第104話
「さあこれが次の品、さっき話にも出ていたおでんと呼ばれるものだ。そのままでも美味しいが、好みで味噌ダレや辛子を付けて食べてくれ」
義父と部隊長には大根を、カール達貴族やナナ達には大根と卵をお椀に入れてドモンが目の前に置いてゆく。
部隊長からチッ!という舌打ちが聞こえ、カールは思わず笑いそうになり、咳払いをして誤魔化した。
「まだ熱いからな?特にジジイとおっぱいは気をつけろ」
グラタンの件で懲りたナナが「わかってるわよ」とフォークで切って持ち上げた大根にフーフーと息を吹きかける。
それと同時に「わかっておるわ!」という声があちらこちらから出て、皆顔を見合わせた。
「ジジイが多すぎるだろククク」
「貴様がその筆頭であろう!」
すぐさまカールがドモンに反論するも、
「御主人様は違います」
「ドモンは違うよ?」
といういつものやり取りが始まり、「同い年だろうが!何度言ったらわかるのだ!」とカールがうなだれる。
そのやり取りを見ていた義父が「ふん」と鼻で笑いながら、はじめに大根を口へと運んだ。
「ぬっ!!これは!!」
大根から染み出した旨味成分が口の中を蹂躙していく。
勝手に溢れ出す唾液と混じり合いながら、ゴクリとそれを飲み込めば、幸せが喉元を通過する。
それとほぼ同時に「ああ・・・これがあの大根なのか?とても信じられぬ」とホッとしたような笑顔を見せながら、部隊長が目を細めた。
カールは頭を抱える。
あまりにも自分好みの味付けであったためだ。
あのカレーライスの衝撃的な美味さとはまた違った、いつまでも食べていられるような優しい味。
それがただの大根だというのだから、感服するよりなかった。
もう一口大根を口に入れ、カールはまた頭を抱えた。
「ああ兄さん、このタレをつけるとまた旨味が何倍にも広がるよ」
たっぷりと味噌ダレを付けて食べるグラ。すぐに義父も真似をして「これは美味い・・・」と無意識に声を漏らした。
「貴様はまだ舌が肥えておらぬのよ。辛子の方がこの味によく合うという事がわからんのか」叔父貴族が得意気に語る。
「俺にだってそのくらいはわかる!」とグラが辛子を付けすぎてむせてしまい、騎士達に笑われていた。
「たまごが~!御主人様!たまごがすごく美味しいです!」
「本当ね!どうしてこんなに美味しいの?!この汁とも合うし、このタレとも合うし、辛子を付けても美味しいわ!」
その声を聞いた貴族達からも次々と「おお!本当だ!」と声が上がり、義父と部隊長が悔しそうな顔でそれを睨んでいた。
「ほらよ。もう・・・いいだろ?」ドモンはそう言って、義父と部隊長のお椀にお玉でたまごをひとつずつ入れていく。
「この私にもくれるというのか?」困惑した表情の義父。横で部隊長も同じ顔。
「いらないのなら誰かにやるけど?」
「誰もそんな事は言っておらん!」
そう言って慌ててふたりはたまごにかぶりついた。
「あ、それ鍋から出したばかりだから熱いからな?」
「ばひぃ!!」
王族と騎士の意地で吐き出さず、口から湯気を出しながら食べきったふたり。
ドモンは笑いながらサンに氷水を用意させ、ふたりへ渡した。
汁まで飲みきり、一同は大満足であった。
ただの大根が超一流の料理へと変貌した、その実力は義父も認めざる得ない。
しかしそれはそれ。ドモン本人を認めるわけにはいかなかった。
義父は長年の勘や経験で感じ取っていた。このような男は危険だと。
詐欺師はまず相手を信頼させ、油断したところで全てを奪っていく。
風の噂や娘のその言動、金や人々の動き、あらゆるものが異常に感じた。
ただの庶民が貴族に取り入る早さがまず尋常ではない。
悪魔に洗脳されている。
まずそれは間違いない。
そして今、自分自身も洗脳されかけている。
義父はそれをギリギリのところで耐えていた。
貴族達、娘や孫を守るために。
「さあ最後はこれを食ってくれ」
ドモンが出したのは、ただの大根おろしに醤油をすこし垂らしたものだった。
「またこれが美味いというのか?」と義父。
「俺はさほど好きではないな。やけに辛い時もあるし。ナナのように肉や魚に乗せて食うのは好きなんだけど・・・」とドモン。
「なぜそんな物を出す?」
義父の言葉に皆同意した。
おでんで終わっていれば評価は高いままだろう。
それを下回るようなものならば、出す必要がないのだ。
「いやぁほら・・・お前ジジイだしフフフ」
「おのれ貴様・・・!!」
「『大根おろしに医者いらず』と言ってよ、体にいいんだ。式が始まれば肉料理も出てくるし、その歳にもなれば胃がもたれるだろ?これを食べておけば消化にも助かるし、血管年齢も若返るんだよ」
「!!!!!」
「だから悪いこと言わないから食っておけって。薬だと思ってよ」
ドモンはそう言って大根おろしをかき込んだ。「お?今日のは辛くないぞ」と笑顔を見せて。
もはや義父はギリギリのところで踏みとどまっているのかどうかもわからない。
部隊長はすでに堕ちた。同時に王宮の騎士達も。
ドモンに頭を下げ、感謝の意を示していたのだ。
日に照らされ、地面に映るドモンの影が全て物語る。
この者は正真正銘の悪魔だと。
破壊の限りを尽くすあの悪魔の影。
人々を洗脳し、手の上で転がし、心を奪う。
その心地よさに、義父は必死に堪えていた。
大根おろしとドモンの優しさが体に沁みていく。
神よ・・・力を貸せ!
いや、神は力など貸してはくれぬ。いつも見守るだけだ。
だがこの悪魔は、優しく手を差し伸べ続ける。倒そうとする私にまで、力を貸そうとしてくるのだ!
手助けをしてくる悪魔と、何もしてはくれぬ神。
どちらが正しいのか?
「この悪魔め・・・悩ませおる・・・」
頭を抱えた義父に、ついに女神が手を差し伸べた。
「ほらおじいちゃん、大根おろしが服に跳ねてるわよ?」
ナナが傍にあった布巾を手渡し、ヤレヤレと苦笑した。