第125話
「うわぁぁぁん!!!」
夕方、客も多い上に出発準備で慌ただしい店内にナナの泣き声が響く。
サンから話を聞いて、ドモンが戻れなくなるかもしれないと怖くなって泣いてしまったのだ。
「いや・・・お前は知ってただろそれ。俺が最初に買い出しに行く時に俺が説明したよな?」
「忘れてたぁぁぁ!!うわぁぁぁん!!怖いよぉ!!うびぃぃん・・・」
「あぁぁ~サンも嫌ですぅぅ!!」
ナナにつられてサンまでまた泣き出した。
「でもまあ俺が戻ってこれなかったってことは、俺が家に帰れたってことでもあるんだぞ?」
「やだぁ!私も帰るぅぅぅ」
「サンも嫌ぁ!一緒に帰るぅ~」
ナナとサンが抱き合って慰め合う。
「じゃあお前らがそのままチューしたら帰ってきてやるアハハ」
「んみゅ」「はみゅ」
ドモンの冗談なのに、全く躊躇もせず口づけをしたふたり。
そのままスンスンスンと鼻をすすり涙を流した。
驚くドモンと真っ赤な顔な客達。
「ド、ドモンさん・・・帰ってきてやんなよ。帰ってきてやんなって」
「そうよ!可哀想じゃない!」
「もうふたりとも・・・今ドモンさんが言ったらここで裸にもなっちゃう勢いね」
客達の言葉にスンスンスンとしながら脱ぎ始めるふたり。
「待て待て待て!!言ってない!脱げなんて俺は言ってないってば!!」
「もうやだーうぅぅ」
「サンも嫌~う~」
「だから大丈夫だってば・・・・・多分」
「絶対帰ってくるって言って!」とナナが涙と鼻水を垂らす。
「奥様とサンを置いていかないでぇ!!」とサンも両手で顔を塞ぎながら立ち上がれない。
その時「おい・・・なぜ俺を屋敷に置いていったんだ・・・ハァハァ・・・」と、汗だくの鍛冶屋が店に入ってきた。
サウナの設置に関してグラの部屋で測量などを鍛冶屋がやっていた時に、すっかり忘れてふたりで帰ったドモンとサン。
「完全に忘れてた・・・か、帰ってこられて良かったね」
「そ、そうですね」
「部屋を出たら貴族様達も誰もいなかったんだぞ!」
「みんな俺らを見送りしてたしね・・・」
カール達だけではなく、侍女達からも忘れ去られていた鍛冶屋。
「なんか・・・部屋から高級品でも盗んでくりゃ良かったのに」
「駄目ですよ御主人様!」
「はぁ・・・その後の俺の気まずさを想像してくれよまったく」
カウンターでぐったりする鍛冶屋にドモンがエールを入れた。
「まあ鍛冶屋にもお土産買ってくるからさ・・・許してよ。異世界の工具とか鍛冶に関しての本とか買ってくるよ」
「絶対だぞ!!はぁ・・・本当にまいったよ・・・恥ずかしいったらありゃしない」
エールを一気に飲み干し帰っていく鍛冶屋。
「あれだけを伝えに来たのでしょうか?」
「そりゃまあ・・・俺でも怒るよ置いていかれたらハハハ。でも多分、一応しっかりお別れしとこうってことだろ。もしあれが最後じゃ酷い思い出になっちまうしな」
サンとドモンが手を振り見送る。
「とにかく鍛冶屋の事を忘れて帰ったサンは後でお仕置きってことで」
「は、はい!!」
「なぜ喜んでるんだよ」
サンがドンドン変な方向へ目覚めてしまい、呆れるドモン。
「うぅサンばっかりズルいぃぃ!うぇぇん・・・私にもお仕置きしてくれないとドモンにお仕置きするぅ!!」
「お前は一体何を言ってるんだ」
サンはようやく落ち着いたが、ナナはまだまだ取り乱していて仕事にならず、今日はもう二階行ってみんな休めとヨハンがため息を吐いた。
ドモンとサンが両側からナナを支え、二階のナナの部屋へ。
「どうしてお前は毎回そうなっちゃうんだよ。ホントにまだまだ中身は子供だな。体ばっかり大人になって」
「バァァァ!だっでぇぇ!!」
「奥様、お鼻が・・・御主人様、奥様は心配なんですよやっぱり。それに・・・結婚したばかりなのですから仕方ないと思います。グス」
ナナにつられてまた涙が浮かんでしまうサン。
「だっで・・・結婚してからまだぜんぜんスケベなこともしてないのにぃぃ!うわぁぁぁん!!」
「お、お前な・・・そりゃ確かにそうだけど忙しかったから仕方ないだろ。サンだってさっきの風呂で我慢したんだぞ?」
「ん?どういう事?何よそれ?」
プイッと横を向くドモン。
サンは誤魔化しきれないと悟り、侍女三人と一緒に入ったことを白状した。
「私がいないと思って!だけど最後は我慢したことだけはふたりとも褒めてあげるわ」
「まあ悪いとは思うけどさ。でもサンは必ず帰ってくるって約束信じて我慢したんだぞ?」
「私は我慢しないよ?後悔したくないもん」
「・・・・」
わがままスケベ娘の本領発揮。
「それにしてもサンだけじゃなくまたあの侍女達まで連れ込んで!今回は関係ないじゃないのよ!」
「そ、それは・・・俺が錯乱して漏らしちゃうような女が好きというかなんというか・・・よくわかんないんだけど昔からそうなんだよ」としょんぼりするドモン。
ドモンは、自分の中に潜むサディスト的な気持ちがたまに抑えられなくなってしまうことを、正直にふたりに打ち明けた。
最近、自分自身何かがおかしいと不安でもあった。
とんでもない告白をしたドモンであったが、冗談を言っている風でもなく、ふたりはドモンの話を真剣に聞いていた。
普段の優しいドモンと意地悪なドモン。
確かにその違いや豹変ぶりをふたりも感じていた。
「サ、サンは平気です!むしろ嬉しいです!」
「私も実はそんなドモンが好きよ・・・ドモンのものになったみたいに感じられて・・・」
「サンもです!あとサンもいつもおもらししてます!!それにサンは誰よりもスケベです!!」
「え?」
「え?」
サンの思わぬ告白に驚くドモンとナナ。
ナナや侍女達への対抗心でとんでもないことを口走ってしまい、これ以上ないというくらい真っ赤になるサン。
「サン・・・今は平気なの?」
「あの・・・わからないです・・・」
とりあえず水浴びをする三人。
サンはドモンとナナにキレイに洗われた結果そのまま意識を失い、スッキリとした幸せそうな顔をしながら、更にもう一度キレイに洗われることになった。
その後ナナの顔はつやつやに。ドモンはぐったり。
「で、出発の準備はどこまで出来た?」
「お肉や野菜を馬車の冷蔵庫に詰めて、調味料やあとはパンを買うくらいね。一応武器も手入れしておいたわ」
「干し肉だけじゃなくなったのは嬉しいな」
「そりゃそうよ。いい加減ドモンがやったことがどれだけすごいか自覚しなさいよ」
正直ドモンは酒を冷やせることしか考えていなかった。帰ってくる時はもちろん活用しようとは思っていたけれども。
食料を新鮮なまま運べるということが、どれだけこの世界で重要かを気づいていなかったのだ。
王都の方でもそれは当然噂になっており、王族や貴族達だけではなく、庶民の間でも噂になっていた。
遠くの街への移動も楽になり、輸送出来る物の幅も拡がることになる。
世界の常識が変わる。
この時点でドモンは知らず知らずのうちに、すでに世界をひっくり返していたのだった。