第102話
キィィィンという音と共に、空中へと銅貨が投げ出される。
それを左手の甲でキャッチし右手で隠すドモン。が、もうすでに結果は見えていた。
ドモンの銅貨は表しか出ない。
ギャンブルという土俵に無理やりあげさせ、力付くで相手を叩き落とす。
襟に仕込んでいたインチキコイン。
以前カールと店で飲んでいた際に遊びで作った、銅貨の裏と裏をくっつけた表しか出ないイカサマコイン。
大勢に囲まれている中、バレれば死が待っているというのに、ドモンはあっさりとそれにすり替えてみせたのだ。
「どうやら運が向いていたみたいだな。まずは少しだけ命拾いしたよ」と言って、ドモンはまたポリポリと首筋を掻きイカサマコインと普通の銅貨をまたすり替えた。
きっとドモンならなんとかしてくれると信じてはいたが、ナナとサンもフゥ・・と息を吐く。
「ふん、貴様の命が数分伸びただけの話だ」
「確かにそうだな。こんなに強そうな人見たことないよ」
義父の言葉で部隊長の方を見て、オー怖い怖いと目をそらすドモン。
「皆少し離れて輪になれ。さあ好きな武器を持て。相手をしてやろう。私の名は・・・」
「あーいい!いい!俺名前覚えられないんだよ。悪いな」
「き、貴様!!」
「んでもって降参だ」
「はぁ?!」
ドモンの言葉に驚いたのは部隊長だけではない。義父やナナも思わず声を出してしまった。
「何言ってるのよドモン?!」
「だってどう見ても勝てるわけ無いだろ」
「だ、だからって・・・」
ナナが頭を抱える。
一騎打ちとなり、ドモンを囲む輪にようやく近づけたカール達も呆然としていた。
「まあこれは相手の得意な勝負だから仕方ないよ。じゃあ今度は俺の得意な料理で勝負だ」
「な、何を言っておるのだ此奴は!」と、流石に義父も混乱した。
「こんなの大の大人が、生まれたばかりの赤ちゃんに勝負を挑んだようなもんじゃないか」
「貴様に実力がないだけだろうが!」と部隊長。
「それで勝ってお前は喜べるか?赤ちゃんに勝って『わーい赤ちゃんに勝った勝った!』ってやるのか?流石にそれは恥ずかしいよなあ?」
「・・・・」
ドモンが自分勝手な理論でゴネて、言いくるめられてしまう部隊長。
「なら今度は俺の得意なことで勝負しろよ。それでこそ対等な一騎打ちじゃないか」
「・・・・よかろう。ただし、このままでは勝負は目に見えておる。そこまで悪魔に譲ってやるほどお人好しではない」
義父は一筋縄ではいかない。
「じゃあ俺が料理作るから、お前らが食って『不味い』と言ったら俺の負けでどうだ?」
「仕方あるまい。だが材料はこちらで指定させてもらう。好き勝手にやればいくらでも美味くなるであろう。なので貴様が使っていいものは、そうだな・・・では大根だけだ。フハハハハ」
ドモンにそう言って高笑いする義父。
あくまでもドモンを潰すつもりでいた。
そのあまりに酷い条件に、カールの手が震える。今にも腰の剣を抜いて斬りかかろうとする自分を必死に抑えていた。
「サン、厨房に行って大根と俺の調味料が入ったカバン、あと鍋を持って来い。大きなやつと小さなやつ」
「は、はい!」
「ナナは包丁やまな板などの調理道具を持ってきてくれ。ボウルもあると嬉しいな。それと・・・・」ゴニョゴニョとドモンが小声で指示を出す。
「わかったわ!」
ドモンは表情を崩さずサンとナナに命令すると、ふたりは大急ぎで屋敷へと走っていった。
待っている間、呑気にタバコを吹かすドモン。それを義父がじっと睨みつける。
「随分と余裕があるようだな」
「ああ、そっちが簡単な食材の指定をしてくれたもんだから拍子抜けしちゃったんだよ」
「強がりおって・・・大根だけで何が出来るというのだ」
その義父の言葉に、カールも悔しいが心の中で同意した。
「まあなんとかするさ。それよりも調理する台や水とかはどうすりゃいいんだ?」
「それならば会場の方に用意してある」
カールの言葉で一同は結婚式会場に移動することとなった。
義父と部隊長以外は立ったままでまだ席には付いてはいないが、どうやら空席が目立つことはなさそうだなとドモンは考え、笑っていた。
「まあ無事生き残った時の話だけどなフフフ」とポツリと漏らす。
「ドモン持ってきたよー!」とウェディングドレスをなびかせ、ナナが先に戻ってきた。
その後ろにコック長とサンが小走りでついてくる。
コック長はサンから事情を聞き、調理道具一式を持って手伝いに来たのだった。
「お待たせ致しました御主人様!」
小柄なサンが大根を抱きしめていると、大根がものすごく大きく見える。
肩から下げた調味料の入ったカバンも大きく重そうに見え、慌ててドモンがサンから受け取った。
「ちょっと私の方が先に来たんだからこっちから受けとんなさいよ!持ってきたわよ、マヨネーズ」
「ああ、ありがとな」とナナからも受け取る。
「鍋や魔導コンロ、ボウルなどはすでにこちらに用意しております」
テーブルのそばにある大きな木の箱を開け、そこからガサゴソと調理道具一式を出すコック長。
包丁以外の物はすでに用意してあった。
包丁だけは各個人が自分専用のものを持っていて、それぞれが大切に管理していると聞いて、ドモンは感心していた。
ドモンが厨房で使っていたのは全員が使用してもかまわない万能包丁だったが、その包丁ですらしっかりと研がれてピカピカに磨かれていたのは流石としか言いようがない。
「今回は私の包丁をお使い下さい」
コック長はそう言って大切そうに丈夫な布で出来た袋を開け、まな板ごと切れるんじゃないかと心配するほどの包丁を出した。
「これが私の命です」
力強くコック長は言い、ドモンに渡す。
コック長はコック長なりのやり方で、その生命や運命をドモンに託したのだ。
「うん、これはよく切れそうだ」
ドモンはウンウンと頷き、預かった包丁をまな板の上にポンと置く。
そして調味料の入ったカバンをゴソゴソ漁り「あったあった、100円ショップで一応買ってたんだよな。持ってきててよかった」とピーラーを出した。
「なんですか?御主人様それは」
「これは皮むき機なんだよ。ほら」
ピーラーでスパースパーっと大根の皮を剥くドモン。
「わぁすごいです!」
「ほらサンもやってみろ。簡単だから」
「わああ!わあああ!見て下さい御主人様!もう出来ちゃいました!!」
喜ぶサンと口を開けたまま塞がらないコック長。そしてその他一同。
「なになに?私もそんな道具知らなかったわよ。私にも出来る?」
「料理音痴なナナでも出来るよ。ほらやってみろ」
「・・・で、出来ないんだけど???」
「裏返しだバカ。なんで俺の女はどいつもこいつもみんなピーラーを裏返しに使うんだよ・・・」
その言葉にムスッとしながらも、きちんと皮むきが出来て感動するナナ。
そして裏返しに使わなかったことを後悔して酷く落ち込むサン。
「魔道具・・・いや悪魔の道具か・・・」
その様子を見ながら、義父の目はまた一段と鋭くなった。