第118話
「おふたりさん、幸せにな」
「本当におめでとう」
「ありがとう」
帰る客達にナナが出口の横に立って挨拶をしている。
「で、ジジイはいつ王都に戻るんだ?」
「今夜は一晩屋敷の方に泊まり、明日の早朝出発する予定だ」
「なるほど、じゃあ俺は見送りに行けないな。新婚初夜で早起きなんて嫌だし」
「それは仕方あるまい。しっかりと・・・励め」
「ああ、それこそ例のキノコでも食って頑張るよ。では明日の朝、屋敷まで新型馬車で迎えに行かせるから」
義父との会話を終えたドモンが客の中からファルを探し、義父の前まで連れてきた。
「あ、あの・・・本当にワシなんかの馬車に乗っていかれるんで?」
「ドモンが言うにはそのようだな」
「はぁ・・・新型馬車での初めての客がまさか・・・」
「噂は聞いておる。楽しみにしておるぞ」
「へ、へぇ!じゃなくて、はい!」
緊張を通り越して真っ青になった顔でファルも帰る。
この後一度大工のところへ行き、納車されたばかりの馬車をもう一度試乗して点検をしなければならないと嘆くファルの肩を、ドモンが笑ってポンポンと叩いていた。
「では私達もそろそろ戻りましょう」とカールが促すと、「うむ」と立ち上がり左腕を出した。
独り身だと言っていた女性が恥ずかしそうにその腕に絡みつく。
「あーあ、本当にお持ち帰りすんのかよスケベジジイ」
「ドモンさん!この人のことそんな風に言わないで!」
「ハッハッハ!よいよい!では参ろうか」
オープンカーのような立派な馬車に乗り、手を挙げる義父。独り身の女性と侍女三人も一緒に乗る。
「ドモンよ、また会おうぞ!王都に来たらば持て成す故に」
「持て成さんでいいってば。・・・元気でな。ま、その様子じゃ心配いらねぇか。宿が出来たらまた来るだろうし」
「フハハ心配は無用だ。では参ろう!」
ハイヨーの掛け声があちこちから響き、義父と貴族達も帰っていった。
静かになる店内。ようやく長い一日が終わる。
カウンターの椅子に座り、タバコに火をつけフゥと大きく煙を吐くドモン。
すぐにサンが灰皿を持って駆けつけ、ドモンの横に座った。
「はぁ・・・流石に疲れたわね」
「気疲れもあるだろうしねぇ」
ナナとエリーが同時にポンポンと自分の左肩を叩いたが、その動作がそっくりだった。
「結婚式だけでも大変だというのに、王族の方やら、ドモンやサンの事もあったからな」
「ご、ごめんなさい・・・」
「サンちゃんは悪くねぇよ。な?ドモン」
「ああ」
ヨハンも自分の腰をトントンと叩きながら、それらを思い出し口を尖らす。
「さあ軽く飯食って上に行こうか。今夜は寝られないしな」
「やだぁドモンさんたら!ナナ、しっかりね」
エリーがニヤニヤし、ナナが赤くなった。
ちなみに海外的な考えなのか中世的な考えなのか、この異世界ではその行為自体は恥ずかしいという気持ちはあるものの、夫婦の関係を円滑にするためのものといった考えや、子孫を残すための勤めと言った意味合いもある大事な事であった。
親子の夫婦が同居する事も当然だったので、お互い夜に妙な声が聞こえたとしても「うん、頑張ってるな。じゃあ俺達も頑張ろうか?」のような反応となる。
ドモンは厨房に入り、残った材料でまたとんかつを作って持ってきた。
「お、いつもありがとなドモン。ほらサンちゃんも食いな」
「ありがとうございます!」
「私もいただくわぁ」
パクパクと先に食べる三人。
次にナナとドモンがもうひとつの皿のとんかつを食べ、ドモンが青くなった。
「き、きのこが入ってねぇ・・・」
「ん??んんん~??」
「え?なんの事?ってそりゃお前・・・例のキノコをそのまま食ったら不味いからとんかつに入れたんだよ」
口に入っていたとんかつをゴクリと飲み込み、三人の方を見るドモンとナナ。
「みんなもう食べちゃった?」
目を合わせ黙って頷く三人。
「それって女の人が食べたらどうなるのかしら・・・」
「わ、わかんないな」
「お、男の人にしか効かないのではないでしょうか?特に何も変わりませんね」
「ほう、そうなのか」
そう言いつつも不安そうなエリーとサン。
しばらくするとヨハンがソワソワしだした。
「あぁエリー・・・こりゃまずい事になりそうだ。困ったな。目を瞑っても、昼間の綺麗なドレス姿のエリーが浮かんじまう」
「まあヨハンったらウフフ」
「さ、先に上に行こうかエリー」とヨハンがエリーの肩に手をかけた瞬間、店内にあまりにも卑猥すぎるエリーの声が響いた。
「うぅ~ん・・・だめぇ!!」
「どうしたんだエリー??」
「なんか体が敏感なのよぉ・・・」
エリーの言葉を聞き、試しにサンの肩に手をかけてみるドモン。
「らめぇ!!」
椅子に座ったままつま先をピンと伸ばすサン。
その二人の反応を見て「ああもう駄目だ」と階段を駆け上がっていくヨハンと、それを追いかけるエリー。
そして残っていた『きのこ入りとんかつ』を赤い顔で頬張るナナ。
「お前まで何食ってんだよ・・・まあナナには試しに食わせようとは思ってたけど、これ見たら普通食わんだろうに」
「だって!!サンやお母さんの顔見たら羨ましくて・・・え?ちょっとサン、なんで床に座って口開けてるのよ!?」
「御主人様~・・・サンは出来ます・・・サンなら出来ます・・・」
「ダメよサン!そんな事しちゃ絶対にダメ!」
慌ててサンを立たせたナナだったが、二階からも「だめぇ~!!」という声が聞こえてきた。
「ど、どうする?!」
「どうするって私嫌よ、新婚初夜がお店でごろ寝なんて」
「サンはどこでも良いですよ?御主人様がビリビリしてくれたら・・・それと今日みたいな息が吸えなくなるような口づけも・・・」
ナナとドモンが相談していると、サンがそう言って突然ドモンに抱きついた。
「やだ!いつの間にこの子お酒を・・・ってなによ?息が吸えなくなるような口づけって。いつしたのよ!」
「し、仕方ないだろ!屋敷であんな事があったんだから!!」
「じゃあ私にも同じようにしなさいよ!」
「わかったよ!すればいいんだろ、すれば!じゃあほら立って」
横にサンを座らせたドモンが、身動きできなくなるほどナナを強く抱きしめ大人の口づけをした。
「!!!!!」
「ほらこれでいいだろ・・・ん??ナナ!?おい大丈夫か??」
キノコの効果も手伝い、あっという間に意識を失うナナ。
「サン、正気に戻れ!ナナを上まで運ぶのを手伝ってくれ!」
「ご褒美、サンにいただけますか?御主人様」
「ご褒美でもお仕置きでも何でもやるから手伝ってくれ!重い~・・・」
左右からふたりでナナの両肩を担ぎ、階段を引きずるように上ってようやくナナの部屋へ。
すると酔っていたサンと意識を失っていたナナが、一度に覚めるくらいの声が二階全体に鳴り響いていた。
「今夜は寝られないって、こういうことじゃないんだよなぁ」
ドモンの言葉に苦笑するふたり。
三人は悶々としながらも、仲良く川の字になって眠りについた。
一方、屋敷の方でも寝られなかった者が約二名。
ふたりともツヤッツヤでピッカピカな顔になり、20歳ほど若返ったかと周りが勘違いするほど。
ちなみに店の方ではエリーだけが10歳若返り、ヨハンだけがひとり老けていた。
「これが新型の馬車であるか」
「へ、へい!中はもう涼しくしてありますので、どうぞお乗り下さい」
「冷暖房とドモンが言っておったな。さてどんなものやら」
真夏の日差しの中、恐る恐る新型馬車に乗る義父と新たな夫人となる予定の女性。
「まあ!!涼しいわ!!」
「なんと!!!」
驚くふたりの声が聞こえ、思わず笑みが漏れるファル。
「夏の間、この中で一日過ごしていたいくらいですね。読書でもして」
「ハッハッハ確かにそうだな。冷えたワインでも飲みながらのんびり過ごすのも良い」
「ああ、そこの扉を開けると飲み物が入ってますよ。ドモンから頼まれていたんですよ。安物ですがね」とファル。
「な、なんだと?!」
備え付けの冷蔵庫を女性が開け驚きの声を上げ、「まったくあの者は・・・」と義父もニヤリと笑う。
「こちらからいくらかワインの方もお持ちになりますか?途中で冷蔵庫へ補充すれば冷えますし」と見送りに来たカール。
「瓶のワインを馬車で運べば割れるのではないか?」
「恐らく割れることはないかと。走行中に風景を見ながらワインを楽しむことも出来ますよ」
「それはまことか?!」
「ええ、重症患者も運ぶ事も可能なほど揺れません。なにせ本当にそれを試した者がおります故に」
「・・・ドモンか?」
「はい。そしてこの馬車を街の至る所に置けと言っておりました。病人や怪我人のためにと」
「・・・・」
義父はもう言葉もない。
なぜドモンを守るために皆が必死になっていたのか?その意味が本当にわかったからだ。
自身の体をその実験に使用してまで皆に幸福をもたらそうとする者を、誰が嫌うことが出来るのか。
高級ワインも積み、見送られながら騎士達を引き連れ、馬車が王都へと出発する。
空中に浮いているようにスーッと走り出した馬車だったが、義父はもう驚かない。
何故ならあのドモンが『揺れない馬車だ』と言ったのだ。
ドモンがそう言ったなら、それはそうなるともう確信したためだ。
あまりの快適さにうつらうつらと眠る女性の肩に手をやり、右手にワイングラスを持ちながら、窓の外の流れる風景に義父は目を細めていた。