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第140話

「た、大変!サン!奥様も消えちゃった!!」

「あ・・あ・・・ああ~!!」


皆と一緒にジルも驚き、すぐにサンに声をかけたが、サンは悲しみの方が上回り、他の言葉が出ずにいた。

ドモンだけなら覚悟は出来ていたけども、まさかナナまでついていくとは考えもしていなかった。

その瞬間、自分だけが取り残された気分になってしまったのだ。


まるで両親が先に天国へと旅立った時のように。


「サ、サンも連れて行って!お願い!!やああああ!うー!うわぁぁぁん!!!」


六芒星を何度も叩くサン。

しかし何も起こらない。


最初にナナが泣き崩れた時のように、今度はサンが泣き崩れた。

ジルと騎士がサンを支え起こす。





「なによ御主人様なんて」


少しだけ時間が経ち、落ち着きを取り戻した後、ナナだけを連れて行ったドモンにサンは口を尖らした。

ジルが苦笑しながらサンの頭を撫でて慰める。


「私のこと置いて二人で買い物行っちゃったんだから!それにこんなに待たせて。買い物ってそんなに時間かかる?」

「サンってば・・・おふたりに怒られるわよ?きっと夜までかかるって言ってたでしょさっき・・・」

「うー!もう!グス・・・」


サンの怒りはなかなか収まらなかったが、ピコピコと地団駄を踏む怒り方が可愛くて、ジルも騎士も御者も思わず笑いそうに。

サンはそれも悔しくて、馬車からテントを出し、中に入ってひとりイジケていた。


「サーン、出てきて?そんなところでずっと泣いていたら、戻ってきた御主人様にまたお仕置きされちゃうよ?」

「いいもん。だったら今すぐして欲しい」

「じゃあ私も一緒にされちゃおうっかなぁお仕置き」

「だめ!ジルはあっち行って!うぅ」


テントから出たジルが騎士と御者に向かって苦笑しながら首を横に振る。

「しばらくそっとしておいてあげましょう」と囁く騎士に、御者とジルも頷いた。



それから十数分後。


「き、来たぞ!」

「きゃああ!!」


御者の一声とジルの叫び声で、サンはテントから飛び出した。

崖の前の草むらにダンボールが転がっている。


「御主人様!」


恐らく荷物だけなのはサンもわかっていたが、ドモンとの繋がりを少しでも感じたかったサンは思わずそう叫んでしまった。

靴を履くのも忘れ、裸足で草むらを駆け出す。


「サン早く来て!手紙がついているわよ!」とジルが振り向き叫んだ。

「待ってぇ!サンが読むぅ!!」


皆すぐにでもそれを読み、箱の中身を確認したかったが、悲しんでいたサンに譲る。目を合わせ、小さくコクリと頷き合う一同。


「ハァハァ・・ええと『無事着いた。ナナと一緒にいるので安心してくれ。作り方を読みながらみんなで食べること。まだお金が少なくて安物でごめん』だって。奥様はやっぱり一緒にいるのね!作り方を読みながらってなんでしょう??」

「箱を開けてみますね?」と騎士。


ガサゴソとダンボールの上部の蓋を開けると、中には様々なカップラーメンが10個ほど入っていた。


「なんだこれは?」と御者。

「ラ、ラーメンです!!!奥様や貴族様達が以前おっしゃられていた、い、異世界の魔法の麺料理です!!!」


驚きと嬉しさのあまり、ピョンピョンと飛び跳ねたサン。

騎士や御者も噂には聞いていたので同様に喜んだが、ジルだけは全く意味がわからず「なんか軽いけど・・・食べられるものなのかな・・・」と困惑。


「あ、手紙に続きがあります。ええと『サン、お前頼みだからしっかり頼んだぞ!』・・・だって・・・はい・・・はい!」


流れる涙をぐしぐしと手の甲で拭いながら、手紙に向かって大きな声で返事をした。



「では皆さん、今から御主人様のラーメンをお作りいたしますから、少々お待ちくださいませ」そう言って馬車へと戻るサンにジルも「私も手伝う!」とついていった。


「ジ、ジルは来ないで」

「なによ、まだ怒っているの?」

「ち、違うの・・・」

「じゃあどうしてよ?」


すぐに馬車に到着し、中へと入るふたり。


「着替えるから出ていって・・・」

「どうして今着替えるのよ?!」

「もう!喜んだ時に汚しちゃったの!!うー!」

「えぇ?!サン・・・まさかおもら」

「しーーー!!」


図らずしもその言葉を自分で完成させてしまったサン。

「か、かわいい・・」と赤い顔でジルは笑いを堪える。


元々こんなではなかったはずのサンだったが、ドモンがそういう人が好きなんだと言ってから何かのタガが外れてしまい、本当にそうなってしまったのだ。

しかしドモンではなくナナの方に先に気づかれ、「駄目じゃないの!しっかりしなさいもう!」と怒られていた。


そして今度はジルにバレてしまったサン。


「みんなには言わないで・・・」

「言わないわよ。でもサン、もしかして前に私達に会った時と御主人様のお仕置き受けた時も・・・」

「わぁ!知らない!!」

「だって一緒に温泉に入った時に下着つけていなかったし、それにあの・・・私達って匂いに敏感で・・・」

「うぅ、ごめんなさい・・・」


濡れたタオルでサンの脚などを拭いてあげながら「誰にも言わないから大丈夫よ」と微笑むジル。


「あ、でも御主人様には言っちゃおうかな~ウフフ」

「はい、それはいいですよ」

「え?!」とジルが驚く。


「だって『悪い子だ!』ってご褒美・・じゃなかった、お仕置きしていただけるかもしれないんだよ?」

「・・・・サン、それは本当に悪い子だと思うよ?」



新たな下着を穿きながら、「あ~ジルは御主人様の躾をいただいてないんだもんねー」と得意顔のサン。

サンは屋敷で初めてナナと一緒に受けたドモンのイタズラを、あの時の優越感を、未だに忘れられずにいる。


「もう!だからサンってばそれやめてよ~。変な気持ちになるって言ってるじゃない!」

「イヒヒヒ!さ、いこ!御主人様のラーメン作ってあげる!」と鍋を持ち、馬車から飛び出すサン。


みんなで薪となるものを拾い集めて、鍋でお湯を沸かす。


「はーい皆さん!まず食べたいものをひとつ手にとって、蓋を半分まで開けてくださぁい」


と説明しつつ、サンもドキドキしながら蓋を開けた。


「中に入ってる袋を取り出して、ええと、後入れと書いているもの以外の中身をふりかけてください」

「こ、これでいいのかな?」と見せてきた御者の中身を確認して、サンが「はい大丈夫だと思います!」と返事をする。


「で、お湯を入れて蓋に書いてある時間だけ待つそうです」

「そ、それでその後どうするの?」


ジルは全く意味不明。

実は騎士や御者もよくわかってはいなかった。噂を聞いていただけで、実際の中身は見ていないからだ。


「それで出来上がりだそうです。以前奥様や貴族様達もそれを見て驚いたと話に聞きました!」

「ほ、本当なのか??」


サンの説明に半信半疑の騎士。

簡単にすぐに出来上がる麺料理と噂で聞いてはいたが、お湯を入れただけとは聞いてはいなかった。


「えーと、後入れって書いてあるものは時間が過ぎた後に入れるそうです」

「ねえサン、それってこれだよね?」

「どれどれ。うんそう!」


ジルのラーメンも確認するサン。

実はジルのラーメンが一番高いカップラーメンだということはこの中の誰も知らない。


「そろそろ出来上がりだと思います。蓋を取ってください」


ビリビリと蓋を取る一同。

ジルは後入れの調味料も入れ、全員のラーメンが完成した。


「いい匂い!」とジル。

「ああ、食欲を掻き立てる香りですなぁ」御者も目を瞑り、クンクンとその匂いを嗅ぐ。


「これで出来上がりなんでしょうか?そしてどうやって食べればよいのでしょうか?」

「・・・・」


騎士の質問に誰も答えることが出来ない。

なぜなら出来上がりも食べ方も、誰も知らないからだ。


「このスープを捨てるんじゃ?」


ジルはパスタを想像し、麺に味をつけ終えたら汁は不必要な気がしていた。


「うーん、言われてみればそんな気もしますなぁ」と御者も同意。

「では捨てますか」と騎士もカップを斜めにして、地面に汁を捨て始めた。


「ま、待ってください!!以前奥様に熱いスープを飲むのがいいとお聞きしたことがあります!なのでこのスープに麺を浸したまま食べるのだと思います!」


記憶を呼び起こしたサンの発言で、慌ててカップを元に戻す騎士。

しかし3分の1ほどスープは減ってしまっていた。


「ビチャビチャのパスタってことなのかな?」とジルは不思議顔。

「ジル、パスタではなくラーメンという別の食べ物なのです。比べるものではないですよ?それを言ったらパスタがスープのないラーメンと言ってるのと同じになります」とサンが説明し、皆も納得した。


「皆さん、ま、まずはこのスープを飲んでみましょう・・・」


サンがスプーンで汁を掬い、フーフーと冷ましている間に、他の三人がサンよりも先に汁を飲む。


「サン!大変よ!嘘でしょなにこれ?!何なのこれは一体?!」


今まで塩味か甘いものしか食べたことがなかったゴブリンのジルにとって、このラーメンの複雑な味わいは混乱を起こしても仕方のないこと。


「かーっ!なんて美味いんだこれは!そら貴族様達もこぞって自慢するわけだ!」


御者は屋敷で何度も「私は異世界のラーメンというものを食したことがあるのだ」と貴族達からうんざりするほど自慢されていて、その度に「へぇ~そうなんですか」と初めて聞くふりをしていた。

御者は、帰ったら自分も同じ事を仲間の御者や庭師達にするだろうと苦笑した。


「くそぉ!!このスープを捨ててしまっただなんて!!なんて俺はバカなんだ!!」

「ご、ごめんなさい!私のせいです!私のをお食べください騎士様!」


悔しがる騎士に慌てて自分のラーメンを差し出すジル。


「いえ!ジル殿のせいではありません。不用心である俺の判断ミスです。こんな事を隊長や貴族様達に知られれば、叱責されるのは目に見えています。自身で確かめもせず何をやっているのか・・・」

「そ、そんな・・・」

「こんな美味しい物を捨てたのも悔しいけれど、これがもし命をかけた護衛の仕事であったならば、誰かが命を落としていたかもしれない」


ジルと一緒にサンも「えぇ?!」と驚いた。

スープを三分の一捨てただけで、こんなに悔やむ必要があるのかと。


「まあ、騎士様には悪いけれども確かに不用心だったかもしれないな。俺も悪かったが・・・。俺達も旅をする時は細心の注意を払わなければ、貴族様達の命にも関わることだから」と御者。

「うーん」とまだピンとこないサン。


「じゃあドモン様のラーメンを作っていて、ドモン様が食べる前にうっかり自分がその汁を捨てちまったところを想像してご覧なさい」

「!!!!!!!」


危うく手に持っていたラーメンを落としそうになったサンとジル。

特にサンはもうその想像をしただけで、立ち直れそうにないほど落ち込んだ。


「きちんと確認をすれば良いことだった。それが悔しい」

「騎士様・・・」

「私も気をつけます」



そうして、ラーメンの麺はすっかり伸びたのであった。



『ラーメンの食べ方分かるか?早く食べないと伸びちゃうから、猫舌のサンは特に気をつけるんだぞ?ラーメン食べる時はおしゃべりは控えるように。あとこのおにぎり食べてくれ。1,2,3の順に引っ張って黒い三角を作るんだ。出来たらガブッとかじって食べろ。以上』


ドモンから今届いた2つ目の小さなダンボールには、そんなメモが付けられていた。


伸びた麺をみんなで切なそうな顔で食べながら、「御主人様、見てるのかなぁ?」とサンは空を見上げた。





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