頼むよ」
「はいはいいってらっしゃい。さあナナ、他の店にも行くわよ」
二手に分かれ、ドモンはカールのスーツや服やジーンズを、ナナは自分の服とエリーの服をケーコと買いに行く。
カールとドモンはほぼ同サイズという事もあり、思っていた以上にサクサクと買い物を終えた。
一時間後に合流すると、ナナはTシャツにスキニージーンズというラフな格好になっていた。
「この子、何を着せてもエロくなっちゃうわ」
「そりゃしょうがないんだよ。異世界でも何着ててもそうなっちゃうからな。ウェディングドレスですら特注でボインボインのエロエロだったし。それでも母親よりもずっとマシなんだぜ?」
「そうみたいね。今そのお母さんの服ってのを選んできたんだけど、殆どの服が入らないっていうのよナナが」
呆れに呆れるケーコ。
そしてナナはドモンの格好を見てボーッとしていた。
「ドモン、何その格好・・・」
「ああ、これはカールのスーツだよ。試着してそのまま着てきちゃった」
「素敵・・・素敵よドモン。本当に貴族様みたい。ううん、それよりも格好いいわ」
「そ、そうかな?まあ久々にスーツなんて着たよ」
恥ずかしそうに頭をかくドモン。
貴族っぽい格好いいスーツをと店員に頼んだら、6つボタンのダブルのスーツを着せられ、すっかりイタリアの伊達男のような格好に。
煽てられすっかり図に乗り、他にもベストやらネクタイやら大量に購入し、それだけで30万以上使ってしまった。こっそり自分の分も購入。
「あんたのスーツ姿なんていつ以来?殆ど見た記憶が無いわよ?」とケーコ。
「冠婚葬祭とか以外なら25年ぶりかな?」
「で、煽てられてこんなに買っちゃったと・・・」
「た、頼まれてたんだよ、向こうの友達に」
山ほどの服をカートに積んで赤い顔をするドモン。
お金があればあるだけジャブジャブ使ってしまうのは、どこへ行ってもいつでも変わらない。
「と、とにかく!荷物もいっぱいになったから一度屋上へ戻ろう。一旦向こうの世界に送るぞ」
なんとか誤魔化し屋上へ戻ったドモン。
またメモを付けて自動ドアの外へと次々と放り投げていく。
「本当に不思議ね。そしてこっちに戻れないなんて可哀想に」
「ああ、まあ多少不便だけど俺はもうあっちの世界の方がいいんだ。異世界の方が性に合ってるみたいでな。未練も何もない」
「あっそ」
「俺の母さんにもよろしく言っといてよ。あとさっきの額縁の金貨もやるからさ、俺の支払いとか頼むわ」
抱きつくナナに「邪魔すんなって」と引き剥がしながら、ドモンは作業を続ける。
「ようやく帰ってきたと思ったらこれだ・・・久々に天気も悪いし・・・フン」
ドモンの胸ポケットからまたタバコを一本抜いて、駐車場でタバコに火をつけたケーコ。
連絡があった時は『やっぱり私がいなきゃ何にも出来ないんだから』と少しだけ喜んだ。
そんな自分が恥ずかしいしムカついた。
あっちの世界の方がいい?未練も何もない?ふざけるな。
いたらいたで何かとやらかし腹が立つし、いなけりゃいないでイライラさせる。
ならばきっぱりと縁を切ればいいのに、なぜか出来ない。
それに対して殺意すら湧いてくる。その衝動が止められない。
「ケーコ、お金半分持っていって、リサイクルショップで服や鞄をありったけ買ってきてくれないか?それで何軒か行ってきてほしいんだよ」
「なんで私がそこまでしないといけないわけ?」
「お前しかいないんだよ。頼むよ。向こうの人達にあげたいんだ。子供達にも」
「・・・・わかったわよ。じゃあ行ってくるわ」
あなたは私に何かくれたことがあったかしら?
ケーコはその言葉を飲み込み、車に乗り込んだ。




