第141話
「あぁひっさびさの米だな」
「ハァハァ・・・ドモン、食べていい?食べるよ?はぁ、はぁ~いい匂い!!」
もう待ちきれないとまずは米から口に放り込んだナナ。
米の味以外何も味付けしていないはずなのに、その米の味に頭の中がしびれた。
「あぁ・・・懐かしい・・・故郷の味」
「いやお前の故郷、主食はパンだろ」
「し、知らないわ」
「まあよく考えたらさ、俺、サンの結婚式にはカレーライスだぜってみんなに言い回っちゃったんだけど・・・どう考えても全員分の米は持って帰れないよな?」
「あ!!そんな事したら私達の米がすぐに無くなっちゃうじゃない!」
「そうなんだよ。だからなんとかカールに米を調達してもらえないか相談しないとならない」
「うーん、米はあるにはあるけど、こんな美味しい米はあったかなぁ?」
「色々試食して、味の近い米を探すしかないな。そしてそれを食べつつ、領内で育てていく」
おにぎりの味を噛み締めながら、本屋で稲作関係の本も買わなければならないと頭に入れたドモン。
「そうだ。サン達にもこのおにぎりをあげよう。ちょっと買ってくるわ。ここから動くなよナナ」
「う、動かないわよ。絶対すぐに帰ってきてよ?」
「必ずすぐ戻る。誰かに『あなたの連れの人が呼んでますよ?』と言われてもついていっちゃ駄目だぞ?」
「え?駄目なの?!」
異世界人の純真さというより、ナナの純真さに呆れつつ、思わず笑みが漏れる。
「駄目だ。ここにいろ」と頭を撫で、食料品売場のある一階へと移動した。
鮭のおにぎりを7個と山わさびのおにぎりをひとつ買い、小さなダンボールに詰めて蓋をし、メモを書く。
『ラーメンの食べ方分かるか?早く食べないと伸びちゃうから、猫舌のサンは特に気をつけるんだぞ?ラーメン食べる時はおしゃべりは控えるように。あとこのおにぎり食べてくれ。1,2,3の順に引っ張って黒い三角を作るんだ。出来たらガブッとかじって食べろ。以上』
あいつら必ずまずスープから味見してのんびり食い始めるんだよなぁと、カールのパスタを食べるような高貴な食べ方を思い出し、吹き出しそうになるのを堪えた。
山わさびのおにぎりはドモンのお茶目なイタズラ。
エレベーターに乗ってナナのところへドモンが戻ると、ナナがもぐもぐと弁当を頬張りながら「怖かったよ~!」と足をバタバタさせていた。
話を聞けば、ポーンと鳴ってドアが開く度に違う人が出てきて、ドンドンと不安になっていったらしい。
エレベーターの仕組みを説明して、ナナはようやく納得がいった。
「さてこの荷物も届くかな?」屋上の駐車場が見える自動ドアの前にドモンが立つ。
「他の人は普通にこのドアを出ていってるのになんだか不思議だわ」とまだ弁当をパクついているナナ。米粒一つ残す気はない。
それ!と外に向かって投げると、空中でダンボールがまた消えた。
「届いたみたいね。あぁとんかつ美味しい・・・でもドモンの方が何倍も美味しいわ。お世辞じゃないわよ?」
「まあそれは出来たてじゃないからな。温め直したらどうしてもそうなるんだよ」
「それでもドモンのが美味しい!」
モグモグしながらニコっと笑うナナ。
その横に座りながらスマホの電源を入れると、みるみる機嫌の悪い顔になっていった。
「わかってるわ!わかってるけど!その人に連絡しなきゃどうにもならないんでしょ!わかってるわよ!」
「連絡どころか下手すりゃこれから面と向かって会わなきゃならないんだぞ?頼むよ」
「その人ともスケベなことしたの?」
「・・・長く一緒に暮らしてたんだよ・・・」
ドモンの告白にこれ以上ないという程ヤキモチを焼いたナナ。
過去の事だとわかってはいても心の奥底がムズムズしていた。
「しばらくぶりにネットに繋がるから、たくさん連絡きてるかもしれないな」
「どういうことよ?女の人?」
「いやほら、旅に出ていて、知らないうちに家に手紙がたくさん届いてるかもしれない・・・みたいなことだよ。女とは限らないってば」
「ふぅん。本当でしょうね?」
ブーンとスマホが鳴り、久々に電源が入った。
少しするとピロンとメッセージを受け取る音が鳴る。
「まあ確かに何ヶ月も家を離れてたから、友達とかからもたくさん連絡来ているでしょうね。心配もするだろうし。女の人ばかりじゃありませんように!」と冗談で祈りのポーズを捧げるナナ。
「・・・・」
「どうしたのよ?」
「ああ、2件だった。母親と例のその知り合い」
「ええ?!それだけ???」
「うん・・・は、恥ずかしいな、なんか・・・」
しかもその内容は、母親から「物干し竿が壊れた」という報告と、女からは「邪魔なので早く荷物を取りに来い」というもの。
それをナナに伝えるとすぐにその意味を理解し、ドモンを強く強く抱きしめた。
「と、突然姿が見えなくなったというのに・・・誰も・・・お母さんですら心配してないだなんて・・・」
「まあ普段からフラフラしていたからねアハハ」
男友達からの連絡もなく、女性からは冷たい一言。
結婚式での『元の世界では人に嫌われることも多かった』というドモンの言葉を思い出すナナ。
そしてそれはドモンの言う通り、この世界だけの話ではなく、向こうの世界でも集団暴行をされ、結婚式では討伐までされかけた。
『もしかしたら俺は本当に忌み嫌われる存在なのかもしれない』
その時、『そんな事ない』とナナは小さく呟いたが、それは本当だったのだ。
ナナの目からドッと涙が溢れ、ドモンを抱きしめたまま歯を食いしばる。
『俺には家族が何かまだわからない』
『それから友達と遊ぶこともなくなって保育園でも一人ぼっちになり、誰のことも信じられなくなっちゃったんだ』
ドモンの言葉を次々と思い出し、ナナはもう息をするのも苦しいほど咽び泣いた。
「私は・・・私はたとえ地獄だってドモンについていくわ。覚悟なさい。うぅ・・・」
「どうしたんだよ急に泣き出して・・・大丈夫か?なにか辛いことでもあったなら言えよ?」
「エヘヘ私は大丈夫!うぅ大丈夫よ・・・ねえドモン!お母さんに結婚したこと報告してみたら?」
「そ、そうだな。じゃあナナの写真も付けて送ってみるよ」
この場でカシャッと一枚写真を撮り、母親に結婚報告をしたドモン。
少し遠くにいて連絡は取れないけれど、元気に暮らしてるから安心して欲しいとメッセージも添えて。
疑われるのも嫌なので、ツーショット写真も一枚送った。
しばらくして、ピロンとドモンのスマホが鳴る。
「へ、返事がきたの??」
「うん・・・」
「お母さんはなんて?喜んでいた?心配してなかった?怒られなかった?私もう少しきちんとした格好にしたら良かったんじゃないかな?」
ドモンが笑いながら画面をナナに見せる。
『了解』
返信はただこれだけだった。
両手で顔を覆ったまま、ナナが立ち直るまで二十分ほどかかった。




