第122話
「全く貴様ときたら・・・」
「だって食欲あるかどうかわからないと言いながら、このピザ一枚まるごとペロリと食べて、お腹いっぱいになってぐーすか気持ちよさそうに寝てるんだぜ?ありゃ大丈夫だって」
「・・・・まあそれならばよいが」
ナナの様子を聞き、カールは少しだけ安心した。
普段元気な姿を見ているだけに余計に心配してしまったのだ。
「ところでそっちの用はなんなんだよ」
「ああ、もうすぐ元の世界へと買い付けに戻るのであろう?」
「そうなんだけど、馬車が足りないんだよ。馬車屋のファルは忙しそうだから頼めないみたいだし」
「まああんな事になれば仕方あるまい」
義父を乗せ王宮へと向かったファルは、そのまま王都で王族や貴族達相手に試乗会を繰り返すこととなってしまったのだ。
義父があちらこちらで、義理の息子の友人であるドモンと新型馬車の自慢をし、その度にファルが巻き込まれていた。
王族や貴族のパーティーにも招かれ、新型馬車の仕組みを説明する事もあった。
一日で3つのパーティーを掛け持ちすることもあったが、とんでもない額の謝礼金を貰い、体の疲れとは裏腹にファルの心はホクホクだった。
そんな事になっているからしばらく戻れないと、先日手紙がドモンの元へと届いていたのだ。
「買い付けに行くにあたって、金貨だけではなく他に何が必要なのか聞きに来たのだ」とカール。
「そんなはずはないだろ。金貨以外は馬車を用意してくれともう頼んであるし。何が目的だよ」
「流石に貴様にはお見通しであったか・・・まあそのなんだ・・・私の妻も異世界の服を欲しがってな・・・」
「そんなところだと思ったよ。そんなに高いものは買えないからな?」
「悪いな。もちろん礼は出す。そ、それと息子と・・・わ、私の服も出来ればあると良いのだが・・・」
貴族の欲深さにハァ~とため息を吐くドモン。
カールは顔を真っ赤にしていた。
「お前はどんな服がいいんだよ」
「私はその・・・公務を行えるようなきちんとした服とだな・・・その・・・貴様のようなあの青いズボンというかそのだな・・・」
「ジーンズかよ!貴族がジーンズって・・・でもあれはサイズ合わせが大変なんだよ。試着を繰り返してぴったりのを買わなけりゃならん」
「そうであったか・・・」
ドモンが想像している以上に落胆するカール。
「ちっ!じゃあ一度俺のジーンズ穿いてみろよ。それで大体のサイズが分かるから」
そう言ってエールを飲み干してから、カールを二階へと連れて行った。
ドモンのジーンズを渡し、空いている部屋で着替えをさせる。
数分後、先程よりも更に顔を真っ赤にしながら、部屋から出てきた。
腰に手を当て、少しだけ格好をつけている。
「ピ、ピッタリのようだな」
「なんだよ、俺と全く一緒のサイズなのか」
ドモン達が何やら騒いでいる声に、サンもナナの部屋から出てきてしまった。
「うわぁカルロス様!!どうなされたのですか?!」
「い、いや、ドモンにこのズボンを私にも買ってきて欲しいと頼んだのだが、サイズを合わせると言われて試着したのだ」
「ものすごくお似合いです!格好いいですしそれにお若く見えます!」
「まあ確かに10歳若返った、いや30代前半と言われても不思議ではないな」
サンとドモンに褒められ、最早何が何でも欲しくなってしまったカール。
「ドモンよ・・・か、金に糸目はつけぬ!頼む!この通りだ!」と頭を下げた。
「いやもう買ってくるよ。ただし安物の方だからな。このズボンは値段もピンキリで、高い物は金貨何十枚もの価値がある物もあれば、俺の物のような安物もあるんだ」
「御主人様のこのお召し物はおいくらだったんですか?」ドモンの言葉に素直に疑問をぶつけるサン。
「これは古着屋で100円・・・つまり銅貨10枚だ。ふたりともみんなには内緒だぞ?」ドモンの顔もちょっぴり赤くなった。
「な、なんだと?!」「えぇ?!」
驚きでふたりの声が裏返る。
実際ドモンもそれを見つけた時は同じような反応だった。
某有名メーカーのある程度きちんとしたジーンズで、場所によってはそれなりの値段で売られるべき品である。
おばあさんがやっている古着屋のワゴンの中にそれが放り込まれていたのだ。
流石のドモンも悪いと思い、少し高めの服を数着一緒に買ってあげた。
それでも一万円、下手すると数万円は浮いていると思われる。
「百着、いや千着買ってくるがいい」
「だからこれはたまたまなんだってば。まあ俺はそのたまたまに運良く合うんだよ。それでも年に一度あるかないか」
「ふむ、拾った石の中から大きな魔石が出てきたようなもんであるな」
「そんなところだ」
そんな話をしていてふとドモンは思い出す。
魔石を使って給湯器が出来るのではないかと考えたのだ。
「なあカール、ちょっと聞きたいことあるんだけど?とりあえず座ってくれ」
リビングにある長椅子へと案内をするドモン。
サンは「お飲み物をご用意いたしますか?」と聞くも「今はとりあえずよい」と言われ、灰皿だけ置いて一礼をし、ナナの部屋へと戻っていった。
「前に風呂屋の話をしたことがあっただろう?で、地下水脈があるのはわかったんだけれども、どうやって汲み上げてるんだ?噴水とかも」
「ああ、あれは地下水脈から吹き出しておるのだ。つまり湧き水だ。山脈からの雪解け水が絶えず吹き出しておる」
「この店はタンクに水を溜めてるけど?」
「殆どの家が水脈に沿って建てられておるからほぼ問題なく水は出るのだけれども、安定供給させるために一度タンクに水を溜めておくのだ。吹き出すと言っても水量は常に一定ではないからな。屋敷ももちろんそうだ」
ドモンもようやく合点がいった。
「でもそれって水を使いすぎたら水が無くなって、地盤沈下が起こったりするんじゃないか?」
「街の規模が数百倍にもなれば考えられるかもしれないが、それはまず起こり得ないと考えられておる。なにせ川も湖もないこの街で、昔は水害が起こるほどだったらしいのだ」
「えぇ?!」
ドモンはそこで始めて噴水が所々にある理由を知った。
溢れ出る豊富な水を抜くためだったのだ。
それでも足りずに、街外れの方で定期的に水抜き作業を行っていると聞き、驚いた。
「なるほどなぁ。その方法で安定供給されるならなんとか出来そうだな」
「例の施設がか?」
「ああそれもそうなんだけど、給湯器の話なんだ」
「なんだそれは?」
聞き慣れない言葉にカールが不思議そうな顔をした。
「いや、どうってことでもないんだけど、蛇口から出てくる水をお湯にする機械なんだよ。それがあれば風呂も簡単に作れるだろ?やっぱり水浴びは辛くてさハハハ」
「・・・・」
「魔石の話が出てきて思い出したんだけど、火の魔石いくつか用意してくれないかな?あとは鍛冶屋次第だけど多分出来ると思うんだよ」
ジーンズ姿のまま、ダーンと立ち上がったカール。
またドモンがとんでもないことを言い出したためである。
「蛇口から湯が出るだと・・?」
「そうだよ。そうじゃなきゃ冬は大変だろ。まだこの世界で冬を経験していないから、今からなんとかしようと思って」
「き、貴様の世界ではそれが当たり前だというのか?!」
「お、おう、それでお風呂にお湯を溜めて入るんだ。まあ風呂に直接湯沸かし器がついていたりもするけどな」
「風呂の湯を沸かす・・・どういった仕組みなのだ??」
そこでドモンはまず風呂を沸かす仕組みの説明をした。
湯船に二本のパイプを通し、その先にある水が溜まった箱を火にかければ、水が循環しだしてどんどん温まる。
「そ、そんな簡単な方法で・・・す、すぐにでも出来るではないか!」
「そうなんだよな。なんでみんなやらないんだろ?風呂の習慣がないからかな?」
「手間がかかるから風呂の習慣が無くなったというのが正しいであろうな。これで大きな風呂のある施設も出来るのではないか?」
「みんなで入る風呂は、その方法じゃすぐに汚れちゃうから駄目だ。まあそうやって温めたお湯を次から次へと大きな風呂へと流し込んでいけばいいのだとは思うけど」
「なるほど」
カールにとっては目からウロコの話であった。
それだけで様々な可能性が感じられた。
「そうやって沸かした湯を蛇口から出すのか?」
「そういった方式もあるんだけど、俺が考えているのは瞬間湯沸かし器の方だ。水を通すパイプをそのまま火にかけるんだよ」
「もう驚きすぎて言葉も出んよ。それを作るのにいくら必要になるのだ?」
「え?!出してくれるの??」
「当然であろう。貴様はまた知らず知らずの内に世界の常識をひっくり返してるのだぞ?」
「そういうもんかねぇ?まあいくらかかるのかは鍛冶屋次第じゃないか?」
ドモンはタバコの煙をプカーっと吹いて、どうでもいいという顔をした。
温かな風呂に入って、とにかくシャワーを浴びたいだけだ。
カールはそんなドモンを後押しする。
押せば押すほど皆が幸せになるのを知っているからだ。
こうしてこの世界は変わっていく。常識破りなスピードで。
カールが元の服に着替え、ふたりで鍛冶屋へ。
そこでドモンは給湯器の仕組みを想像ながらも説明し、後日試作品が出来上がった。
水を温めるパイプ部分を加工しやすく熱伝導率のいい銅にしてみたり、パイプを複雑に曲げて温められる時間をより長くしてみたりと改良を重ねたが、パイプを流れる水の量を一定にする弁が必要だということをドモンは知らなかったため温度調節が上手く出来ず、残念ながらぬるいお湯しか出なかった。
しかしこれで冬に真水で洗い物や洗濯をしなくて済むようになり、これからも改良しつつ、量産出来るように努力するとのことだった。
きっといつか世界中に給湯器が拡がっていくことだろう。
だがドモンは今風呂に入りたいのだ。
「何でもかんでも思い通りになるわけじゃないよな。ま、そりゃそうか」
ぬるいお湯が出て大いに喜ぶカールや鍛冶屋とは対象的に、ドモンはしょんぼりと肩を落とし家路についた。