第103話
「じゃあコック長は薄く細く千切りに、サンはチーズの削り器を使って大根をゴシゴシ下ろしてくれ」
「かしこまりました。長さは?」
「10センチくらいの長さで。切ったら氷水にさらしてくれ」
「はい」
「御主人様、それはどのくらいの量を作ればいいのでしょうか?」
「にーしーろー・・・ジジイは10人くらいか。じゃあ大根の上半分くらいかな?」
「かしこまりました!」
コック長とサンに指示を出しながら、ドモンは大根を切って鍋の中へ入れていく。
「ねえ私は?」とナナ。
「おう・・・お前は応援係だ」
「・・・・・」
「ちっ!わかったよ。お前は自分の分の牛肉ステーキでも焼いてろ。大根おろしと合うぞ?」
「す、すぐに持ってくるわ!」
また屋敷へとウェディングドレスで走っていくナナを見ながら「なんで新婦が式の前にステーキ食うために走ってんだよ」とドモンが笑う。
その様子を見て場の雰囲気が更に和んでいく。義父と部隊長以外ではあるが。
ドモンは鍋の大根を煮ながら、出汁や醤油で味付けをしていった。料理酒代わりはやはりエール。
ついでに卵も茹でてゆで卵も10個ほど作った。
「こんな夏場にこんなもんを作るなんてなフフフ」
「おい・・・大根以外の食材は許さぬぞ」
「ああ、これは俺達の分だから気にするな。カール達も食うだろ?」
「うむ」
「ぐぬぬぬ・・・!!我らをぞんざいに扱いよって・・・!!」部隊長が青筋を立てる。
カール達はもうすでに分かっていた。
強烈なあの出汁の匂い。
ドモンと初めて会った日の、あの肉じゃがの時と同じ匂い。
これは美味い。
「ああカルロス、この匂いは肉じゃがか?」
「うむ間違いないだろうな」
あれほど怒りに打ち震えていた気持ちが、どこかへ逃げていく。
強烈な食欲によって。
「いや肉じゃがではないぞ?これは『おでん』と呼ばれるものだ」
「おでん??」
「ああ、俺の国で何百年も前から食べられていた伝統的な料理だ」
「それだけ愛され続けているということは・・・」
「まあ期待していてくれ」
カールと会話をしながら、ゆで卵を剥いて鍋の中へ。
グツグツと煮込まれた大根とゆで卵に味が浸透していく。
「ドモン様、大根の千切り、仕上がっております」
「ありがとう。じゃあこれから出していこうか」
マヨネーズに砂糖をほんの少し、醤油を数滴入れ、レモンを絞り混ぜ合わせる。
水気を切った大根の千切りの上にそのマヨネーズを乗せゴマを振り、義父と部隊長の前へと置いた。
「ではまずは一品目。びっくりなハンバーグ屋のプレートの・・・横の方にある大根サラダだ」
「なんですかそれ?」と不思議顔のサン。
「結局はただの大根サラダなんだけど、とにかく美味いんだよハハハ」
そう言ってドモンはカール達貴族の前にも大根サラダを出し、サンとコック長、そして恐らく取って置かなければ文句を言うだろうナナの分も用意をした。
「こんなもの美味いわけがなかろう」と義父。
「まずは私が毒見をしましょう」部隊長がフォークを使って一口。
「・・・・」
「どうしたのだ」
「ま、不味いです」
「そうであろうそうであろう!・・・おい、もう食わんで良いぞ?」
「い、いえその・・・だ、出されたものは最後まで食べる主義なものですから・・・」
モグモグムシャムシャと食べ続ける部隊長。
「あの・・・なんでしたらそちらも私が・・・」
「ええい!自分で味を見るわ!役立たずめ!!」
一口食べ、二口三口と食べ進める義父。
「むぅ・・・これは・・・」
生まれて初めての特製マヨネーズを使った大根のサラダに、舌と体が勝手に喜んでしまう。
今まで食べてきたどの前菜よりも食欲が湧き、次から次へと口の中へ。
この時点ですでにドモンの勝利が確定していたが、義父は素直に認めることは出来ずにいた。
「流石だな・・・此奴を認めたくない気持ちもわかるが、どうしたって認めざる得ないのだ」一口食べたカールも唸る。
「これがただ大根を細く切っただけだなんて・・・」叔父貴族も衝撃を受ける。
カールよりも年齢が上で、今まで色々と食してきた。
だが大根が持つそのポテンシャルを見抜けてはいなかった。
「おお!これは!さっぱりとしていて瑞々しく歯ごたえもあり、そこへ味を少し変えたマヨネーズが調和して、前菜として完璧な味わいでございます!」
「食レポが上手いなコック長」
「・・・?」
コック長に向かって思わずドモンがそう言葉を漏らす。
「サンは食べないのか?」
「はい!奥様が来てからご一緒にと思いまして」
「偉いなサンは。よしよし・・・なんて言うと思ったか!さっさと食え!!」
バチンとサンのお尻を叩くドモンに、王宮の騎士達は唖然とした。
「ハゥ~!!」と叫び声を上げよろめき、恍惚とした表情でドモンに抱きつくサン。
「兄さん、やっぱりドモンは悪魔かもしれないな。まあ良い悪魔ではあるけれども」モグモグと大根サラダを食べつつ、グラがボソッと呟いた。
そこへナナが肉を持って戻ってきた。
「ちょ、ちょっとサン!何があったのよ!なんでドモンに抱きついて・・・」
「御主人様~ふ~」
「は、離れなさいってば!ちょっとあんた!サンにお酒飲ませたんじゃないでしょうね?!」
「飲ませてないって!ちょっといたずらしてお尻叩いたらこうなっちゃって・・・」
幼くして両親を亡くしていたサンは、自分でも知らず知らずの内に厳しい躾を求めてしまうようになっていた。
もちろんその性格を最初に呼び起こしてしまったのはドモンである。
ようやくサンをドモンから引っ剥がしたナナが、ステーキを焼きながらサンと一緒に大根サラダを食べる。
「うわぁシャキシャキで美味しいです~!」
「ん~!!!んぐっ!・・・これはお肉と一緒じゃなきゃ駄目よ~!早く焼けろ~!!」
サンの可愛らしい感想と、ウェディングドレスを着ているというのに、まるで山賊のようなセリフを吐くナナ。
ドモンがヤレヤレと横に首を振りながら、焼けた肉をカットし大根おろしを乗せ、醤油を少しだけ垂らしてナナに渡した。
義父や貴族達に遠慮することもなく、すぐに口の中へと放り込んだナナが「んっぐ!!んあー!!これよこれ!これなのよー!!」と叫び声を上げ、ステーキと大根サラダを交互に頬張った。
ゴクリと唾を飲み込んだ義父と部隊長。そして騎士達、貴族達全員。
「お、お前は肉を一枚しか持ってこなかったのか?」と義父。
「そりゃそうよ。だって大根だけでいいって言ってたでしょ」とモグモグしながら答えるナナ。
その様子を見てドモンはクククと笑っていたが、カールを含む貴族達も「気の利かんやつだ」とうなだれていた。
「まあ次もあるから我慢しろよ。その肉の代わりになるとは言わねぇけどさ」と、ドモンが味噌に砂糖と生姜を入れながらおでんの味噌ダレを作っていた。
「はいはーい!私それも食べるよ?」とまだモグモグしてるナナ。
「お前・・・式が始まる頃にはドレス爆発するぞ?」とドモン。
「なんで食べたらおっぱいが爆発すんのよ」
「爆発するのは腹だ腹!!お前はなぜ飯食ったらおっぱいがまずデカくなっちゃうと思うんだよ・・・」
「やだドモン!私食べすぎてもお腹が爆発したことなんてないわよ?」
「ふーく!服が爆発するって言ってんだ!ドレスって言っただろ!」
「え?ドレスが?!」と胸を抑えるナナ。
「だーかーら!!お腹だと言ってんだろさっきから!!」と地団駄を踏むドモン。
そんな会話をしながら「ふうん」と言ってステーキを更に食べるナナ。「結局食べるんかい」とドモンがヤレヤレ。
ふたりの漫才のような軽妙なやり取りに、双方の騎士達からクスクスと笑い声が上がり始めた。思わず拍手をする者まで。
サンとコック長は頬をパンパンに膨らませて耐えている。
「ハハハ・・・」と笑った部隊長を義父が睨みつけていた。




