第120話
「おおぃ!持ってきたぞ!」
「うわ本当にたくさん貰ってきたな」
「ゴミを持っていってくれて助かったと喜ばれちまったよ」
「フフフ・・・宝の山なのにな」
タバコを消したドモンが鍋を受け取り、キッチンへと向かう。
「じゃあみんなやり方教えるから手伝ってくれ」
「はい!」とサンが良い返事。
「この骨に付いている血を洗い流すんだ。まあ気になる汚れを落とす程度で十分だと思うけど」
「どれ、覚えなくちゃならないのは俺らだから、俺とエリーでやらせてくれ」
横に並んで仲良く作業をするヨハンとエリー。
くっついているうちにまたムズムズしてきたが、なんとか我慢をした。
「じゃあサンはお湯を沸かしてくれ。普通の鍋でいい」
「はぁい!」
「私は?!」
「ナナは・・・応援係だ」
「どうして私はいつも応援係なのよ!!」
お湯を沸かしているサンの頬がまたパンパンに膨らんだ。
「こんなものでいいかしら?」
「ああ十分だ。で、これに沸かしたお湯をかける」
「煮えちゃわねぇか?」
「どうせ後から煮るから良いんだよ。こうすると更に汚れとニオイが落ちると思ってくれ」
ほうほうとヨハンがメモを取る。
「で、生姜の薄切りを臭み取りに一枚。長ネギの青いところを一本。あとはエール一杯と水を大鍋にたっぷり入れてこの骨と一緒に煮る」
「どのくらい煮るんだ?」
「三時間くらいかな?たまにアクとかゴミとか浮いてきたらザルで掬って捨ててくれ」
「よっしゃわかった!」
鍋の前に立ち、張り切るヨハン。
みんなは開店準備に。ドモンはカウンターでタバコを吸う。
開店してもヨハンは鍋につきっきり。
その分ドモンがせっせと料理を作って出していた。
「おいヨハン!そんなに鍋に付きっきりじゃなくてもいいんだぞ?」
「いやぁ忙しいのにすまんなドモン。でもなんだか見ているのが楽しいんだよ。初めて料理した時を思い出しちまう」
「・・・なら仕方ねぇなフフフ」
額の汗を拭いながら、少しずつ黄金色になっていくスープを見つめるヨハン。
いい匂いが厨房に、そして徐々に店内にまで広がっていく。
「何作ってるんだよヨハンは」
「おい!腹が減ってたまんねぇよ!」
「ヨハンは鶏塩鍋の出汁を作ってんだ。まあ出来たらみんなで食おうぜ」
「よっしゃ!!ほらよ!予約だ!」
銀貨を一枚、タンとカウンターに叩きつける客。
「おーいドモンよ!ちょっと一度見てくれぃ!」
「どれどれ・・・おーいい色だな」
「見せて見せて!」とナナも飛び込んできた。
「これをザルで濾してスープだけを取るんだ」
「わかった」
出来上がったものをドモンがスプーンでひとすくいして味見をする。
「うん完成だ。これが鶏ガラスープだよ」
「ドモン・・・なんか俺、嬉しいよ!」
「良かったわねぇヨハン!」
喜ぶヨハンにエリーが抱きつく。
小さな鍋を出し、そこに白菜やネギ、そして鶏もも肉を入れて煮て、ヨハンが説明を受けながら塩と胡椒を少し入れ味を整えた。
「自分で味見してみろよ。自分で作った鶏塩鍋を」
「・・・・ああ」
ゴクリと唾を飲み込んで、スープを一口。
自分でもよくわからないが涙を流すヨハン。
「ちょっと私にも頂戴!」
「もうナナったら」と押しのけられて笑うエリー。
「うわっ!!!嘘でしょ?!お父さん凄いじゃない!!ええ~嘘でしょ??何よこれ・・・」
「そ、そんなに美味しいのかい??」
エリーも一口スープを飲んで絶句した。
そしてサンとドモンも飲み、目を見開く。
「俺のよりうめぇぞこれ・・・」
「大旦那様!素晴らしいです!!」
「ドモンのおかげだ・・・ドモンのおかげだよ。うぅ・・・」
ヨハンは若い頃、料理人になりたかった。
家を飛び出し修行をしたが、修行半ばで父親が他界しこの店を継いだ。
すぐに母も亡くなり、一人寂しく店をやっている時にやってきたのがエリーだった。
何人かの男達に連れられ、困った顔をしながら入店してきた。
歩くだけで店の中にいた男達もヒューヒューと囃し立てる。
「客に失礼なことするなら金はいらねぇから出て行け!」
そう言ったヨハンにエリーは興味を持った。
「ひとりでお店を切り盛りしているんですか?」
「ああ、最近父も母も死んじまって」
「ご、ごめんなさい」
「あんたが謝ることはないさハハハ」
そこですくっと立ち上がったエリーが「私も手伝うわ!」とカウンターの中へと入り接客を始め、ヨハンは困惑した。
「ヨハン、この鶏肉を出せばいいの?」
「ああ、今切るからちょっと待ってくれ」
料理はそれほど上手くはなかったが、下積み時代の技術で手際良くちゃっちゃと鶏肉を切り、エリーに渡した。
それを見たエリーが「凄いわ!一流の料理人みたいよ!」と胸の前で両手を合わせ微笑んだ。
その時、ヨハンは料理人の夢を諦めたことを語った。
「いつかなれるわよ!私手伝うわ!」
「いやぁ俺には知識がないから」
「なれるの!もう!バカ!」
「わ、わかったよ・・・」
だが特に料理のレパートリーが増えることもなく、淡々と月日は流れ、いつしかその夢すらもふたりは忘れてしまっていた。
そこへドモンがやってきた。
それからは驚きの連続で、夢は思い出したが、これはとても敵わないと諦めたのだ。
そんなヨハンにドモンが知識と技術を叩き込む。
鍋の中を見つめる三時間で、失った二十年の夢を取り戻していく。
そして出来上がった鶏塩鍋。
ヨハンが作ったその鍋はドモンすら認める味で、恐らくこの世界の鍋の頂点である。
「エ、エリー!出来たよエリー!!うぅ!!うっうっう~!!」
「良かったねぇヨハン。超一流の料理人でも作れないわよこんな料理は!」
「ああ、間違いない。そうか、あれだけ真剣にアク取りをしたらこんなにも美味くなるもんなんだな。俺も勉強になったよ」
喜ぶふたりにドモンも頷く。
「さあヨハン、みんなにも食ってもらおうぜ?料理人は客を喜ばせてなんぼだ」
「・・・うぅ、そ、そうだな。よしすぐに作ろう」
「ああ、厨房は任せたぜ料理長」
「もうこれ以上泣かせるのは止めてくれよドモン!うっうっう~」
「親子揃って泣き虫だなぁワッハッハ」
『ヨハンの黄金鶏塩鍋』は大盛況で、その噂はすぐに街中に広がり、貴族達も時折食べに来る名物料理となった。
特に焼き石を入れた鶏団子鍋は絶品で、これを目的に他の街からやってくる旅人もいるほど。
王宮から調理依頼も来るほどだったが、ヨハンはこの店以外では作らないと丁重に断った。
両親が天国から見守るこの店と、家族達の愛情が無ければこの味にはならないと信じていたためである。
張り切って買い物に行って、間違ってむね肉を買ってきたよく転ぶどこかの天然女のせいで、挿絵画像はむね肉の鶏塩鍋に・・・。
そして料理の殆どは天然女の胃の中へ。