第108話
エールと一緒に、ワインが入った大量の樽が結婚披露宴会場である庭に並べられた。
子供用の果実を絞ったジュースもいくつか用意されている。
ピカピカに磨いた漬物石のようなものを5つほど騎士達に運んでもらい戻ってきた子供達が、ジャックや大工と鍛冶屋の見習いとなった子供達と再開し、皆大喜びをしている。
「こ、この度はまね・・おまえ、お招きにあずけ、あずかりまして・・・」
「もうジャックったら!いつもの言葉遣いでいいのに・・・」
「む、無理だってば!ああしまった」
「それに屋敷に遊びに来てって言ってたのに全然来ないんだから。もう」
女の子がジャックにハグをしながら囁く。
「そんな簡単に屋敷になんか来れないよ、ドモンさんじゃあるまいし仕事も忙しいし」と尖らした口に、女の子はみんなに内緒でキスをした。
共にこれが始めての口づけ。
ジャックは呆然、女の子は赤い顔。
「ジャック・・・ああ本当に愛おしい・・・」ジャックの耳元でポツリと呟く。
「見ぃ~ちゃった!ヒヒヒ・・・」
「ヒィィィィ!!!!!」
ドモンの声に女の子とジャックが飛び上がる。
「ド、ドモン・・・あの」
「酒とタバコ」
「へ?」
「あ~誰かに言っちゃいそうだなぁ!おーいカール!グラ!お母さん方~!」
「わ、わ、わかったわよ!!言えばいいんでしょ言えば!!!あなたなんて殺されてしまえばよかったのよ!もう!!」
「へへへ毎度ありぃ」
咥えタバコで去っていくドモンをヤレヤレと見ながら、ジャックと女の子はもう一度だけこっそりと軽いキスをした。
「お前達仕事はどうだ?」とカールの息子。
「は、はい!少しずつですがなんとかこなしております。本当にあの時はお世話になりました!」
大工の弟子の子供達が頭を下げる。
「いや、俺なんて何もしてないよ。出来なかった。全部ドモンがやったことだ」
「そんな事はありません。物乞いであった私達なんかにまで気に留めて、ドモン様にご紹介してくださったことで私達は助かったのです」
「必ずや御恩に報えるよう、やってみせますよ!」
鍛冶屋の方に弟子入りをしたもう一人の男の子もそう言って、力強く握り拳を作ってみせる。
腕にはたくさんの火傷の痕があったが、それがものすごく逞しく、そして頼もしく見えた。
子供達がジュースで乾杯して語り合い、大人達も酒を飲み語り合う。
初めてドモンがやってきた時のことを話して笑い合う客達、一緒にカレーライスを食べてすっかり仲良くなった細身の男と冒険者達。
健康保険の話を聞きに来てドモンとナナの話に感動し、今では常連客となった何人もの人達。そしてその家族。
噂話だけ聞いて、一目このふたりを見ようとやってきた人達もいた。
ドモンの事についてカンカンに怒っているカールの奥さんに、ただただ平謝りを続ける父。つまりはカールの義父。
貴族達も改めて義父に挨拶しようとしていたが、なかなかカールの奥さんの怒りが収まらず、皆、二の足を踏んでいる。
すっかり賑やかとなった結婚式会場の屋敷の庭。
ドモンは調理台のそばでコック達にハンバーガーのハンバーグの焼き方をレクチャーしつつ、のんびりとそれを眺めていた。
ドス黒い何かを必死に抑えつけながら。
サンと一緒に素晴らしいドレスを着たエリーが会場へとやってくると、会場の視線が一気にふたりへ釘付けとなる。
サンは先程も着ていた、背中が大きく開いた黒のドレス。
まだ小麦粉の跡が付いていたけれど、それがまるで天の川のような模様となり、黒のドレスを一層引き立たせていた。
周りにペコペコと頭を下げながらニコニコとしているサンに、大人だけではなく子供らも目が釘付けとなる。
エリーはシャンパンゴールド色の、たくさんのひらひらが付いた貴族風のドレス。大きなハットも特徴的。
間違いなく超高級品とひと目でわかるものだ。
大きく開いた胸元に皆の視線が集中し、あちらこちらからゴクリと唾を飲み込む音が聞こえドモンは苦笑した。
「あ、あの女性は何者なのだ?!」と問う義父に「新婦の母のエリーという名の者です」と答えたカール。
義父はただの庶民だと知り、驚きを隠せずにいた。
「ドモンさんお待たせ。もうすぐヨハンとナナがやってくるわよぉ」
「おお新婦の入場だな。もう何度も見ちまってるけど」
「髪飾りとベールも付けているから綺麗になってるわよ」
「なるほど、それが本来の恰好なんだな。楽しみにしてるよ」
エリーとドモンがそんな会話をしている所へ、義父がモジモジとしながらやってくる。
「えぇと・・・ドモンさんこちらはどちらの?」
「あぁ、カールの奥さんの父親だそうだ。例の王族の」と言ったドモンに、エリーが驚きの声を上げた。
「よ、よくぞ参られた。え~私はだな・・・その~」何故か緊張の義父。
「ジジイも招かれた方の立場だろ。何がよくぞ参られただ」
「う、うるさい!今は黙っておれ!」
「黙っていられるか。本当は俺を討伐するために来たくせに」
ドモンがエリーにそう告げ口をすると、ムッと怒った表情になるエリー。
「どうしてなのぉ!」両手を胸の前で握りしめ涙目になり、への字口で義父をにらみつける。
「いや全ては私の勘違いであったのだ!申し訳ない」
「駄目よぉ!うぅ~!!」
涙をポロリとこぼしながら、ぴょんぴょんと跳ねて怒るエリー。
「いやぁこれはまいった。どうしたらよいものか」と口では言いながら、少しだけ嬉しそうな義父。
「どこかの領主と一緒で、どこかの王族の人も大きなおっぱいが大好きなようだな」
「む?!」「ぐ・・・」
ドモンの言葉に巻き込まれたカールが、義父と一緒に皆の冷たい視線を浴びた。
「ふたりとも駄目よぉ!しっかりしてねぇ!」
「はい」「はい」
ドモンのせいですっかり立場を弱くしてしまったふたり。
落ち込んだ二人を見て「イヒヒヒ」と笑ったドモンから、ドス黒い何かがゆっくりと消えていく。
「やはり彼奴は悪魔ではないか・・・」
「返す言葉もございません・・・」
義父とカールが小声でそう言って苦笑したところで、屋敷から新婦であるナナと父親のヨハンが現れた。