第116話
「しかし本当に来るかね・・・せめて隣に貴族か護衛達を座らせておけよ・・・王族だろジジイ、何かあっても知らんぞ」
「うるさい!貴様は引っ込んでおれ!」
屋敷での結婚式が終わり、店に戻っての二次会が始まった。
ドモンは厨房に入り、料理を作りながらカールの義父へと悪態をついた。
酔っ払いの一般客にでも絡まれれば大変なことになる。
護衛となる騎士達が店の入口で持ち物検査をし、何とも物々しい雰囲気。
一度中へと入ればいつもと変わらないものの、カウンターで王族が呑気に酒を飲んでいるという異常事態。
しかもエリーとその友人の奥さん方を左右に侍らせて、だ。
「王族のお方もこんなにもイケる口なのねぇ」
「いやいやこのぐらいどうという事はない」
「まあ男らしいわぁ!」
得意げな義父の顔を見て呆れるドモン、そしてカール。
「皆好きなだけ飲むがよい。カルロスよ、まだワインの方は?」
「はい、存分に楽しめる量はございます」
「まあ・・領主様も流石に今日は形無しですわねぇウフフ」
キャッキャと義父にくっつく奥さん達。
「これこれ、そんなにくっつくでない。私も男故に間違いが起こらないとも限らぬからな」
「ま!もしかしてまだ現役でいらっしゃいまして?!」
「あなた、先程いなかったから知らないと思うけど、凄いのよぉ!逞しくて」
アラヤダと笑顔でグラスにワインを注ぐ。
「いやははは、参りましたな。お嬢さん方のようなお美しい方々といると、年甲斐もなくつい滾ってしまうのだ。70も過ぎて、いやぁ情けない」
「男らしくて素敵ですわ!」
「お若いのねぇ!」
「私は今はもう独り身ですから、話を聞いただけでクラクラしてしまいますよ。ウフフ」
「ハッハッハ!煽てるのは止めてくだされ。また私の暴れん坊が反応してしまったではないか」
見せつけるように仰け反りかえる義父。
「ま!」「あ!悪い子!」「本当にお情け頂こうかしら?」と声をかけられ、もう笑いが止まらない。
「もう駄目ですよぉ!お店で何をなさるんですか!」とエリーに怒られても、「いやぁすまぬ。下だけはなかなか大人になれなかったのだ。怒らないでくだされハッハッハ」と高笑い。
「なーにが大人になれなかっただスケベジジイ」と、ドモンが高級ワインを奪ってラッパ飲み。
「それについては貴様も変わりあるまい。結婚式であやつら相手に大暴れしおって」とまた義父は高笑い。
店にはドモンが抱いた三人の侍女が手伝いに駆り出されていた。
サンと共にメイド服でせっせとホール内を走り回っている。
「えー!ドモンさんあの子達と?!」
「しー!しー!」
義父から事情を聞いた奥さん達が驚きの声を上げ、大慌てのドモン。
ナナとエリーがヤレヤレと苦笑し、いつの間にかそばにいたサンが頬を膨らませ、涙目の上目遣いでドモンを睨む。
「ドモンよ、この者・・・いや、サンの面倒までは見られなかったのか?可哀想ではないか。全く男として情けない」
「あ、あのなぁ・・・どうせジジイみたいな豪傑じゃねぇよ俺は」
「ハッハッハ!そのぐらいの面倒を見られるようにならねば、私の跡継ぎにはなれぬぞ?」
「ならねえって言ってるだろうが!・・・大体、俺が盛ったキノコのおかげだろうに。妙に元気に若返りやがって・・・」
小声でブツブツと文句を言うドモン。
ふたりのやり取りに周りは当然驚く。
義父は確かに若返った気持ちになっていた。
男としての自信がみなぎるとはこの事だと笑う。また笑いが止まらない。
「今なら私も貴様に勝てるのではないか?ん?」
「まだ懲りてねぇのかこのジジイは・・・」
その言葉に冷や汗を流す貴族達。
「・・・ドモンよ」
「嫌だぞ勝負のやり直しなんて面倒臭い」
「一度王都に来い。養子になれとは言わん。そして褒美を・・・いや、私からの謝罪を受け取れ」
「行かないし、いらねぇ」
「貴様には領地を与える」
ハァ?!というとんでもない大きさの叫び声が一斉に上がった。
それと同時にガシャンガシャンと久々に食器が割れる音が店内に響いた。
「お、おじいちゃん、ドモンをそこの領主にするっていうの?!」とナナの声もひっくり返る。そして口が開いて塞がらない貴族達。
「・・・貴様はこの国を・・・いやこの世界をひっくり返すつもりなのであろう?もちろん良い意味でな」
「・・・・」
「やってみるが良い。私が手助けをしてやろう。そして見届けさせてくれ。この先に起こる事を」
威厳ある真剣な目でドモンを見つめる義父。
カウンター越しにタバコに火をつけ腕を組むドモン。
「断る」
「私に恥をかかすな」
「知ったことかそんなもん」
話の内容が店内に徐々に広がり、静まり返っていく。
ドモンと義父に視線が集中する。
「あのなジジイ・・・そんなもんに縛られたくなくて逃げながら生き続けて、そしてここまでやってきたんだよ」
「・・・・」
「だから俺は俺のままでいたい。このまま自由に」
「ならぬ」
義父も一歩も譲らない。
「じゃあこの街の隣に領地をくれ。同じだけ」
「ではこの街の倍の領地を与えよう」
絶句する貴族達。
当然この街に住む皆も。
「よしわかった。それでいいよ」
「フハハ、これから楽しみであるな」ワインをゴクリと飲む義父。
「じゃあカール、俺の領地全部やるわ」
義父が盛大にワインを吹き出し、店内に史上最大とも言える食器の割れる音が鳴り響いた。