第99話
結婚式当日。
壁際にある長椅子に、サンと並んで毛布をかぶって寝たドモン。
早朝目を覚ますと、サンが幸せそうな顔をしてスゥスゥと寝息を立てていたので、そっとサンを起こさないように抜け出し、今日の料理の仕込みを厨房で開始する。
するとすぐに大慌てのサンが厨房へと飛び込んできた。
「申し訳ございません御主人様!うぅ~こんなにぐっすり寝ちゃうなんて・・・あぁ~」
「なんだよ、もう少しゆっくり寝てりゃいいのに」
「ダメです!先に起きなくちゃならなかったのに私、なんてドジを・・・」
「お前がドジならナナはどうすんだよ。あいつ普通に噴水に落ちるんだぞ」
ぷふっ!とサンが吹き出す。
それを想像するだけでサンは何度も吹き出してしまうほどのツボだった。
「でも奥様は素敵じゃないですか。私なんて小さいし体にメリハリもないし」
「ナナはまあ見た目はな。あれは正直すごいと思う。本当に女神がいるならナナみたいな感じじゃないかと思うよ。サンはサンで可愛いけども」
小麦粉をこねながらナナの話をするふたり。
厨房の中に椅子を持ち込んで腰掛け、仲良くグラタンに入れるマカロニを作っていた。
今度は大量に作らなければならないので大変ではあったが、またふたりでマカロニ作りが出来てサンは幸せだった。
「しかし俺なんてこんなおっさんなのに、あいつ俺の何が良かったんだろな?まあ俺が・・・ちょっと無理やり押し倒しちゃったってのもあるけども」
「御主人様は素敵ですよ?」
「サンも・・・最初に俺と会った時どうだったの?」
「私ですか?うーん」
クルクルと手際よく串に練った小麦粉を巻きながら、斜め上を見て考えるサン。
すっかり慣れてきて、もうドモンよりも上手にマカロニを作っていた。
「はじめは怖かったです正直。顔も傷だらけでしたし、タバコを吸いながら歩いてくるんですもん御主人様」
「いやぁあれは面目ない。全く気にもしないで、庭が広いからなんとなく吸っちゃったんだ」
「でも、タバコを手で爆発?させて火の粉が散った時に、あぁやっと迎えに来てくれたって思っちゃったんです」
「なんだそりゃ??」
「あとは御主人様に気に入られようと思って必死だったんですよ実は。ウフフあぁ恥ずかしい!」
赤くなった顔をパタパタと手で扇ぐサン。
「それと、奥様と仲良くしているのが本当に素敵だなって思ったんです」
「そうか。サンはそれでいいのか?」
「いいんです。それがいいんです!」
「だってさ、ナナ」
「エヘヘ、バレてた?」と頭を掻きながらナナが厨房へ入ってきて、サンは驚き飛び上がりそうになった。
「よくわかったわね?驚かそうと思って音立てずに近づいたのに。私得意なんだけどなぁ」
「影でまるわかりだよ」と影が映っていた壁の方を指差すドモン。
「私は全然わかりませんでしたぁ」とサンが目を丸くする。
「まあパチプロ・・というかギャンブラーはちょっとの違いを見抜けなきゃ生きていけないんだ。違和を察知する能力で勝負は決まる」
「へぇ~」ナナとサンが同時に感心した。
「会話とか動きとか何かの位置とか、ちょっとした違いに気がつくか気がつかないかで運命が決まることもあるから、みんなよく注意するんだぞ?冒険者なら尚更だ」
「フフそうね、以後気をつけます!さてと、私も手伝うわ」
ドモンの言葉にナナが敬礼をして、ナナも椅子を持ち込んでドモンの横に座った。
皆いつものように過ごそうと思っていたけども、会話をしていてもどうにも落ち着かない。
ヨハンとエリーもすでに起きていて、二階でドタバタと何か忙しそうに準備をしている音が店内に響いていた。
マカロニの準備さえ出来れば後は屋敷に着いてからなんとかなる。
それほど急ぐ必要もないはずなのに、なぜか気が焦るドモン。
そして何かを忘れている気がしていた。
大鍋にお湯を沸かしてマカロニを茹で始める準備をし、ナナとサンに着替えるように指示を出したドモン。
あとは一人で十分事足りる。
トントントンと階段を上る足音を聞きながら、タバコに火をつけた。
「ふぅ」
ついに結婚する。
もし元の世界に戻って年老いた母親に伝えるならばなんて伝えようか?
ちょっと別の世界で結婚することになったと伝えて、それを信じてくれるだろうか?
まあ鼻で笑われ、夢見てないでさっさと結婚しろと言われるだろう。
茹で上がったマカロニをザルで掬いつつそれを想像し、フフフと小さく笑い声が漏れる。
「ドモンも着替えたら?」
着替えを終えたナナがやってきた。
ウェディングドレスは屋敷にあるので、ナナの着替えが一番早い。
「そうだな・・・ん?あれ?」
「どうしたの?」
「そういえば・・・俺って何に着替えるんだ??」
「そりゃドモンのいつもの服に決まってるじゃないのよ。あの異世界の服」
「えぇ~?!」
新郎がまさかのジーンズ姿に決定。
ドモンにとってはおかしな話に決まっているが、ナナはそれが当然だと思っていた。
ドモンらしく、そして恐らくこの世界で一番高価な服。
これ以外ないと思っていたのだ。
ドモンはてっきりそれらしい服が準備されていて「じゃあこれに着替えて」と出てくるような気がしていた。
「こ、これはまいったな・・・」
「え~?だってあれが一番いい服よ?屋敷にいた仕立て屋さん達も褒めてたんでしょ?」
「あのなぁ・・・俺はあの格好で買い物に行ってたくらいなんだぞ?お前は買い物着で結婚式に出ろと言われて変だと思わないか?」
「思わなかったわ全く。多分みんな私と同じ気持ちだと思うわよ?」
「・・・・」
ドモンは渋々諦め、結局いつもの格好となった。
夏には暑い黒のロングジャケットにジーンズ姿。
「やっぱりドモンにはそれが一番しっくりくるな」と、ヨハンもエリーに襟を直されながら頷く。
「そうですね!まさに御主人様って感じがします!」何故か興奮気味のサンがドモンの服を直す。
サンもドモンが誂えた黒のドレスに着替え終え、先に馬車の準備をしにいった。
ドモンが階段を降りると、ナナが茹で上がったマカロニを鍋に移し替え、馬車に積んでいる最中であった。
「さあ行こうか。結婚式へ」
皆馬車に乗り込み、屋敷へ向けて出発をする。
中は暑いので早速取り付けた冷房を入れてみると、みるみるうちに馬車内が涼しくなり、全員が感動していた。
これならば厚着をしていても耐えられる。
「こ、これが新型馬車の?!」
「涼しいわねぇ!冷蔵庫の中みたいよ!」
ヨハンとエリーが驚く。
「でもこれはおまけよね。ね?ドモン?」
「そうだな。一番凄いのは動き出してからだ。じゃあサン、出発してくれ」
「かしこまりました!では出発しますよ~!」
はぁい!というサンの声とともに馬車が動き出す。
「う、動いてるのか?」
「全くガタガタしないじゃないの!」
先程よりも更に驚くふたり。
「その内、この世界の馬車は全部こんな感じになると思うよ。大工と鍛冶屋のおかげだ」
「もう!ドモンもでしょ!」
馬車の中は笑い声に包まれながら屋敷へと向かう。
この時、まさか屋敷での結婚式があんな事になるとは、夢にも思わずにいた。