第109話
赤い絨毯のウェディングロードをゆっくりと進むふたり。
ベールをかぶったナナがややうつむき加減にヨハンの半歩後ろを歩く。
右足を出し両足を揃えて止まり、次に左足を出して両足を揃えて止まる。
一歩一歩、新郎の元へと向かってゆく。
「お父さん、緊張してる?」少しぎこちない動きのヨハンを見て、ナナが囁く。
「そ、そりゃあこんなの初めてだし・・・最後の経験だろうしな」と返答したヨハンに「フフそうね」とベールの中でナナが笑う。
また一歩、そしてまた一歩。
「ねぇお父さん」
「ああ」
「これ着いた頃には本当に日が暮れると思うの」
「ああ」
ナナとヨハンの目に皆の姿が小さく見える。
その群衆の中にひとり、草むらに転がりナナ達を指差しバタバタしている人物が、黒いドレスの小柄な女性に起こされ、服をパンパンと払われているのがふたりの目に入った。
「・・・・ドモンね」
「ああ」
ふたりは赤面したが、恐らく誰も気がついてはいない。
ハァ・・とふたり同時にため息をつく。
「もう行こうよお父さん」
「そ、そうだな」
スタタタ・・・と早足で歩き始めたふたりを見てまた草むらにひとりが転がり、黒いドレスの小柄な女性とシャンパンゴールドのゴージャスなドレスを着た爆乳女性に起こされ、パンパンと服を払われている。
「イーッヒッヒッヒ!し、新婦が走って入場してきたぞ!く、くるしい!死ぬぅ!」
「お、奥様に悪いですよ御主人様」
赤い顔をして笑いを堪えながら、ドモンの服についた草を払うサン。
「あら?ヨハンが少し置いていかれているわよぉ」
「う、運動不足だからだな・・・クックック・・・新婦においていかれる父親・・・ククッ!」
「ドレスであんなに走っちゃ・・・少し坂になっていますし危ないですよ奥様・・・」
三人が心配していた通り、躓いて転びそうになるナナ。
しかしこの日だけは転んではならないとヨロヨロとしながらも踏ん張り、耐えきった。
ホッとする三人。
が、追いついたヨハンがナナのドレスの裾を踏んでしまい、またヨロヨロとつんのめりつつ、赤い絨毯の上をどんどん加速しながら走ってきた。
「あぶぅ~!!」
「やべぇ!!」
慌ててナナの前に飛び出し、なんとか受け止めようとしたドモンだったが、ナナの突進の勢いは止められず、ドーンとぶつかった瞬間赤い絨毯の上に倒れてしまった。
ナナを抱きしめながら背中と後頭部を打ち付け、ドモンはぐったり。
「うぅ~ん・・・モゴモゴ・・・」
「んっんっ・・・ん??ぶはぁ?!いてぇし、新郎新婦の口づけが早すぎるだろ!!」
走ってきた新婦に押し倒されてキスをしている状況に、皆唖然としていた。
「ご、ごめんドモン、大丈夫?!」
「大丈夫だからどいてくれ。お前も怪我はないか?」
「私はドモンが受け止めてくれたから・・・ふぅ~ん・・・チュッ・・・ドモン・・・クンクンクン・・・」
「?!」
「これナナってば!はしたないわよ皆さんの前で!」
あんなに笑っていたくせに、最後の最後は身を挺してまで自分を助けてくれたドモンの顔を見て、ナナは感情が抑えられなくなってしまった。
ドモンに抱きつき離れないナナを、エリーが大慌てで引っ剥がす。
「ナ、ナスカすまない!大丈夫か!」駆け寄るヨハン。
「・・・お父さん、いい仕事だったわウフフ」唇を拭いながら微笑むナナ。
こうしてハチャメチャな状態のまま、ドモンとナナの結婚式が始まった。
即席で野外に作った教会の祭壇に神父が立ち、お決まりの口上。
「誓います」「誓います」とお決まりの返し。
非常におざなりではあったが、それでもヨハンは涙し、エリーが苦笑しながらヨハンの背中を擦っていた。
「それでは誓いのキスを・・」
「いや・・もういらなくないか?」
「す、するわよ!するのが決まりなんだから!」
ヒューヒューと皆に囃し立てられながら、ドモンがナナのベールをめくり、そっとキスをした。
ワッという大きな歓声が上がる。
指輪の交換は、ドモンが金属アレルギーであるために銅貨70枚で買ってきたおもちゃのシルバーリングを、あくまで形式的にハメることとなった。
ナナは婚約指輪をそのまま結婚指輪に。
子供らが買ってくれた銀貨20枚のものだが、ナナにとってはこれ以上ない宝物。
これを超える指輪はないと、ドモンとナナが二人で決めた。
最後にブーケトス。
これを受け取ったものが次に結婚できると信じられている。
だが、今回はブーケトスは行わない。
その行方はすでに決まっているからだ。
「はい、サン。次はあなたの番よ?」トコトコとサンの前へと歩いてブーケを渡すナナ。
「へ?!お、奥様・・・うぅぅぅ~!!!」とナナの気遣いに、涙腺が破壊されてしまったサン。
まだ涙が止まらずにエリーに背中を擦られながら「良かったなぁサンちゃん」と、ヨハンもサンの背中を擦る。
その様子を見てカール、そして義父も大きく頷いた。
「もう一度結婚式を執り行わなければならぬな」
「はい。その様になるかと・・・」
「その時もし・・・参列が許されるのであれば、名誉挽回の機会を望む」
「・・・それはあの者の気持ち次第ではございますが、恐らく許す許さないといった話にもならず、全く気にもせず迎え入れてくれることでしょう。そういう男です」
ドモンの方を見ながら小声でボソボソと話をしていた義父とカール。
その時突然ドモンがくるっと振り向き、ニヤリと笑った。
心臓が止まりかけるほどドキリとして冷や汗が出る。
「心の中の何もかもを・・・読まれているようだ」
普通の人間がとても敵うはずがない。
こんな者にカードで勝負を挑んだ自分の愚かさに、義父はただただ苦笑する他なかった。
こうして結婚式はつつがなく終了し、続いて披露宴が行われる。
「ねえドモン、ちょっと一緒に屋敷の中に来てほしいの」とナナ。
「なんだよ?料理しなくちゃならないんだぞ?」
「いいから来て!」
ナナに腕を引っ張られ渋々屋敷へと戻るドモンを、貴族達は温かい目で見守っていた。




