第106話
武装を解除し、席に着いた皆にもワインが配られていく。
侍女達が忙しそうに、だが笑顔で動き回っている。
「貴様は・・・一体どんな手を使ったのだ」
「それを聞くのは野暮ってもんだ」
義父と乾杯しながら語るドモン。
小さな声でナナに向かって「御主人様が手で合図を出していたのです」とサンが耳打ちした。
サンはドモンがテーブルを叩いた数だけ下からカードを取り、クルッと回したタバコを見て上に回していた。
お泊りした子供達と遊んだ時に教えられていたトリックで、サンがしたシャッフルは、当然それも教えられていた『したフリ』である。
ドモンはおもむろにハートのエースを義父に見せた後、トランプの束の中へと差し込み指をパチンと鳴らし、一番上のカードをめくってハートのエースをまた出してみせた。
簡単な手品ではあるが、義父はギョッとした顔をし、貴族達からはうわっ!と驚きの声が上がった。
「此奴と一番してはならぬ勝負がポーカーなのです。最早賭けにもならないかと・・・」
「どうやらそのようだな」
カールが汗をかきながら義父を接待する様子を見て、ドモンはニヤニヤしていた。
「それにしても随分と回りくどい勝ち方してたわね?」とナナ。
「そうだよ。前に遊びでサンドラに配らせた時も、普通にエースの4カード出させてただろ。どういう仕組みかわからないけど」と男の子がドモンに問う。
それを聞いた義父は驚愕していた。本来ならばもっとあっさりと負かされていたのだと気がつき。
「そりゃまあ・・・俺達家族になるんだろ?」と照れたように笑うドモン。
「どういうことよ??」
「相変わらず察しの悪い奴だ」ナナに呆れるカール。
「なるほど、サンとナナの『フルハウス』ということだな」グラがポンと手を叩いた。グラもすでにサンがドモンと結婚するということは知っていた。
「貴様はこの侍女とも結婚をすると・・・まあ貴様ほどの男ならそれも仕方あるまい。にしてもやられたわフフフ」
義父の言葉に真っ赤な顔のサン。
赤い顔のままトコトコと歩き、突然ドモンの上に正面から跨った。
「御主人様~だーいすき。サンの服~またビリビリってして?」
「ちょちょちょ!!いつの間にこんなに酔って!!」
恍惚とした表情のサンを慌ててドモンから引き剥がすナナ。
大きなため息をついたカールが「一体貴様はサンドラに何をしたのだ・・・」と憤慨した。
ドモンに仕えることが決まった時もスカートを破られ、子供達の前でも無理やり服を剥ぎ取られ、買ったドレスも背中の部分を切り取られてしまったサンにとって、それがドモンから受け取るネジ曲がった愛の形、幸せの形であった。
「誤解だ誤解!!と、とにかく俺は料理の手配をしてくるから、式の準備を進めてくれ!」とドモンが屋敷へ逃げていった。
「結局奴は何者なのだ」
「奴が何者かと問われれば、この世界に迷い込んできた異世界人としか言えません。元ギャンブラーとも申しておりました」
「・・・・」
「態度も大きければ平気で嘘もつく。ただ・・・・」
「浮気もするのよ」
「信頼は出来る男です」と義父に向かってカールが言おうとしたところで、酔って寝てしまったサンを膝の上に抱きかかえながら、ナナが余計な口を挟んだ。全て台無しである。
「ハッハッハ。花嫁にそんな事を言わせるなんて何とも酷い男であるな。それもその相手のひとりを花嫁に任せてどこかに行ってしまうとは」
「ホント酷いよねおじいちゃ・・・あ」
「ワッハッハ!もう良い!お前のような娘や孫がいたなら、私も鼻が高いというものよ」
「アハハ私もよ!」
「こ、これ!!」
王族である義父とナナがとんでもないやり取りを始め、汗が止まらないカール。
自身の子供が粗相を行ったかのように焦ってしまった。
「あの男にお似合いの娘だといったところだな」
「・・・はい。いやもうなんと申せばよいのやら」
「ちょっとどういう意味よ!」
「ワハハ!すまんすまん!ワッハッハ!!」
ナナと会話しながら義父は思う。
ああ、私はなんということをしでかしてしまったのか。
この可愛い娘を、危うく悲しませるような間違いをしでかすところだったと大いに反省する義父。
「あの男は・・・確かに悪魔的な男であります。もしかすると本当に悪魔なのかもしれません」真剣な顔でカールが語り始める。
「それはわかっておる。手の震えが止まらぬなど記憶に無いわ」
義父は王族の中でも勇猛果敢で豪傑な男であった。
それ故に今回のような事を独断と偏見で行ったのだ。
「ですが味方であるならば、あれほど頼もしい男はおりません。奴に救われた者、そしてこれから救われるであろう者達の数は計り知れないものと考えられます」
「・・・そうであろうな」
「それに・・・私の唯一無二の親友でもあります・・・」
「サンの大切な御主人様でもありまぁすムニャ」
膝の上で双丘に埋もれながら寝ぼけているサンの頭をナナが撫で、カールは下唇を噛みしめる。
「フフフ安心するがいい。もう私があの男にどうこうするということはない。あ、いや・・・」
「まだ何か気になることでも・・・?」義父の言葉に少し心配そうに返すカール。
「うむ、私の下に就けてもよいかと思ったのだ。もし下というのが嫌と言うなら、養子縁組として迎え入れても良い」
「な、なんですと?!」
驚きのあまりカールが椅子から立ち上がった。他の貴族達、子供達は絶句した。
貴族にするどころか、王族として迎え入れようとするとは流石に思いもよらなかったのだ。
義父はそれほどまでにドモンのことを気に入ってしまった。
この人数相手に怯まずに立ち向かう勇気、場の空気を飲み込む雰囲気、物怖じしない性格と度胸、その中に見せる小さな気遣いや優しさ、そしてあのポーカーでの立ち回り。
完膚なきまでに叩きのめされ、ワイングラスを差し出された。
その度量に、男として惚れ込んでしまったと言っても過言ではない。
そう思ったのだ。
悪魔だろうがなんだろうが手元に置きたい。手放したくはない。
更にナナのことまで気に入ってしまっていた。
ドモンが勝つと信じて疑わず、ウェディングドレスで横に並ぶ勇ましさはドモンに引けを取らない。物怖じせずに自分に接してくる可愛らしさも気に入った。
養子縁組とすればこの二人が一度に手に入る。そう考えてのことだった。
「無理よおじいちゃん」ナナがケタケタと笑う。
「なぜだ?」
「あの男は、地位にも名誉にも金にも全く興味が無いのでございます。むしろ嫌がるかと・・・」そう言ってカールが椅子に座り直した。
「なんだと?!王族となる機会などまずあり得ないのだぞ?!」
信じられないといった表情で今度は義父が立ち上がった。
「・・・何が嫌だというのだ・・・?」
「なんかね『立ち小便できなくなるだろ』って言ってたわ」ナナと、ナナに抱っこされているサンがクスクスと笑う。
「フ・・・フフフ・・・ハハハ!そうであったか!それならば仕方ないなワッハッハ!!」
それを聞いて大笑いした義父はゆっくりと座り直しながら、益々ドモンのことが気に入ってしまったのだった。