第136話
出来上がった生パスタを寝かせるために一度冷蔵庫へと入れ、パスタのソースを考えるドモン。
「まあトマトとにんにくも、あとミルクもあるし、普通にトマトクリームパスタかな?」
「わぁ楽しみです!御主人様のトマトパスタ。ジル、御主人様のパスタはとっても美味しいって奥様も言っていたの!」
「パ、パスタが何かわからないよ・・・あのモチモチを食べるのは分かるけど・・・」
食材を見ながらドモンが調理方法を考え、サンとジルが横に並んでワクワクしながら見ていた。
そしてサンは食材を見定めながら真剣な顔を見せているドモンに、またゾクゾクしている。
私はどんな調理をされるのか?私はドモンにとってどんな餌なのか?
なぜそんな考えが頭に浮かんでしまうのかサンにはわからなかったが、その想像をすることが今のサンの幸せであった。
ドモンに「いただきま~す」と食べられることを。
鍋で刻んだにんにくを炒め、玉ねぎも炒めていく。
辺りにはすでに美味しそうな匂いが漂い、ゴブリン達がざわめき始めた。
そこへ大量のトマトを加え塩コショウをかけ炒め、潰しながら水分を飛ばしていく。
「ああドモン様・・・一体何をお作りになっているのでしょう?もう私だけではなく、皆我慢が出来ません・・・」と長老。
「フフフ、もう少しいい子で待っててな」と長老の頭をポンポンとドモンが撫でると、サンとジルの恨めしそうな視線が長老へと突き刺さった。
更にベーコン代わりの刻んだ豚肉、バターとミルクを加え煮詰めてゆくと、その匂いにもうサンやジル、そして騎士達までもゴクリとツバを飲み込んだ。
そんな時、ゴブリンの子供達がわぁ~っとドモンの元へと集まる。
「ドモン様!これ知ってる?」
「うお!カニじゃねぇか!サワガニ獲ってきたのか!」
「すごいドモン様!これも知ってるんだね!ねえお料理に使える??」
「使えるぞ。最高だお前ら」
「やった!!」
思いの外ドモンが大喜びをし、子供達も大喜び。
ドモンにとって思いもよらない最高の食材が突然手に入った。
すぐにサンに鍋に湯を沸かさせ、カニを煮て身をほぐしていく。
そうしてカニ味噌も使った『カニの濃厚トマトクリーム』が完成した。
味見をしたドモンが「やっべぇ・・・」と笑みをこぼし、サンは確信する。これはとんでもないものが出来たのだと。
冷蔵庫で寝かせていた生パスタをうどんのように平たく切り、大きな鍋で茹でていく。
「塩の量が重要だから覚えておけよ?ケチりすぎると味が無くなるし、入れ過ぎると全てを台無しにする。よく見ておけ」
「はい!!!!」
ゴブリン達が瞬きもせず、ドモンの一挙手一投足を頭に刻んでいく。
その間、サンが大慌てでナナを呼び戻しに飛んでいった。
奥様に一番に食べて欲しい。その一心。
茹で上がったパスタをトマトクリームに和え、クルリと捻りながら皿に盛り、千切った香草をぱらりとかけて出来上がる。
「これがカニのトマトクリームパスタだ」
ピンク色に輝くパスタの塔。
そのあまりの美しさに何名かのゴブリンが腰を抜かし、その場に座り込んだ。
もちろんこんな食べ物を見たこともなかったためだ。
「ハァハァ・・・御主人様!長老様!!お願いします!奥様に一番に食べさせてあげてください!!」
サンがナナよりも一足先に息を切らしながら走ってきた。
その言葉に長老もドモンの方を向いてコクリと頷く。
「ドモン出来たのー?」
「ああ、出来たぞ。ナナにみんな一番に食べて欲しいんだってさ」
「え?いいの??」
子供達もニコニコとナナを迎え「早く食べてみてー!」とワクワクした目で見つめる。
まだ頭から湯気を立てながら「じゃあ頂くわね」とフォークでパスタをクルクル巻いて口へと放り込むナナ。
「ん!!うわぁ・・・あーあー・・・もう!!」
目を瞑り言葉を失う。
トマトとにんにくのハーモニーに、豚肉とカニの旨味、それらをすべて包み込んでまとめ上げるカニ味噌のコク。
こんな物を作って女性に食べさせたなら、その女は一発でドモンの軍門に下る。
その様子をつい想像してしまい、何故か怒りが湧くほどの味だった。
「い、いかがでしたか?」とサン。
「信じられないほど美味しいわよ・・・でも女はしっかりしないと駄目だわこれは・・・」
「へ??」
「食べたらわかるわよ」
そう言いながらナナは食べ続けた。
「ほらみんなの分も出来たぞ~」
「ありがとうございますドモン様!さあドモン様のお料理をいただきましょう!」
長老の掛け声で皆食べ始め、そして言葉を失う。
「あぁ~御主人様ぁ~美味しいよぅ~」
「好き好きこれ好き!サンどうしよう??美味しすぎるよ!!」
サンとジルが手を取り合い喜ぶ。
「良いのか?私達がこのような物を食べてしまって・・・」
「後ほど報告だけはした方が良いだろうな」
騎士達は悩む。
もし黙っていてバレようものなら、貴族様達に怒られるような気がしてならないと考えて。
「ぼ、僕たちのカニが?!??」
「どうなっているの?ねえどうなっているの???」
「ま、魔法よきっと。これが異世界の魔法なのよ」
「あぁ・・・奥様やサン様、ジルも羨ましい・・・ドモン様のお側にいられるなんて」
子供達だけじゃなく少し大きなゴブリン達も驚き、そしてうっとり。
「ああドモン様・・・」
「美味しいか?長老」
「娶ってほしいとか召使いになりたいだなんて贅沢は言いません。せめてドモン様の奴隷として・・・雌奴隷として・・・」
「ちょ、長老!何をおっしゃられているのですか!!」大慌てのザック。
「だ、駄目だ馬鹿!何言ってるんだよ!しかも最後のは意味が違う!」とドモンですら焦る。
「あぁ~他の仲間達は人間扱いでも、私はドモン様の家畜でいいのです・・・」
「サンも家畜がいいです」
長老の暴走に乗っかり、こっそりとんでもないことを言ったサン。
家畜になればドモンに『いただきま~す』して貰えるとつい考えてしまい、思考が停止した。
それほど・・・桁外れに美味しい。
その後は全員がもう一心不乱。
パスタが初めてだったゴブリンにとってはパニックと言ってもいいほど。
食の大改革。
「もう・・・元の食事では満足できない・・・」
ひとりの女性ゴブリンがポツリと言い、ゴブリン達は恐怖する。
これからの食事の事を考え。
ドモンはそのうち食事も改善されるし、街との交流も出来るようになっていくはずだと言っていた。
が、ゴブリン達はもうそれまで耐えられるかがわからなかった。
携帯電話がなかった頃はそれが当たり前で、不便ではあったがなんとかしていた。
だが一度それを経験してしまえば、それが無くなってしまうと不安でたまらなくなる。家に忘れてしまった時には、その日一日もうどうしていいのかわからないというくらいに。
それと同じ事が起きてしまったのだった。
「まあ塩や胡椒、あと小麦粉は少し置いていくからさ・・・それでなんとか頑張れよ。異世界に買い出しに行った後、帰りにまた寄るから」
「そうね。2~3日で戻ると思うわよ?」
あっという間に食べ終えたナナがそうみんなに話したが、もうすでにドモンが戻れないかもしれないということを忘れてしまっていて、ドモンとサンが目を合わせて苦笑するとともに、なぜだか多分そうなるだろうと思えて、随分と気持ちが楽になった。
「じゃあそろそろドモン、キノコ食べなさい。あと温泉の方にテント建てるわよ」
「ぶっ!早いよバカ!」
まだ夜になったばかりだというのに張り切るナナ。
他は忘れても、このことだけは忘れてはいなかった。
「サンのおうち・・・」
「サンはジルのところか馬車の中で休んでてよ。一緒にいてもいいけれど、今日ははっきり言って寝られなくなるわよ。ドモンをこってり絞るつもりだから」
ナナがドモンをキッと睨みつけ、長老や他のゴブリン達も牽制する。
これ以上ドモンに手を出させるつもりはないし、ドモンにもしっかりと反省させるつもり。
サンにもその意志が伝わり「は、はい!かしこまりました!」と返事する他なかった。