第98話
結婚式前日。
ナナとエリーのドレスの仕立ても終わり、試着も済ませ馬車で屋敷から店へと戻るエリーとナナ。サンも衣装合わせの手伝いとして一緒にいた。
想像していた以上のドレスの出来に、ナナとエリーの鼻息は荒かった。
「素敵だったわねぇナナ。なんだか私も夢みたいよ」
「ありがとうお母さん。でもお母さんも綺麗だったわよ。お父さんきっと喜ぶと思う」
「お父さんは私のことなんかより、ナナのことで泣いちゃうと思うわよ?ウフフ」
「結婚するってだけで何も変わらないのに?」
「父親ってそういうものなのよぉ」
ナナとエリーがそんな会話をしていた夕暮れ時、ドモンはリビングでのんびりとタバコの煙をくゆらせていた。
今日と明日は流石に店はお休みである。
ヨハンは新調したタキシードの試着をしながら、やや緊張した面持ち。
「ヨハン、なんか悪いな」
「急にどうしたドモンよ?」
「いや大切な一人娘を、こんな異世界から来た謎のおっさんが貰っちゃうんだぜ?」
「馬鹿言え。もうお前さん以外考えられないよ」
試着したタキシードを脱いで大切にハンガーに掛けながら、振り向くこともなく当然のようにそう言ったヨハン。
ドモンはそれに返す言葉が見つからない。
「それに、きっとその役目を背負って来たんじゃないか?この世界へ」
「わからない。だって俺今、買い物から帰る途中なんだぜ?ハハハ」
以前エリーやナナも想像したように、ヨハンも想像をする。
もし広場にある市場の店に入って、帰ろうとしたら違う世界に飛ばされ、そこで住むことになるその恐ろしさを。
娘にも幸せになって欲しいが、ドモンにも幸せになってもらいたい。ヨハンはそう思った。
「ドモン・・・もし、もし元の世界に帰りたくなったのなら、ナスカを、娘を一緒に連れて行ってくれないか?」
「何言ってんだよヨハン・・・」
「もちろん俺やエリーは寂しいよ。でもよ、お前達が本当に幸せならそれでもいいと思ってるんだ」
「・・・・」
ヨハンがどれだけ自分の事を考えてくれているか。
これをどんな気持ちで言ったのか。
ドモンにはよく伝わった。
ヨイショと椅子に座ったヨハンの後ろに立ち、ヨハンの肩を揉むドモン。
「何を悟ったジジイみたいなこと言ってんだこのクソガキが。俺が10歳で料理してる頃、お前はまだよちよち歩きの赤ちゃんだろうが。一丁前に気を使ってんじゃねぇよ」
「・・・う・・・うぅ・・・」
「そりゃ子供も生まれりゃ引っ越すかもしれないけどよ、遠くにゃ行かないよ。俺だって気に入ってんだ。この街もこの店も、そしてお前ら家族も」
「うぅ~・・・うっうっうっ・・・」
「ただいま~」
「ほら、みんな帰ってきたぞ。みっともないとこ見せるな。顔洗ってこい。お義父さん」
「あぁ・・・あぁ・・・お義父さんはやっぱり変だぜドモンよ・・・」
涙を拭いながらヨハンは顔を洗いに行った。
「あれ?お父さんはどうしたの?」キョロキョロと探すナナ。
「必死に服の試着をしてたら汗をかいて、今顔を洗いに行ったんだよ。腹がきつかったんじゃねぇか?」
「もう食べ過ぎなのよお父さんは。ドモンが作った料理が本当に好きなのよね」
ナナが困った顔で腕を組む。
「じゃあ明日服がきちんと着れるように、今日の晩だけナナが作ってやれよ」
「どういう意味よ」ナナがドモンをジロッと睨む。
「それなら食い過ぎないで済むだろ。俺とサンはいらんぞ?まだ死にたくないからな」
「ちょっと!!」
「わ、私もナナの作った料理が久々に食べたいわぁ」ドモンの意図がわかったエリーが直ぐ様フォローした。
「えぇ?!お母さんまで何言ってんの??」
ナナはまだふくれっ面のまま。
そこにヨハンが戻ってきて「おお、おかえり」と何事もなかったかのように返した。
「なんかナナが初めて作った料理を食べたいんだって言ってたよな?な?ヨハン」
ドモンがナナの頭をポンポンと撫で、サンを連れて「明日の料理の下ごしらえするわ。今日は下でサンと寝るから」と毛布を何枚か持って階段を降りていってしまった。
「ちょっとあんた達スケベなこと・・・」「しねぇよ!」
階段の下からすぐに返事が返ってきた。
「もう!いつも勝手なんだから!」と不貞腐れるナナ。
そんなナナにヨハンが「ドモンは気を使ってくれたんだよ」と説明した。
「あれの何が気を使ったのよ?」とナナは不思議そうな顔。
「使ってるわよぉ・・・ドモンさんは、今日だけは家族水入らずで過ごせって言っているのよ」エリーがその答えを教えた。
「ナ、ナスカ・・・うぅ・・・」
「急にどうしたのよお父さん?!」
「あの時作ってくれた鶏肉のスープ・・・作ってくれるか?うっうっう~!!」
「お父さんってば・・・あれ覚えてくれていたの・・・」
ナナとエリーの目にも涙が浮かんだ。
キッチンに立ったナナが、あの時のことを思い浮かべながら料理をする。
あれから10年近くが経ち、父親の髪の毛は一本残らず無くなった。
料理人なら料理に髪の毛が入らないからちょうどいいと笑っていたが、ワガママで自由奔放な性格の娘に頭を悩ませていたせいでもあると思う。
母親のエリーも目尻に小じわが少しだけ増えてきた。
若い頃は言いよる男達が山ほどいたのに、エリーは少し冴えないヨハンを選んだ。
冒険者でもなく、ただ料理が上手な青年だったそうだ。
焼いた鶏肉を目の前でチャッチャと切る様子が格好良く見えたと言っていた。
私もドモンが料理する姿が格好いいと思ったので、やっぱり似ているんだなとナナは思う。
あの時のように野菜を切る。
お父さんに早く食べてもらいたかった。
あの時のように鶏肉を切る。
お母さんに上手だわと褒めてもらいたかった。
鍋でグツグツと具材を煮ているとその思い出がよぎり、ポタポタと涙が鍋の中に落ちてしまった。
涙で塩辛くなったなんて、本の中の話じゃない!と泣きながら笑う。きっとドモンもそう言うに違いない。
私は明日結婚する。
お父さんとお母さんの手から明日飛び立つ。
生活は何も変わらないかもしれないけれど。
ただただ、感謝の言葉しか思いつかない。
生んでくれてありがとう。
可愛がってくれてありがとう。
ここまで育ててくれて、本当に本当にありがとう。
「お父さん、お母さん・・・お待たせ。出来たよ」
「おぉ出来たか」
「久しぶりね。ナナの料理は」
家族水入らずの、最後の食事が始まった。
「・・・・・」
「あぁ・・・あの時と同じだな」
「そうねぇ。懐かしいわぁ・・・」
「まったく味がねぇ」
「・・・・・」
ナナの料理の腕は全く上がっていなかった。
だからナナは冒険者になったのだ。
「何が『涙で料理が塩辛くなる』よ!ぜんっぜんならないじゃない!」
この日は三人仲良く同じベッドで眠りについた。