【幕間】本当の男女平等
自分の中では前話で一区切り。
この幕間は昔書いたものを作品に合わせて書き直したもの。
読み飛ばしても支障なし。
ただし98%くらい書き直す羽目になったので読んで欲しい気持ちもある(笑)
「男の仕事に顔を突っ込んでくるんじゃねぇよ!」
「待ちなさいあんた!それは聞き捨てならないわね!」
そろそろ店を開店しようかとしてる昼前、サンがメイド服を着ていそいそとテーブルを拭いている時に、外から男女の喧嘩する声が聞こえてきた。
「なんじゃありゃ?夫婦喧嘩か痴話喧嘩か?」
「おふたりともすごい剣幕で怒ってますね・・・」
屈んでスイングドアの下からこっそり外を覗いたサンの肩に両手をかけ、ドモンもスイングドアの上から外の様子を伺っていた。
「なになになに?!なによちょっと!見せてってば」
「お、押すなって!危ないから胸を押し付けるな!」
ナナが野次馬根性を見せてドモンの後ろでぴょんぴょん跳ね、ドモンに体を押し付ける。
普段ならドモンも嬉しいところだけれども、今はサンが前にいるため本当に危ない。
「わあああ!」
「危ないサン!」
ナナの圧力に耐えきれず、ドアから押し出されてしまったサンとドモン。
ドモンは慌ててサンを後ろから抱きかかえ、クルッと反転して背中からテラス席の床へと落ちた。
「ご、御主人様大丈夫ですか?!」
「サンは?サンは怪我ないか??あとナナは?!」
「私は大丈夫ですけど御主人様のお背中が・・・」
「私も手を擦りむいただけで平気。ごめんふたりとも・・・」
板で出来ている少し荒れた床に背中を擦りつけてしまい、ドモンの服の背中から血が滲んできていた。
それを見たサンが涙ぐむ。
「イチチ・・・二人が平気なら良かったよ」
「ごめんね本当に」しょんぼりナナ。
「気をつけないとだめだぞ?特にお前のわがままおっぱいは危険なんだから」
「自覚して肝に銘じます・・・ああ・・・またドモンが怪我を」
胸を両手で抑えて反省するナナと、寂しそうに自分の胸を抑えて違う意味で落ち込むサン。
「女を守るのが男の仕事だからな。このぐらい気にするな」
「ハァウ!」
「アッハァァン!」
起き上がったドモンが右手と左手でパーンとふたりのお尻を叩く。
お仕置きというわけでもなく、元気づけるためのほんの冗談のつもりだった。
ただあまりにも不意打ちすぎて、ナナはその場で崩れ落ち、サンはドモンに抱きついた。
「お、驚きすぎておもらしするかと思った・・・もう!ドモーン!」
「ごめんごめん!そんな強く叩いたつもりはないんだけどな」
「御主人様!もう一回!サンにもう一回だけ!」と、ドモンに抱きついて離れないサン。
渋々ドモンが「全くわがままで悪いメイドだ」ともう一発お尻を叩くと、「す、素敵です御主人様・・・男らしくて・・・」と、恍惚とした表情でナナと並ぶようにその場に座り込んだ。
大声の喧嘩ですでに野次馬が集まっていたというのに、三人がそんな事を行ったものだから、更に人が増えてしまっていた。
そしてなぜか喧嘩をしていた女性の怒りの矛先がドモンへと向かった。
「ちょっとあんた!うちの旦那も大概だけど、随分と女を男のおもちゃみたいな扱いしてくれるわね!」
「はぁ?」
「ハァじゃないわよ。どいつもこいつも男ってやつは女を馬鹿にして!男女平等なんて口先ばっかり!!」
奥さんの怒りに感化されたのか「そうよそうよ!」という野次馬からの声が聞こえる。
それに更に反応するように「女は黙ってろ!」「女のくせに生意気な!」と男達の声まで上がり始めた。
野次馬はほぼ男女真っ二つに割れ、男と女の睨み合いに。まさに一触即発の状況。
「どうなってるのこれ?」とナナも口をあんぐり。
騒ぎを聞きつけた騎士や憲兵達も集まり「静まれ!」とやるものの、騒ぎは大きくなるばかりであった。
「ええい静まれ!静まらんか!どうなっておるのだこれは!」
カールの登場で嫌な予感がしたドモンは、コソコソとサンとナナを連れて店内に逃げ込もうとするも、「待てお前達」の一言で無理やり引き戻された。
そうして何故かテラス席にて、ドモンと領主のカールを混じえた、男と女の主張合戦が繰り広げられることになった。
男達と女達がテーブルを挟み睨み合う。その中心には喧嘩していた夫婦。
「男はいつだって『どうせ女だから』と見下してんのよ!それが気に入らないわね!」
「実際女は男よりも仕事が出来ねぇだろうが!!」
そのやり取りでまた喧嘩が始まり、カールが落ち着かせている。
可愛い男の子と女の子の双子の幼児を抱えた奥さんも、旦那らしき人物相手に涙目になって何やら訴えていた。
どうにも収まりがつきそうにもなく、カールはドモンの方をちらっと見る。
恐らく『どうにかせんか!』という視線だろうとドモンは察し、タバコに火をつけ、空に向かって大きく煙を吐いた。
「ねぇドモンの世界ではどうだったの?」ナナの言葉で皆ドモンに耳を傾ける。
「あっちの世界か?あっちでも同じ様に問題になっていたよ。男女平等の権利だの女性蔑視だの」
「あんたも随分と女性蔑視がすぎるようだけど?」と怒れる奥さんの矛先がまたドモンへと向く。
灰皿を持ってきたサンが小声で「御主人様は違います・・・」と言って、ドモンの袖をつまんだ。
「まあ大体だ。これはいつも女が男と同じ権利を主張して意見がぶつかるんだよ」
「なによ!女が悪いっての?!」
「ドモン、それはちょっと言い過ぎよ」
怒れる奥さんに少し同調するナナ。
ナナも女性の冒険者なので思うところはあった。
「お前には無理だ」とか「女とはパーティーは組めない」ということがやはりある。
なのでドモンと出会った時もナナは単独行動だったのだ。
「いやまあそうなんだけど聞いてくれ。逆にまずは男と女の違いについて考えてみろ」
「違い?」
「ああ、まず女は筋肉量がどうしたって男よりも少ない。またここで怒るんじゃないぞ?あくまで冷静にその差だけを考えてくれ」
「チッ!」
ドモンの言葉に女性陣が少し不機嫌な顔になり、男性陣は力こぶを作ってニヤついていた。
「なので仕事によってはどうしてもその差が出来ちゃうんだよ。男が3つ同時に運べる物を女は頑張っても2つしか持てなかったり。そこは理解してくれるよな?」
「それは仕方ないわね」とナナも口を尖らす。
「これで男の方が優位だと勘違いしてる奴が大勢いるから、この問題はなくならないんだ」
ドモンのその一言で、今度は女性陣の顔がぱぁっと明るくなった。
「そうよそうなのよ!」と声がなかなか収まらず、カールがコホンと咳払いをする。
「まず女には・・・」ドモンの言葉にゴクリをつばを飲み込む女性達。
「おっぱいがある」
その瞬間怒号のような不満の声が上がった。
男達はニヤニヤと笑い、女達を見ている。
「よく聞け男達、そして女もだ。それがどれだけ大事なことかよく考えるんだ」
「な、なによ・・・」ナナも胸を隠す。
「赤ちゃんのミルクを出せるか?の一点だ」
その言葉で皆真顔になる。
「あと男は心臓をいくつ持ってる?」
「それは男も女もひとつに決まっておろう」
思わずカールがそう答えた。
「いいや違う。女は身体の中で、もうひとつ心臓の鼓動を刻むことが出来るんだ。場合によっては身体の中に3つあることもある」
「えぇ?!」
ドモンの言葉に女性達からも驚きの声が上がった。
そう言ってドモンが見つめた方向に、双子の幼児を抱えた奥さんがいる。
ドモンと視線があった奥さんはハッと気が付き、「あ、あります!確かに心臓が3つ、身体の中にありました!!」と双子の幼児をぐっと抱き寄せた。
「男達は想像してみろよ。自分の心臓以外に、他の心臓も体の中で動かしていることをよ?すげぇだろ?」
「・・・・・」
「これはどうやったって女にしか出来ないんだよ。女はそれを誇っていい。ミルクをあげられることもだ」
「えぇ・・えぇ!!」
男達は黙り込み、女達は歓声を、母親達は涙を流した。
「男は力持ちだ。女も守る。凄いよ。だが女は子供を生み育てることが出来る。それも同じように凄いんだ」
「・・・・・」
「男と女は凸と凹。お互いにない部分を補い合ってこそ上手くいくんだ。全てを凸にして並べようとするから角と角がぶつかるんだよ。最初に言ってた女の主張が『全てを凸にしろ』という主張になりがちで、結果ぶつかり合ってしまうんだ」
「なるほどね・・・」
ナナも納得の表情。
「決してスケベな話じゃないから勘違いするなよ?まあ確かにぴったりずっぽしハマるけどさイヒヒヒ」
ドモンの言葉に真っ赤な顔になるサン、そして女性陣。
ナナは何のことかまだわかっていない。てっきり自分の胸が凸の方だと思っていたのだ。
「まあだから、女は命がけで働く男に感謝して、男は家や子供を守ってくれる女に感謝する。お互いにそれを認め合うことが、本当の意味での男女平等なんじゃないかな?いつもありがとうってさ」
そんなドモンの言葉にまた女性達が涙を浮かべる。
その女性達を見て、今度は男達が「いつもありがとう」と頭を下げた。
「あのドモンさん・・・妻に・・・なにか美味しいものを作ってもらえませんか?」
「う、うちの旦那にエールでも一杯あげてもらえるかい?いつも大変な思いしてるだろうしさ・・・」
そう言って最初に喧嘩をしていた夫婦が寄り添い、強く抱きしめあった。
そしてドモンはジロリとカールを睨む。
「・・・・ええい!今日は私の奢りだ!好きなだけ飲み食いするがいい!!」立ち上がり宣言するカール。
「へへへ」とドモンがニヤつく。
「ただし!今日のこのドモンの言葉を皆、胸に刻んで忘れぬように!よいな?」
そう言って金貨をドモンの頭の上に叩きつけた。
テーブルに突っ伏したドモンを起こして頭を撫でるサン。
皆笑い声を上げながら、仲良く店内へとなだれ込んでいった。
「なるほどなぁ。俺はエリーには感謝しかないけどよ」とヨハンがカールの話に頷いた。
「私もよぉヨハン」と言いながら、厨房でのひと仕事を終えたドモンと、すでに何杯か飲んでいるカールにエールを入れる。
ナナとサンはせっせとドモンが作った料理を運び、ホールを走り回っていた。
「流石だなやはり貴様は」
「カールがなんとかしろって目で訴えるから」
タバコに火をつけドモンがフゥと煙を吐く。
「貴様があのような考えを持っていたというのも驚きだ。お互いを認め合うことか・・・新しい形での男女平等であるな。私も目から鱗が落ちた思いだ」
「ほ~んと!格好良かったわよ!」
いつの間にかドモンの横にいたナナがドモンに抱きついた。
「あああれか・・・あれはどこかの占い師の婆さんが言ってたことを適当に言って誤魔化しただけだ。どうしてお前らは素直にすぐ真に受けちゃうんかな?仕方のない奴らだ」
え~!!という驚きの声をナナとエリーが上げ、ヨハンとカールが大きなため息を吐く。
「女なんて宥めすかして口八丁手八丁で押し倒してしまえばこっちのもんよ。女は女でうんうんと素直なふりをしておいて男に働かせて、尻に敷いちまえばいいんだアハハ」
笑いながらナナのお尻をパーンと叩き、ナナにしこたま怒られるドモン。
それを見たサンが大慌てでやってきて軽くお尻を突き出したが、何もされずに落ち込んでいた。
翌年、ほぼ同じ時期に赤ちゃんがたくさん生まれたが、この一件が原因だったのかどうかは定かではない。