第107話
一騒動を終えたあと、徐々に屋敷の門の前へと人々が集まりだした。
馬車屋のファルや大工や鍛冶屋、大豆畑のジャックとその母親、ナナと知り合いの冒険者達、ドモンを切りつけてしまった細身の男とその原因を作った別の冒険者達。
店の常連客も大勢駆けつけた。ドモンに眠り岩石とあだ名を付けられた男もいる。
カールと並んで歩いたことがあるパン屋は、結婚式に参加がてら、ドモンのハンバーガーのためのパンを大量に持ってきた。その妻と娘も。
ドモンとナナを知る大勢の人々が、門の前へと集まり祝福の声を上げている。
その数はすでに三百人以上。
中には衝突があったと噂を聞き、武装した冒険者達も大勢いた。
やるならやるぞ!と息を巻いているのを、必死に門番である騎士が宥めていた。
「おいカール、なんだあれ?!」
料理の仕込みを終えたドモンが戻ってきた。
それと同時にナナに抱えられていたサンの酔いも覚め始め、「あれ?御主人様に大きな胸が??」と言いながら上を向き、ナナの顔を見て飛び上がった。
驚き、子供のように泣き出してしまったサンの手を取り、ナナは一度屋敷へと戻った。
「き、貴様が呼んだのであろうが・・・」カールの顔がひきつる。
「俺が呼んだのは俺の知り合いくらいだよ!ファルとか大工とか鍛冶屋とかジャックとか・・・」
「噂を聞きつけてやって来たのか・・・」
「おい無理だぞ?!この全員に料理は・・・」
まさかの自体に流石のカールやドモンも焦る。
「料理は今あるだけで仕方あるまい。カルロス、これだけに振る舞う酒はあるのか?」
「さ、酒ならなんとか間に合うかと」
「では親しい者だけ席に着かせ、残りは酒を振る舞うのだ」
「は、はい!」
義父が的確な指示を出し、侍女や料理人達が大慌てで屋敷へとすっ飛んでいった。
「流石だなジジイ」
「ふん、貴様だけに良い格好はさせていられないからな。あとドモンとやら、大鍋で大量に作る事が出来る料理は作れるか?もちろん皆が納得できるものだ」
義父はドモンに褒められ少し得意げな顔。
「それなら・・・コック長、どでかい大鍋いくつか用意できるか?それと人の頭ほどの大きさのデカい石を鍋の数だけあればいい」
「それならば炊き出し用の大きな鍋がございます!カルロス様、使用してもよろしいでしょうか?」
「ああ、構わぬ」
戦時や非常時に使用する大鍋の使用許可を得るコック長。
それを聞いた騎士達数名が、倉庫の方へと駆け出していった。
「ドモン!大きな鍋であれをやるのか?!それなら俺達が石を洗ってくるよ!!」とカールの息子である男の子。
「悪いな頼む。力が足りない時は周りの大人に手伝ってもらえよ?」
「わかってるよ!みんな行こう!」「うん!」
子供達も屋敷へと走っていった。
「なんで新郎が炊き出しなんかする羽目に・・・」もう一杯ワインを飲みながら愚痴を吐くドモン。
「貴様の元へ人が集まる事などわかりきった事であろう」義父は呆れた物言い。
悪魔的に人を惹きつけるドモンの能力を、すでに義父は見抜いていた。
カールもそれを知ってはいたが、これほどのものだとは思ってはいなかった。
一般庶民の状態でこれなのだ。
貴族やその子供達も、皆ドモンのためにと必死となる。
そして王族であるこの自分でさえも。
もしもこの男が王族の仲間入りともなれば、世界はこの国を中心に回る。義父はそう確信していた。
「何言ってんだよジジイ、耄碌するには早いっての。あんたみたいなジジイがいれば俺なんて必要ないってば」
改めて本人に向かって養子縁組の誘いをし、すぐに返ってきた言葉がこれだった。
奇しくもそれは予想通りの返答で、愉快な気持ちなまま「では長生きせねばならんな」とドモンに告げると「当たり前だ。死ぬほど長生きしろ」と一瞥もくれずに吐き捨てられた。
笑みを浮かべながらヤレヤレと立ち上がった義父は門のところまで行き、群衆に向かって叫ぶ。
「この度はドモンとナナの結婚披露宴に皆の者よくぞ参った!全ての者の食事が足るかどうかはわからぬが、酒は皆に振る舞う故に・・・」
「なげぇよジジイ。みんな入ってこい!」
義父がもっともらしい口上を述べている最中、ドモンがやって来て門は開かれた。
義父はまた苦笑した。
「よおドモン、ようやくだな。おぉカルロス様、この度はお招きに預かりまして・・・」と馬車屋のファル。
周りに挨拶を済ませながらまたドモンの元へ。
「とんでもないことになったなお前さん」
「こんなつもりじゃなかったんだけどな」
ファルとドモンがコソコソと話をする。
「そういやワシの馬車も完成したんだよ!本当に今さっきだぜ!もう嬉しくて嬉しくて」
「おお良かったな!改造代のことはカールに言っとくよ」
「ああすまねぇな。それにワシの馬車もお前達の馬車と同じように冷暖房を付けてもらったんだよ。それも御者台にまで。ヘヘヘ」
「俺らの馬車より改良が進んでるじゃねーか!」
ついつい自慢顔で話すファル。
ドモンを祝いに来たのではなく、馬車の自慢をしに来たのではないかと思うほど。
「なら仕方ねぇな。おーいジジイ!どこだジジイ!」とドモンが叫ぶ。
「ジジイ?」何のことかとわからないファル。
「何だというのだ今度は。今は挨拶で忙しいのだぞ」と義父。
「おう、帰りはファルの馬車に乗って帰れよ。冷暖房が付いた一番新型の揺れない馬車だぜ?」
「なんと?!」
「ド、ドモン・・・こちらさんはどちらの貴族様の・・・」嫌な予感しかしないファル。額に汗が滲む。
「貴族じゃなくて王族だって。ファルの馬車で王都まで乗せてやってよ。ジジイも給金はずんでやってくれよ?」
「お、王・・・ジジイって・・・ひぃ~!!!」
ドモンの言葉にファルは尻餅をつき、そのまま後ろにひっくり返り背中と頭を地面に打った。
日本で言うなら、皇族を突然乗せることになったようなものなのだから驚くのも無理はない。
「そりゃ王族を乗せるとなりゃ驚くだろうけど、ひっくり返り過ぎだぜ」
「そ、そ、そうじゃない!それもそうだけれども!ドモンお前・・・」
イテテと起き上がりつつ、今度は頭を抱えるファル。
「ん?俺なんか変なこと言ってたか?新型の馬車は体にも優しいから乗っていけよ本当に」
「恐らく驚いているのは貴様が想像しているものとは違うことであろうクックック・・・」
義父は苦笑いをしながらも、またドモンの気遣いを感じ気分が高揚する。
ただそれに冷や汗を流していたのはファルだけではなく、この場にいた他の人々も同じであったことは言うまでもなかった。