第117話
「貴様は何を言っておる!!!」
カールと義父の声がほぼ同時に店内へと響き渡る。
あっさりと領地を譲るという事態に皆頭が追いつかない。
貴族として何十年、下手をすれば何代にも渡って王族へと貢献をしたり、多大な戦果を上げ、国に対して功績を上げた家などに贈られる最高の名誉である。
日本でも戦国時代などでそのような風習があった。
ドモンはそれをすぐに蹴っ飛ばした。
資産価値は日本円で数十億か数百億、将来的にその街の価値が上がれば、数千億や数兆円と跳ね上がる可能性もある。
「貴様はそれでも要らぬと言うのか・・・」
「いらねぇ」
驚愕する義父。
「な、なぜだ」
カールはその答えを知りつつも、思わずその声を上げてしまった。
「あぶく銭は身を滅ぼすんだよ。それに立ち小便が出来なくなるだろ」
いつも、いつまでも変わらないドモン。
義父もカールも乾いた笑いが出る。
ドモンのそんなくだらない理由で、カールの領地は三倍となった。
「それに俺はカールの領地に小便を撒き散らすのが好きなんだ」
「ちょっとドモン汚いわね!!」
「よさんか馬鹿者!!」
ドモンの冗談にナナとカールが怒る。
「じゃあ仕方ねぇな。おーいそこの侍女三人、ここにしゃがんで大きく口を開けろほら早く」
「ひぃっ!!お許しを!!!」
「何言ってんのよあんたぁぁ!!それじゃ本当に悪魔じゃないのよ!!」
「イテテテテ!!だから冗談だってば!!うわぁ!!!ごめんなさぁい!!」
ナナに耳を引っ張られ、挙げ句に四つん這いにされお尻だけじゃなく頭まで引っ叩かれるドモン。
そしてカウンターの横で、誰にも気づかれないようにこっそりと口を閉じて立ち上がる赤い顔のサン。
厨房に入ってからもお仕置きは続き、これまでで一番大きなパーンパーンという音が店内へ響く。
音が収まりしばらくすると、ぐったりとしたドモンが料理を持って義父とカールの前へと現れた。
「貴様も懲りない男だ」と呆れるカール。
「軽い冗談のつもりだったんだよ・・・」
ドモンが悲しい顔をしながらふたりにとんかつとマヨネーズを出した。
「チキンカツとは違うのか?」
「これは豚肉で作っているカツだ。どちらかと言えばこれが本物というか、チキンカツがこれの派生なんだ。まあ酒のつまみに食ってくれ」
カールの質問にドモンが答えるなり、すぐに「どれ、まずは私が頂こう」と義父が無造作に口へと放り込む。
「だからジジイは王族なんだから誰かに毒見させろってのに。だからあんなキノコに引っかかるんだよ」とドモン。
「フン!毒なぞに負ける体ではないわ・・・む?!これは?!!」義父の目の色が変わる。
「やだ!まさか本当に??」と奥さん達が焦る。
「本当にとんでもない料理の腕前なのだな貴様は。皆も食してみるが良い」義父が奥さん達にとんかつを勧めた。
「パンに挟むとこれがまた美味いんだよ。マヨネーズと辛子を少し塗ってな。とんかつソースがないのは残念だけども」
ドモンがそう言った瞬間、すでに横からつまみ食いをしていたナナが「はいはいはーい!私それがいい~!」と手を上げぴょんぴょん飛び跳ねた。
「ナナよ、私も頼む」とカールも声をかける。
その瞬間、奥さん達から嬌声が上がった。
「まあ!やっぱりドモンさんのお料理は美味しいわ!」
「噛むたびにずっと美味しいわねぇ」
「こんなお料理を作られちゃナナもこれ以上怒れないわねぇウフフ」
エリーもいつの間にかつまみ食い。
そんな騒ぎに気がついて、客達がカウンターへと集まってくる。
一応王族や貴族に遠慮をして皆テーブル席で楽しんでいたが、最早そんな余裕はない。
「ドモンさん・・・その食い物って・・・」ゴクリと唾を飲む客のひとり。
「ああ、みんなの分も作るから安心しろ。今日はこの王族のジジイが払ってくれるから好きなだけ食って飲め」とドモンが親指を立てた。
「フフまあ当然であろう。好きにするがいい」
義父がそう言って目配せをすると、お付きの者が袋に入った金貨を手渡し、その袋をドサッとドモンの前に置いた。
「おいおい・・・こりゃいくらなんでも多いってば」
「結婚祝いとして取っておけ。領地をやると言っても丸投げし、王族にすると言っても断る。いい加減私にも格好くらいつけさせろ」
「・・・・」
「あと・・・あのキノコのお礼も兼ねてな。こっそりと少し分けろ」ドモンに近寄り、耳元で小さく囁いた義父がニヤリと笑った。
「全く仕方ねぇな。食う時は分量間違えんなよ?食いすぎるとジジイの周りの女、全員腹が膨らむことになるぞ?」
「望むところだ。おっとしまった、また反応してしまったか。これは参ったなハッハッハ!!」
「英雄色を好むというのは本当だったか。少しは手加減してやれよ?女の方が持たねえぞ」
義父はまた仰け反るように椅子へと座り直し、とんかつを豪快に頬張り高笑いをする。
女性達もとんかつを頬張りながら、顔を赤くしていた。
ちなみにこのキノコはもう市場に出回ってはいないが、ドモンはこっそり馬小屋で人口栽培を始めていた。
もちろん自分のためと、いつか高値で取引されるかもしれないと期待してのことだ。
大量のとんかつを揚げ終えたドモンが義父の向かいに座り、小さな袋を義父に渡す。
中身は当然例のキノコ。
皆不思議そうな顔をしていたが、カールだけがそれを察し「あまりご無理をなさらぬように」と小声で忠告していた。
「何度も言うけど本当に無茶すんなよ?さっきのあんな小さなやつで今もそれなんだからな?」とドモンがちらりと視線を落とす。
「わかっておるわ!フハハ」と隣りに座っている独り身の女性の手を握る義父。
威風堂々、王族としてのその風格と、男としての自信を取り戻した今の義父にはもう怖いものなしといった様相。戦地のど真ん中を歩いていても死ぬ気がしない。
それに当てられてしまったその女性は一発で陥落してしまった。
「まあ領地も広がったし、そのうち街に面白い宿が出来る予定だからよ。そこで好きなだけしっぽりやりゃいいさ」
「む?なんだそれは?」
そこでカールとドモンが様々な温泉宿の話をした。
話を聞いた義父とその場にいた客達も驚きの声をあげる。
「カ、カルロスよ!それはどこまで進んでおるのだ?!」
「いえ、まだ設計の段階でございまして・・・そもそもが全てドモン頼り故に・・・」
「ドモン!どうなっておる!」
気がはやる義父。
「いや、俺だって建築技師とか専門家じゃねぇんだから。元ギャンブラーの遊び人だぞ?それに金だって必要だし人手も足りないんだよ。どうやら土地は足りそうだけどな。おかげさまで」
「金と人手などどうにもなるであろうが!何をこんなところで油を売っておる!」
「ジジイお前な、俺さっき結婚式して、今もその続きやってる最中なのわかってるだろうに。そもそもそんな俺を討伐しに来たくせに・・・」
義父は改めてドモンのその影響力を知ることとなった。
この街にとって、いや、この国にとっての重要人物のひとりであるドモンを排除するなど、どれだけ馬鹿げた事なのかと反省した。
義父が椅子から立ち一歩後ろに下がり、深々と頭を下げる。
「ドモンよ・・・この度の失態は全て私の責任だ。この首ひとつで許されるとは思えぬが、どうかこの国のために力を貸してくれ。これまでの非礼を詫びる」
「よせジジイ馬鹿野郎が!早く頭を上げろ!!」
ドモンは頭を下げられるのが嫌いだった。
カールも以前同じ事をしてドモンに注意をされていた。
それでも頭を上げない義父に、周囲の人が息を呑む。
仕方ねぇなとドモンが首筋をポリポリと掻いて、「じゃあ賭けをしよう」と言い出した。
「この銅貨を投げて表が出たなら協力してやるよ。頭を下げるより、ジジイのその運に賭けてみな」
キィィィンという音と共に、空中へと銅貨が投げ出される。
それを左手の甲でキャッチし右手で隠すドモン。が、もうすでに結果は見えている。
やはりドモンの銅貨は表しか出ないのだ。
ドモンがその手の中のコインを見せる前に、義父は「ドモンよ、感謝する」と薄っすらと涙と笑みを浮かべていた。