第131話
ドモンがザックと温泉の話をする少し前。
サンとジルはふたり仲良くテントにちょこんと座り、話し合っていた。
「御主人様のお料理は美味しいですよ?食べましょう?」
「たしかにすごく良い匂いがする・・・」
同時にアップルパイを可愛くパクっとかじった。
「!!!!!」
その味は想像を遥かに超えていた。
パイ生地はサクサクとし、甘く煮えたリンゴはとろっと柔らかでジューシー。
優しい酸味が口の中に溢れ出し、噛みしめるたびに幸せになる。
サンとジルは驚き、目を合わせ、ウンウンと頷いた。
「おいしいね!」
「うん!」
兄のザックがそれを見て微笑み、その後ろでドモンもニッコリ。
「ねぇサンさん」
「サンでいいですよ」
「じゃあ私もジルって呼んでね」
「はい!」
もぐもぐとまだ食べながらまた微笑み合うふたり。
「あの人・・・ドモン様に仕えていて、恐ろしくはないの?」
「御主人様は優しいのですエヘヘ」
「だってあんなに怒られて・・・」
「あれは私が悪いの。それに私とあなた達のためを思って叱ってくれたの」
そう言ってまたサンは涙を溜めた。
悲しいからではなく悔しくて。
以前、『人間と魔物とで奪い合うより、みんなで仲良く温泉に入った方が絶対に楽しいからだ』というドモンの言葉にサンは素敵な考えだと答えた。
なのにそんなドモンを、そしてドモンが想うその魔物達を、一瞬で裏切ってしまったのだ。
サンはアップルパイを頬張りながら、ジルにそれを話した。
ジルはう~んと考え込みながらドモンを見る。
ジルにはまだよくわからなかった。
だからといってあんなに叩くことが、本当に正しいことなのかどうなのか?
「ジルはいくつなの?」
「私は18歳。ごめんね、サンのこと年下の子と間違っちゃって」
「ううん、いいの。それにサンは・・・私は世間知らずで見た目も中身も子供みたいだし・・・」
「ウフフ、自分のことをサンって言っちゃうのね」
「うぅ・・御主人様が付けてくれた愛称だからですぅ~」
「まだまだ甘えん坊さんなのねフフフ」
ブンブンと首を振るサンの頭を撫でるジル。
そして徐々にそんなサンを羨ましく思えてきた。
他にも色々と話をして、ジルは少しずつドモンのことを理解していった。
「あの人はサンを・・・ただ叱ったんじゃなく、導いてくれていたのねきっと」
今度はウンウンと縦に首を振るサン。
「もちろん御主人様も失敗や間違ったことをすることもあります。でも!でもねあのね、いつもみんなのこと考えていて、自分は傷ついても平気な顔をしてるけど、だけどみんなが傷つくのは大嫌いで・・・うぅ~!!」
「うん」
「サンがあなた達を傷つけたから!間違ってるよって!!御主人様の手の方が何倍も何倍も痛かったと思います!うー!!」
皆に見られないように、テントの奥で顔を伏せてサンはまた泣いた。
「サン・・・素敵な御主人様に仕えたんだね」
「うん」
「私も、私達も導いてもらえるのかなぁ」
「はい!」
「え?!」
遠い夢を語ったジルだったが、サンは全く迷いもなく、そう即答した。
ドモンがそう言ったなら必ずそうなる。サンは信じている。
「急に召使いに・・・なんてことは奥様の方が許してくださらないかもしれないけれど、御主人様のことを『御主人様』と呼んだら、きっと御主人様は応えてくれると思います」
「ホ、ホントに?」
「うん。そしてきっとすぐに私と同じように命令されると思う。それが当然みたいな感じで。それがね、すっごく幸せなの!」
「なんとなくサンが言ってることが分かるよ。頼りにしてもらいたいというか・・・ありがとうって言われたいというか」
「うんうんうん!」
意気投合して盛り上がるふたり。
サンが小声で「ジル、冷えたエールを持って来い。すぐにだ」とドモンの真似をし、「やぁ!ドキドキしちゃう!」とテントの中でニコニコしながらジルがひっくり返る。
「でもそれで御主人様にならきっと粗相をしても笑ってお許しくださるけれど、今日みたいに御主人様の大切なお客様相手に粗相なんてしたら・・・」
「・・・・」ゴクリと唾を飲むジル。
「目をつぶって想像してみて?ジルが四つん這いに御主人様に抱えられて『悪い子だ!』とお尻を・・・」
「フーフー!ど、どうしよう?!」
「パーンパーンって」
「あぁ・・・心臓が破裂しそう!もう~サンやめてよ~!」
「ウフフ!」
まるで本当にそんな目にあったかのようにジルがお尻を押さえる。
そして先程あんなに泣いてたサンが更に羨ましく思えてしまった。
ドモンが知らぬところで、一人の女の子を変な方向に目覚めさせてしまったサン。
他にもドモンがサンにやらかした様々な事をジルに告白すると、もうどうしていいのかわからないほどジルの気持ちは昂ぶった。
「サン・・・もうドモン様が夢に出てきちゃいそうよ」
「きっと出てくるよ!私も何度も見たもの!」
「夢の中でお仕置きされちゃうのね、私」
「みんなの前で服をビリビリされて、お尻をパーンパーンって」
「あぁ・・許して・・・」
妄想を語り合い、顔が真っ赤になったふたり。
が、その瞬間、とんでもない大きさのパーン!という音が聞こえ、慌ててテントから飛び出した。
ドモンが鬼のように怒ったナナにお仕置きをされていたのだ。
「た、大変!!」
「御主人様がぐったりしてます!!」
大慌てで駆けつけみんなでナナを止め、ようやくその場が収まった。
ドモンはペチャンコに。
そんなドモンにジルが会話をしながら『御主人様』と勇気を出して言ってみると、『自分達の事を魔物と言うな』と言われ頭を撫でられ、驚きと共に涙が溢れてしまった。
この御方はもう導くつもりだった。私を。私達を。
人間とゴブリン、今のサンとジルのように気持ちが通じあえる日がきっと来る。
そう信じ、ふたりは手を取り合い喜んだ。
そんなふたりにドモンが早速、さもそれが当然というように命令を下す。
「じゃあ残りのアップルパイを焼いてしまおう。サン、ジルと協力して焼いてこい。作り方はもう分かるな?」
大きな返事をし、ジルはサンと手をつないで馬車へと走っていく。
頭の中に何度もそのドモンの言葉が響く。
ジルはその度に、幸せを噛み締めた。
「サン、私夢が出来たの!」
「ジルもやっぱり御主人様に仕えたいの?」
「ううん、それもいいけど私はもっと大きな夢」
「どんな夢なの?」
「私の夢は、御主人様の夢を叶えること!」
キャッキャと手を繋いで走るふたりを、後ろにいたナナが温かな眼差しで見つめていた。