第101話
「なんだと?!どういうことだ!!」
カールがその言葉を残して厨房を飛び出してゆく。
すぐにグラや他の貴族達も後をついていった。
「なぜ武装などしておるのだ?!」
「わ、分かりかねます」
「間違いではないのだな?」
「はい・・・」
その場に不穏な空気が漂う。
ドモンの結婚式に武装してくるということは、狙いはドモンであると予想された。
「カルロス様・・・私はすでに覚悟はできております」
騎士団長であるやや年老いた騎士が、真剣な目をしてカールを見つめる。
この領主の唯一無二である友人を奪われてなるものか。
いやそれだけではない。自分達にとってもドモンは唯一無二の存在であると自覚していた。
それは下につく騎士達も同じ気持ちであり、命を捨ててでもドモンを守り抜き、逃がそうと考えていた。
「・・・こちらも武装致しますか?」
その言葉にゴクリと唾を飲み込む。
本来ならば敵対などあり得ぬ相手。
ドモンの首を差し出せと言われれば差し出すのが必然であった。
うぬぬ・・と苦しみの表情を見せるカールに妻が駆け寄り「カルロス・・・構いません。もし本当にそうならば・・・父を討って下さい。領民を守れずして何が領主なのですか!」と発破をかけた。
だがもしこれで本格的な争いなどになれば、もっと多くの領民が危険にさらされてしまうのも事実。
ドモン一人と一万人の天秤が揺れる。
そこへ一人の騎士がまた飛び込んできた。
「やはり狙いはドモン様のようです・・・貴族達を誑かし、娘をも洗脳した罪は重いと・・・」
「そ、そんな!!」絶句するカールの妻。
「俺はやるよ兄さん・・・」怒りの表情のグラ。
「死ぬなら年寄からだ。グラティアは引っ込んでおれ」と叔父貴族。
それらの言葉に、カールの血も沸騰し始める。
そこへ更にもう一人の騎士が飛び込み「今すぐその悪魔の首を持ってくれば、この度の事は不問に処すとのこと」と伝令を伝えた瞬間、カールの怒りは頂点へと達した。
「ありったけの兵を集めて武装させろ・・・すぐにだ。もはや許すまじ!」
たった今、歓迎するための料理を必死に作ってる相手の、その首を切れと言う義父。
握った拳の爪が手のひらに食い込む。
「どちらが・・・どちらが悪魔だ!!」
カールは妻に別れのキスをした。
言葉はなくとも、その覚悟は十二分に伝わる。カールの妻は涙を流した。
そこへ・・・
「おーおー・・・みんなの見てる前でお熱いねぇ。あのキノコでも食ったのか?」
ドモンがひょっこりと現れた。
そしてカールや騎士達の横をすり抜け「じゃあちょっと迎えに行ってくるわ」と玄関へと向かっていった。
「待てドモン!奴らの狙いは貴様だ!武装しておるのだ!」
「なんかそうみたいだな」
「すぐに逃げてくれ!頼む!逃げろ!」
「だーいじょうぶだって。なんとかするよ」
「な、なんともならん!今回ばかりはどうにもならんのだ!」
「平気平気。どうせ俺は死なないしなアハハ」
そう言ってドモンはスタスタと玄関を出ていった。
「止めろ!ドモンを止めろ!!」
その声に侍女や騎士が反応するも、ドモンが手で制し、皆動くことが出来ない。
ドモンは頭を掻きながら、いつものようにタバコに火をつけ外に出ると、遠くに見える門の外で、護衛の騎士と王族の部隊が言い争っているのが見えた。
「あらら、こりゃ随分と手荒そうな祝福だなぁ」
苦笑しながら歩くドモン。
そこに近づくふたつの足音は、サンとナナ。
「ドモン!!」
「おぉ!綺麗だなナナ」
「駄目よドモン!行かないで!」
華やかなウェディングドレスを身に纏い、ナナが涙ながらに訴える。
「御主人様、私も一緒に参ります」
「マカロニづくりはどうなった?」
「もう任せても大丈夫です」
サンの黒いドレスは小麦粉まみれ。
しかしそれがまるでスパンコールのようにきらびやかな模様のようになっていた。
サンはドモンがもし逝くのなら、一緒に逝く覚悟であった。
門に近づくに連れて、ナナも覚悟を決める。
「もう・・・本当にいつも勝手なんだから・・・」
「悪いな、わがままなおっさんで」
「なんとか・・・するんでしょ?」
「ああ、なんとかするよ」
その言葉を聞いたナナがフフフと笑いをこぼし、つられるようにサンもウフフと笑顔を見せた。
ドモンがなんとかすると言ったのだから、きっとなんとかするのだろう。そう思い。
ドモンの手からタバコの火がパーンと弾け飛び、火の粉が高々と宙に舞った。
「おーい、お客さんを入れてやってくれ。ちょっと予定より早いから料理はまだ出来てないけどな」
「来たか・・・悪魔め・・・」
手を振りながら呑気に騎士へと言葉をかけるドモンを見たカールの義父が、冷たい目をしてボソッと呟いた。
門が開くなり部隊が一気にドモン達を取り囲み、皆剣を抜く。
「王族の結婚式の祝い方って珍しい祝い方なんだな」
「黙れこの悪魔!」
「黙ってちゃ挨拶も出来ねぇだろ。挨拶くらいちゃんとしろって教わらなかったか?」
「黙れと言っておる!」
騎士達がジリジリとにじり寄り、宮廷お抱えの魔法使いらしき軍団も何やら魔法の詠唱を開始し始めた。
それを見て怯えるナナとサン。
カール達が武装して近づこうとするも、すでにそちらも別部隊に囲まれ動けずにいた。
「さて、ところでお祝いは何をくれるんだ?」と恍けるドモン。
「見てわからぬか?貴様らに死をくれてやる」義父が睨みつける。
「遠慮する。お返しが面倒だしな」
「お返しなどいらぬ。存分に受け取るが良い」
ガチャッという音と共に、ドモンの喉元へ何本もの剣が突き立てられた。
「まいったねこりゃ。王宮の騎士ってこんな感じなのな。ちょっとがっかりだ」
「フン!存分に期待に応えてくれておるわ!」
「いやね、王宮の騎士ってもっと格好いいもんだと思っていたのよ。名乗りを上げて一対一の真剣勝負を申し込んだりしてさ。あれは格好いいよな。な?サン」
「は、はい!皆様の憧れである騎士様ですから、常に勇気を持って勇ましく、正々堂々と戦っていて格好いいですね!」
ドモンの言葉にサンも乗る。その意図はしっかりと伝わっていた。
一対一ならまだなんとかなるかもしれないからだ。
しかしナナにはまるで伝わっていなかった。
「王宮の騎士だってこ~んなもんなのよ。今の時代、一対一の真剣勝負が出来る騎士なんてもういないからこうしてるんだから」
「なんだと!この小娘が!」
ナナの言葉に怒りを向ける王宮の騎士の部隊長。
図らずしも突破口となる小さな傷を付けたナナ。
ドモンはそれに乗る。
「剣も持てない、MPはゼロで魔法も使えない。こんな五十前のおっさん相手に一対一の勝負も出来ないんじゃなぁ。そう言われても仕方ないな。がっかりだよ」
「ぐ・・・!」
「こんな悪魔の口車に乗るでない」
あくまでも冷静な義父。
「口車じゃなくて小馬鹿にしてんだよ。きっと一生言い伝えられるぜ?おっさんひとりを大勢で囲んで倒した勇敢な王宮の騎士達って」
「それは・・・本当にちょっと恥ずかしいですね・・・」サンが追い打ちをかける。
「それに『貴様らに死をくれてやる』って言ってたわ。大勢で女性にも手をかける騎士団なんて世界中から一生笑いものになるんだから」ナナがとどめを刺した。
「ぐううう!!許さん!!バカにしおって!!」部隊長の怒りは頂点へ。
「落ち着くのだ。此奴らの魂胆など見え透いておる。まあ一対一の勝負でも結果は同じであろうがな」
一瞬の心の隙き。油断。
義父の心情が揺れ動いたのをドモンは見逃さない。すかさずポケットから一枚の銅貨を出した。
「結果は同じってなら、じゃあ俺達にも少しはチャンスをくれよ。この銅貨を投げて表が出たなら、そこの騎士と俺の一騎打ち。裏が出たならこのまま俺達を殺してくれてもいい」
「ふん、悪魔が運に任せるか。良かろう」
やっと開いた突破口。
蜘蛛の糸をつかむような生存への道を、ドモンは力付くで手繰り寄せる。
ギャンブルというドモンの土俵へと上げさせて。
「男に・・・王族に二言はなしだぜ?ジジイ」
そう言ってドモンは首筋をポリポリと掻いた。